第49話 剣士と魔法使いと学園モノ
ラフィアスと獅堂の戦いが終わったところで、連戦にしないためしばし休憩を挟む。
控えの席に戻ってきたラフィアスはジェイの隣に座ったが、獅堂の方は一番離れた席にドカッと腰を下ろした。声を掛けなくても不機嫌なのが感じ取れる。
観客席も、先程の試合にざわついていた。
「クラスメイトにこう言うのもなんですけど……先程のはどうかと思いますわ」
エイダが扇で口元を隠しつつ、眉をひそめながら言う。
「う~ん、剣も使える事を見せたかったんだろうけどねぇ……」
エラはラフィアスの意図をある程度察していたので、一応フォローを入れた。
そのまま剣だけで勝てれば何の問題も無かった。しかし、そうはならなかった。
あの時、魔法を使えば逆転勝利できていたかもしれないが……。
「結局魔法に頼るってのは、プライドが許さなかったんだろうなぁ……」
モニカが呆れた顔でつぶやいた。
勝敗よりもプライドを優先する。名誉を重んじる騎士の中にたまにいるタイプである。
つまりラフィアスは、あの場で勝利する事よりも、やはり魔法頼りだという印象を残す方を避けた。モニカはそう推測していた。
相手が魔法使いじゃないからとラフィアスが手を抜いた可能性も捨てきれないため、口には出さなかったが。
「ああいうタイプと結婚すると、苦労するらしいよ~」
「モニカさん、あなたそういう知識をどこで手に入れてきますの?」
「壮行会の裏方を手伝ってる時とかに、世間話で」
壮行会は、出陣前に参戦する騎士達を集めて行われる。その際に留守を守る家族が裏方で手伝ったりするのだが、そちらはそちらで一種の社交の場となっている。
モニカの知識の出所でもある。彼女はジェイが参戦するようになった頃からそれに紛れ込んでいたのだ。
料理の材料や酒を卸していたのが、彼女の実家シルバーバーグ商会だったからこそできた事だといえるだろう。
それはともかく、プライド云々の話はあくまでラフィアスの事情だ。それで獅堂が納得するかどうかは別の話である。
離れた席から放たれる怒気がラフィアスに突き刺さっているが、どこ吹く風だ。隣の席のジェイも流れ矢を食らっている。
ちなみにアメリアは、ジェイ達を挟んで獅堂の反対側の席に座っているので、二人を盾にする形となっていた。
「明日香の試合見てるから勘弁してほしいんだがなぁ……」
「気になるなら、後で全力で相手をしてやればいいさ。それで身の程を知るだろう」
「またそういう事を言う……」
しかし、ここで何を言っても仕方が無いのは事実だ。ジェイも受け流して明日香の試合に集中する事にした。
明日香の立ち姿は、愛嬌のある普段の姿からはイメージできない程に凛としていた。普段は見せない、女剣士としての姿だ。
普段のじゃれつく大型犬めいた姿からは想像も出来ない。手を抜いている訳ではなく、心構えの問題なのだろう。
対戦相手も風騎委員で一年生の中では指折りの実力者だが、明日香の剛剣も負けていない。互いに一歩も譲らず、激しい剣戟を繰り広げている。
声援を送ろうと考えたジェイだったが、その真剣な横顔を見て自重する。
「ハァッ!」
技量はほぼ互角だったが明日香は隙を見せない戦いで少しずつ追い詰め、鋭い小手打ちで相手の剣を叩き落した。
「ま、参った!」
「勝者、龍門選手!」
武器を失った相手は降参し、審判は明日香の勝利を宣言。
「やりましたっ! あ、ジェイ! 見ててくれました!?」
ジェイの視線に気付くと試合中の凛々しさはどこへやら、元気いっぱいに手を振る。その姿はまさしく大型犬がしっぽを振っているかのようだ。
いつものように飛びつくのを我慢し、うずうずしながら自分達の席に戻って行く。
尚武会が終わったら飛びついてくるだろうなと思いつつ、ジェイはその背を見送った。
ちなみに明日香はこれが三試合目、見事に三戦全勝である。
こうなるとジェイも同じように全勝したい。ますます負けられなくなったと、獅堂の横顔に視線を向けるのだった。
そしてジェイ達のブロックでも試合を再開。
ラフィアス対アメリアの試合から始まったが、そちらはあっさりと終わってしまった。
これで最終結果はラフィアスが一勝二敗、アメリアが三敗である。
席に戻ってきたアメリアが「全敗だぁ~……」と落ち込んでいる。
「本気でやれば、あれだけ戦えるというのに……!」
怒気を露わにする獅堂に対し、ジェイは試合場に視線を向けたまま無言だ。
次はこのブロック最後となるジェイと獅堂の試合だ。立ち上がったジェイは、試合場に上がる前にアメリアに声を掛ける。
「あ~、まだ不慣れなのかもしれないが……もう少し足を動かした方がいいぞ」
ハッと顔を上げるアメリア。声を掛けられた事そのものに驚いている様子だ。
「あまりないことだが、戦場では魔法使いも直接白兵戦に晒される事がある。そういう時は動き回らないといい的になるだけだぞ」
いざという時は矢などに狙われないよう、動き回る必要もあるのだ。
戦場以外で少人数で戦うとなると尚更である。
「魔法使いが、じっとして魔法だけ撃ってればいいって事は実戦ではほとんど無い。守ってくれる前衛を用意して、砲台に徹するような状況でもない限りな」
ほとんどの場合、魔法使いも矢などに狙われぬよう動き回るものなのだ。
これは戦場に立った魔法使いとしての助言である。
彼女と獅堂の戦いなどが、その典型である。あの最初の一撃をかわす事ができれば、まだ戦いを続行する事ができただろう。それで勝ち目があったかは微妙なところだが。
「……まぁ、次の試合を参考にするといい」
そう言って振り返ったジェイは、既に試合場に上がっている獅堂を見る。
「どうあがいても、じっとしていられそうにない相手だから」
ジェイは少し回り込んで試合場に上がる。
戦う事を前提にして相対すると、獅堂の長身は威圧感があった。
「手加減無用だ! 魔法を使って来い!」
ジェイの方に向き直った獅堂は、声を荒らげて吠えた。
対するジェイは、黙って木剣の切っ先を獅堂に向ける。
「試合を始める前に二つほど言っておく」
また魔法を使わないつもりか。獅堂の眉がピクッと跳ねた。
「武器は木製に換えれば手加減になるが、魔法はそうはいかないんだよ。自分で味わったから分かるだろ?」
獅堂が、アメリアとの試合で怪我をした腕に視線を落とす。その時、ジェイの木剣が包帯を巻いた腕に向けられている事に気付いた。
「魔法は手加減が難しいからな。こういう試合じゃ使いたくても使えない場合があるんだよ。そこは理解しておいてくれ」
獅堂は、止血した腕に手をやる。確かに魔法の種類によっては、危険過ぎて試合では使えない事もあるだろう。
「それとだな……足下を見てみろ」
「足? ……ッ!?」
その時獅堂は気付いた。自分の右足が動かなくなっている事に。
話している間にジェイが影を『踏』み、『影刃八法』によって動けなくしたのだ。
大会が始まった頃に比べて日が傾き、影も長くなっている。そこでジェイは、獅堂に向かって影が伸びる方向から試合場に上がっていたのである。
「俺の魔法で足を動けなくした。逃れられるかどうか試してみろ」
「こんなもの……!」
獅堂は気合を入れて足を動かそうとするが、ビクともしない。
これを気合だけでどうにかできるのは、ジェイの知る限りでは龍門将軍ぐらいである。
これで疲れ果てさせる訳にはいかないので、ジェイは手頃なところで魔法を解除する。
その瞬間、獅堂の足は勢いよく上がり、バランスを崩して転びそうになった。
「分かっただろう? 魔法の種類によっては、試合どころじゃなくなるんだ」
「……虎臥もそうだと?」
「あいつに関しては、単に手を抜いていただけかもしれないから何とも言えん!」
「オイ!」
思わずツッコみを入れる獅堂。いつの間にか怒気は霧散していた。
試合という形式では、自力で手加減しなければいけない魔法使いは、ある種のハンデを背負っている。
それに何より、ジェイはラフィアスと違って真面目に自分と相対している。ラフィアスと違って。その事を理解し、毒気を抜かれたようだ。
「この魔法を使ったら試合にならん……が、手加減できる魔法もあるから安心しろ」
「そいつは楽しみだ……!」
獅堂は目を輝かせて木剣を構える。
それに合わせてジェイも木剣を構え、審判は試合の開始を宣言する。
「一年赤豹組、ローディ=獅堂=レオニス……推して参るッ!!」
そう言うやいなや斬り掛かる獅堂。その俊敏で力強い動きは、まるでクラス名にもある豹のようであった。
今回のタイトルの元ネタは、3DダンジョンRPG『剣と魔法と学園モノ』です。




