第48話 魔法騎士アメリア
さて、この後も尚武会は続いていく訳だが、ジェイ達のブロックは中断を余儀なくされた。ラフィアスの魔法によって試合場が壊れてしまったためだ。
敷石が壊れるぐらいはよくある話なのか、直す係員も手慣れている。
さほど時間は掛からず修繕は終わり、試合は再開。次はジェイ達以外の二人だ。
「高城選手、前へ!」
まず試合場に上がったのは、フードを目深に被った魔法使い。
シャーロット程ではないが、このブロックの中では一番小柄だ。背丈ほどある杖がより大きく見える。
「獅堂選手、前へ!」
続けて試合場に上がった男は、同じ実戦用の制服を着ているはずなのに、ラフで傭兵のような雰囲気を醸し出している。
流石に例の幅広のロングソードは係員に預けて、同じサイズの木剣を手にしている。
「始め!」
試合開始と同時に双方が動いた。獅堂は剣を手に駆け出し、高城は大きな杖を振るう。
直後、獅堂の左の二の腕から血が噴き出した。
しかし彼は怯まず、距離を詰める。対する高城は、何やら戸惑い対応が遅れた。
「馬鹿め、流血に怯んだか」
ラフィアスが吐き捨てるように言った次の瞬間、獅堂の剣が高城の腕を打ち据えた。
「きゃあっ!?」
絹を裂くような悲鳴を上げ、たまらず杖を落としてうずくまる高城。
ここで立ち上がる前に剣を突き付ければチェックメイトだが、獅堂は目を丸くして動かなかった。予想外の声に驚いたのだ。
「いったぁ~~~!」
腕を押さえながら起き上がった高城は、結局そのまま降参した。
そして試合場を降りて手当てを受ける。
フード付きのマントを外した事で、その顔が露わとなった。
肩辺りまで伸びた金色の髪、まだあどけなさが残った……少女だ。
「女子、だったのか……」
獅堂は愕然とした顔で、試合場に立ち尽くしている。
「あいつ、さては対戦表を見ていなかったな……」
「そういえば、俺もちゃんと見てなかった」
フードで顔が見えにくく、マントで体形も分かりにくい。更に審判は基本的に家名で呼んで進行するため、ジェイと獅堂は女子だと気付いていなかったようだ。
ジェイは、改めて対戦表を見てみる。そこには彼女のフルネームが書かれていた。
一年青燕組、アメリア=高城=フォーサイスと。
その後獅堂も止血をする事となり、ジェイ達のブロックは再び中断となった。
待っている間のジェイ達の話題は、その原因となった彼女の魔法の事になる。
「なあ、ラフィアス。今の魔法は風か?」
「ああ、『風の刃』だ。見ての通り怪我をさせやすいから、こういう試合には向いてないんだが……」
そう言うラフィアスは、魔法の選択が悪いと言いたげだ。
先程は、アメリアが魔法の射程を活かして先手を取ったものの、思っていた以上に血が出た事で怯んでしまったのだろう。
と言っても、ジェイから見れば出血の割には大した事のない浅い傷だったが。この辺りは慣れの問題なのだろう。
しばらくすると手当てを終えた二人が戻ってきて試合再開となる。
次の試合は、ジェイとアメリアだ。
試合場に上った彼女は、再びフードを目深に被っている。
「腕の方は大丈夫なのか?」
「えっ? あ、はい!」
後から上ったジェイが確認すると、彼女は先程打ち据えられた右腕で大きな杖を掲げて見せる。その動きに不自然さは無い。
「そうか、なら遠慮なく掛かってこい」
「……分かりました」
余裕の態度を挑発と受け取ったのか、彼女はムッとした様子で答える。その表情から負けん気の強さが垣間見えた。
そう言いつつもためらいが見えるのは、先程の流血が尾を引いているのだろうか。
しかし、逃げる気は無いようだ。真剣な表情で杖をジェイに向けている。
「行きますよっ!」
試合開始と同時にアメリアが杖を振るう。
そして放たれる魔法。相対してみると、その厄介さがよく分かる。ほとんど見えないのだ、風の刃は。
しかし、やりようはある。ジェイは即座にその場を離れた。そして周り込みながら、影の矢を放つ。威力を抑えめにして。
「あぅ!?」
不意を突かれたアメリアは避ける事ができない。咄嗟にマントで身を守ったが、その衝撃に足をよろめかせた。
魔法に強いマントでなければ、この程度では済まなかっただろう。
「このっ!」
負けじと杖を振るって風の刃を放つが、ジェイは既にそこにはいない。影の矢を放つと同時に移動を開始していたのだ。
ジェイは更に側面に回り込みつつ距離も詰める。その動きにアメリアは対応できない。
「ほら、これで終わりだ!」
背後に回り込んだジェイは、彼女の腕をひねり上げて取り押さえる。小柄なアメリアでは抵抗できない。
「ほら、降参しろ。この腕、まったく痛みが無い訳じゃないんだろ?」
「うぅ……はぃ……」
取り押さえられているとは言っても、痛みはほとんど無い。
相当手加減されていると分かってしまったアメリアは、これ以上抵抗しても仕方がないと判断して降参を決めた。
「これで三敗確実だぁ……」
審判の勝利宣言を聞き、ジェイは腕を放す。
するとアメリアは、頭を抱えてしゃがみ込んだ。同じ魔法使いとして、ラフィアスには勝てないと最初から諦めているようだ。
おそらくアメリアは、実戦経験が少ない。高城家の養女になったのも最近だという話なので、訓練もろくに受けていないと思われる。
彼女に関しては、魔法使いだからという理由だけで、この一年最終ブロックに割り振られたのが不幸であったとしか言いようがないだろう。
ジェイは、落ち込むアメリアを助け起こして試合場を降りた。
続けてラフィアスと獅堂の試合だ。
試合場に上がるラフィアスは、先程の試合と異なり木剣を手にしている。
「一応僕も聞いておこうか。腕は大丈夫かい?」
「心配無用、浅く切れていただけだ」
獅堂は包帯を巻いた腕で力こぶを作って見せた。試合をする分には問題無さそうだ。
「そっちこそ、一撃で沈んでくれるなよ?」
「君こそ、魔法使いに剣で負けたら恥なんてものじゃないぞ」
まだ試合も始まっていないのに舌戦が繰り広げられている。
審判もそれを止めようとはせず、そのまま試合開始を宣言した。
「食らえッ!!」
まず獅堂が勢いよく斬り掛かった。
「フン、猪武者が……!」
対するラフィアスは、真正面から受けようとはしない。冷静に木剣で受け流す。
獅堂は更に攻撃を繰り出すが、ラフィアスはそれも受け流し、隙を見て鋭い一撃を脇腹に食らわせる。
「クッ……ならば!」
獅堂も負けていない。その剣は更に鋭さと強さが増し、ラフィアスでも受け流し損ねるようになってきた。
こうなるとカウンターばかり狙う訳にはいかない。ラフィアスも攻めに転じ、激しい攻防戦が繰り広げられる事となる。
一年生とは思えぬハイレベルな攻防。まさかの魔法使いのブロックで行われるそれに、観客席からは大歓声が巻き起こった。
「……ラフィアスの方が分が悪いか?」
二人の戦いを見て、ジェイはそう判断した。
技の面ではラフィアスも負けていないが、それ以外は獅堂の方に軍配が上がる。
特にその長身から繰り出される振り下ろしの一撃は、まともに受ければ木剣など容易く圧し折られてしまうだろう。
事実ラフィアスは、徐々に追い詰められていっている。
しかし、それでも魔法を使わない。獅堂はそれに違和感を抱きつつも、攻撃を激化させてラフィアスを試合場の端まで追い詰めた。
ここで大振りの一撃を繰り出せば、ロマティの逆転劇再びとなりかねない。当然、彼はそんな油断はしない。隙を見せず、鋭い一撃でトドメを刺そうとする。
「おっと、危ない」
その時ラフィアスは、攻撃を避けると同時に場外に出てしまった。
「えっ……ああ、勝者、獅堂選手!」
数秒遅れて、審判が勝者を宣言。
しかし獅堂は憮然とした表情でラフィアスを見ていた。
「……何故、魔法を使わなかった?」
あの氷の大蛇、いや氷の矢の魔法だけでも使われていたら、勝敗は逆転していたかもしれない。それが分かるだけに、何故使わなかったのかが分からない。
問い質す獅堂に対し、ラフィアスは笑みを浮かべてこう答えた。
「君が魔法使いだったら、使っていたさ」
ごくごく当たり前の事にように。
その時、獅堂は気付いた。彼が木剣を持って試合場に上がったのは、最初から魔法使いとして相手をする気が無かったからだ。
下に見られた。そう感じた獅堂は、席に戻っていくラフィアスの背を睨み付けていた。
席にはジェイもいるため、その視線は次の対戦相手である彼にも注がれるのだった。
という訳で『魔法騎士(を目指している)アメリア』でした。
彼女は未熟なので、まだまだ先の話になりそうですね。
ちなみにタイトルの元ネタは『魔法騎士レイアース』です。
そこで今回剣の腕を披露した『魔法騎士ラフィアス』……というのも考えたのですが、二話前が『魔法使いラフィアス』だったので止めておきました。