第46話 魔法使いラフィアス
更に試合は進んで行く。
ロマティの試合以降、相手を端まで誘き寄せ、試合場から出して勝とうとする者がちらほらと見られるようになっていた。彼女の勝ち方が、華麗な逆転勝利に見えたのだろう。
それは否定しないが、それが騎士団の面々にも高評価なのかは微妙なところだ。
「阿呆か、あいつらは」
「……まぁ、実戦では役に立ちにくいな」
ジェイの言う通り、実戦に場外は無いのである。高所から落とすとかしない限りは。
勝ちに対する貪欲さという面は評価できるかもしれない。しかし、誰でも彼女のように上手くやれるという訳ではなく、単に追い詰められているように見えるのは問題だ。
騎士団の面々にアピールしたいのは分かるが、やるならもう少し上手くやれ。どうせなら純粋に武芸の腕を見せた方が良いというのがジェイの正直な感想だ。
その点に関してはラフィアスも同意する。彼も領主華族家の嫡男なので、参加者を見る視線は似たようなものであった。
だが皆が同じような事をやり始めると、対戦相手もすぐに対策を立てて、むざむざと端まで誘き寄せられたりはしなくなる。
そこでジェイは、試合場に向かうクラスメイトに「ロマティの真似はせず、中央で戦った方が良い」とアドバイスしておいた。
「なるほど! 『フフン、逃げるのかね?』みたいな態度で臨めば良いのだな!」
「……誘いに乗らないという意味では間違ってない」
一人妙な解釈をしている者がいたが、結果として誘導したくてもできない相手と、ハッハッハッと笑いながら対処しているオードという形になっていた。
「どうして笑っているんだ、あいつは。腕は互角だろうに……」
「余裕が有るように見えるよな、オード」
同格だからこそ、心の持ちようが重要なのかもしれない。多くの観客からは、オードの方が格上に見えているのではないだろうか。
対戦相手も同じのようで、それが焦りと萎縮、そしてミスを生む。おかげでオードは二勝一敗という成績を残した。
続けてビアンカの試合だが、一試合目でいきなりロマティの逆転勝利作戦を仕掛けられた。しかし、逆に誘き寄せようとした相手を場外に蹴り出して勝利。
次の試合までに似たようなケースが他の試合場でも起き、それ以降は作戦を使う者がいなくなって真っ向勝負となる。
彼女はオードとは逆にスピードで攻めるタイプだ。槍の長さもフルに活かし、怒涛の連続攻撃で敵を叩き伏せる。
最後の試合もその勢いで勝利し、見事白兎組初の三戦全勝となった。
「やったぁ!!」
槍を手に飛び跳ね、赤毛のポニーテールを揺らして喜ぶビアンカ。
そんな元気娘の姿を眺めながら、ジェイはある事を思い出していた。
「そういえば、モニカのおじ……お義父さんから聞いた事なんだが、尚武会の後って槍が売れるらしいぞ」
「剣に対して優位に立てるからか? 浅はかな」
尚武会は武芸の腕をアピールする場だが、新入生にとっては今の自分の立ち位置を把握するための場でもある。
そのためここで剣以外を使う者と戦い、その経験から剣以外の武器を模索し始めるというのは珍しくない。モニカの父エドは、その辺りの事情をよく知っていた。
「そこで槍に走るのは安いからか?」
ラフィアスの言う通り、槍が剣より安価なのも事実だ。あまり金が無い無役騎士達が、好んで槍を使い『自由騎士』と名乗るぐらいに。
「いや、ここで槍に負けるヤツが多いらしいぞ」
だが、それだけではない。やはり強くなるための試行錯誤の一環だ。
なお一番多いのは「強くなりたいが、新しい武器を買うには財布的に厳しい」という複合的かつ現実的な理由である。
そしていよいよジェイ達の出番がやってきた。
四つの試合場で並行して試合が行われているため、明日香のいるブロックともう一つ、三つのブロックが同じタイミングで試合を始めるようだ。
「昴選手、虎臥選手、前へ!」
早速ジェイとラフィアスの試合だ。
「ジェイ、がんばってー!」
明日香の試合はまだのようで、隣の試合場の選手の席から声援を送ってきている。
先に試合場に入ったのはラフィアス。颯爽とした足取りで位置に着く。
フード付きローブに杖を持つスタイルが古いと言った彼は、肩当て付きのマントを身に着けていた。肩当ては大きめで、魔獣の甲殻を使った物だと思われる。
マントの下は浅葱色のジャケットに、キュロットとロングブーツ。すなわち実戦用の制服からロングコートを除いた出で立ちだ。
右腕の腕輪は、いつか教えてもらった『第三の目』のレリーフが入った物だ。
そして杖は使わないスタイルのようだ。杖は魔法の使用をサポートしてくれるが必須ではないのだ。現にジェイ自身も使っていない。
一方ジェイは、ロングコートも加えた実戦用の制服だ。試合用の木剣を手にしている。
彼は明日香の声援に応えて手を振りながら試合場に入った。
「武器はいいのか?」
「僕は魔法使いだぞ?」
そう答える彼の表情は、自信有りげだった。あくまで魔法のみで戦うつもりらしい。
「始め!」
試合開始と共に、ラフィアスが扇ぐように右腕を振るった。すると肌を刺すような寒さがジェイを襲う。
「まずは小手調べだ」
無論、それだけでは終わらない。ラフィアスの胸の前に三本の氷の矢が生まれ、ジェイナス目掛けて同時に放たれる。
対するジェイナスは、それらを全て木剣で叩き割った。砕けた氷が彼の周りで光を反射してきらめく。
「では、これならどうだ?」
今度は三倍の九本の矢を放つ。
全てを迎撃はできない。瞬時にそう判断したジェイは、横っ飛びでそれを避ける。
「どうした、君も魔法を使ったらどうだ」
「魔法は武器と違って攻撃力を落とせないからな……」
そう答えると、ラフィアスはやれやれと肩をすくめる。
「そんな事を気にしていたのか。魔法を防ぐのも魔法の内だぞ」
多い体内魔素のおかげか、魔法使いの方がいわゆる「耐魔力」が強いのは確かだ。
一瞬影を『踏』んで金縛りにしてやろうかと考えたジェイだったが、流石に試合の場でそれを使うのははばかられる。
何より時間は昼に近付いており、太陽は真上にあって影が短い。『踏』を使うには、間近にまで接近する必要があった。
それに観客が期待しているのは、数少ない魔法使い同士の、魔法による戦いだろう。
「……まぁ、観客の期待に答えようか」
「見世物になるのは業腹だが、魔法使いの偉大さを見せつけられると考えると悪くない」
不敵に笑うラフィアスの考え方に苦笑しつつ、ジェイは魔法戦の口火を切る。
「『射』ァッ!!」
ジェイの足下から影が槍となってラフィアスを狙う。
「甘い!」
ラフィアスは数本の氷の矢を束ねて迎撃。お返しだと更に生み出した氷の矢を放つが、その時既にジェイは移動しており、矢は空を切った。
左から回り込んで距離を詰めたジェイは再び影の槍を撃つが、ラフィアスは機敏な動きでそれをかわす。
彼は魔法使いだが、肉弾戦ができない訳ではない。むしろ武芸の腕は、白兎組の中でもトップクラスであった。
ここからは、お互い牽制しながらの魔法の打ち合いが続いた。
ラフィアスの魔法は氷を生み出すスピードが早く、隙が少ない。
ジェイはなんとか懐に斬り込もうとするが、ラフィアスも負けじと魔法でカウンターを狙っている。
安易に動いてはいけない。お互いそう判断して足を止める。
すると息つく間もなく試合を見守っていた観客席から、弾けるような歓声が上がった。
ラフィアスはそれを当然のように受け止めているが、ジェイの方は表情が優れない。
というのもラフィアスは、先程から氷の矢しか放っていない。
体内魔素を温存しているし、他にも手札を隠しているだろう。
この後も試合が控えているから温存したいのは分かるが、このままでは千日手だ。
おそらくそろそろ次の手を打ってくるだろう。そう判断したジェイは、警戒して少し距離を取るのだった。