第45話 俺の○○を踏み台にしたぁ!?
四つの試合場で同時に試合が始まった。見ている側としては少々慌ただしい。
「これはつまり、どの試合を見るかを選ぶのもまた勉強と……!」
「いえ、単に時間の都合よ~」
尚武会は、希望者全員が参加できるので、一つ一つ試合をしていたら時間が掛かり過ぎるのだ。特に一年は。
「えっと、ジェイのいるブロックは……いないよね?」
「魔法使い組だから、一年の最終組よ」
尚武会では、強い者ほど試合を後に回す傾向がある。魔法使い組が学年の最後に回されるのもそのためである。
といってもあくまで教師から見た評価であるため、たまに隠れた実力者が現れたりもするのが面白いところだ。
「あら、あちらにいらっしゃるのは南天騎士団では?」
その時エイダが気付いた。少し離れた席に南天騎士団長の狼谷が現れた事に。最前列の席をあらかじめ確保していたようだ。傍らには狐崎隊長達も控えている。
彼女達は気付いていないが、他の観客席にも北天、東天、西天だけでなく、王家直属の極天騎士団の関係者もいる。
テレビで見る事もできるのだが、直接見ておきたいのだろう。
流石に距離などの問題で、騎士団長まで来ているのは極天と南天ぐらいであったが。
もちろん彼等の目的は、尚武会で武芸に秀でた者を見定めるため。彼等こそが学生達がアピールすべき者達なのだ。
「つまりはライヴァルですわねっ!」
婿取りをして宮廷華族である父の跡を継いでほしいエイダにとっては敵。
「要チェック……」
逆に嫁入り希望であるシャーロットにとっては、彼等が目を付けた者が独り身であれば狙い目という事になる。
騎士団の動向は、色々な意味で見逃せないものであった。
「あら、見てあそこ」
「あ、色部だ」
そんな最初に試合を行うブロックの中に、色部の姿もあった。
彼は試合が始まるやいなや、がむしゃらに攻め始める。ジェイが相手ならばまた「勢いだけで勝てるほど甘くはないぞ!」とか言われていたところだろう。
しかし実力が近い者同士でブロックを組んでいるので、それなりに有効なようだ。
相手を試合場の端まで追い詰めている。そのまま押し出せば、色部の勝利だ。
「なめるな!」
だが、そこで油断してしまった。
これでトドメだと大きく振りかぶった一撃に合わせ、対戦相手はカウンターで足払いを仕掛けてきたのだ。
「うわっと!?」
先日ジェイにも同じ事をやられた。そのおかげか色部は咄嗟にジャンプして避ける事ができた。しかし……。
「色部選手、場外!」
「チクショォーーーッ!!」
そう、彼は足払いを避けようとして、自ら試合場の外へと飛び出てしまったのだ。
とぼとぼと選手の席に戻る色部。とはいえ、失敗を引きずらないのは彼の強さである。
次の試合が始まる頃にはいつもの調子を取り戻しており、第二試合は連撃を繰り出し、カウンターを受ける事なく押し出して勝利。
第三試合は流石に警戒されて勢いを出せずに、そのまま敗北となった。
この時、ジェイとラフィアスはステージに続く廊下にいた。控室にいてもやる事が無いため、試合が見れる所に来たのだ。周りを見ると同じように見に来ている者が多い。
「一勝二敗か、色部にしては上出来だな」
腕を組んだラフィアスが言う。なお彼は、おそらく全敗になると考えていた。
「二試合目が上手い具合にハマったな」
そう返したジェイは、あの勢いで相手に立て直す隙を与えなかった事が勝因であると分析していた。自分ならばがら空きの下半身に一撃を加えて勢いを止めるとも。
「もう少し落ち着いて攻めろって言いたいけど……色部には向いてないのかな?」
「フン、向いているように見えるか? 性格的に」
「だよなぁ。剣より斧……いや、メイスの方が向いてるかも」
騎士だからといって剣しか使ってはいけないという訳ではない。ビアンカが槍を使っているように、もっと相性が良い物を探すのも手だろう。
真面目に育成方針を考えるジェイに、ラフィアスは肩をすくめた。
実はジェイは、何かを育てるのが結構好きだ。故郷では主に家臣や兵に訓練を施し育てていた。ポーラに連れてきているのも、その訓練を受けていた者達だったりする。
これは彼の趣味だと言っても良いだろう。その育てたい欲が、今はクラスメイト達に向けられているのかもしれない。
「あ、使いますー?」
「ああ、ありがとう」
いつの間にかロマティが隣にやってきて、メモ帖とペンを手渡してきた。
その後も幾人かクラスメイトが出て来た。全敗こそいなかったが一勝か二勝で終わり、三戦全勝はいなかった。上手くブロック分けされているという事だろう。
それらを見ながら、借りたメモに彼等の戦い方について気付いた事を書き連ねていく。もちろん、今後の訓練のためである。
「あ、次のブロックなんで行ってきますねー」
そうこうしている間にロマティの順番が来た。
彼女は記念参加組だ。放送部の先輩から、一度参加者として尚武会の雰囲気を体験して来いと言われたらしい。
ただご存知の通り、彼女は逃げ足はともかく武芸の腕には自信が無い。
放送部員としては参加した時点で目的は達成しているので、後は適当に逃げ回って降参するつもりとの事だ。
「それなら……」
試合場に向かう彼女を呼び止め、ジェイは何やら耳打ちをした。
いざ試合が始まると、ロマティは攻撃を避けまくった。
相手は力自慢のメイス使い。体格も良く、手足の太さはロマティと比べ物にならない。
その剛腕から繰り出されるメイスは当たると一撃で沈められかねないが、彼女のスピードならば避けるのは容易い。
「見ろ、まるで扇風機だ」
「地元に硬い魔獣が多いのかもな」
地方の華族の場合、魔獣への対処が重要な仕事となる。
そのため鍛え方も、地元に出没する魔獣に合わせたものになりやすい。
たとえばメイスの彼の場合、スピードよりもパワー重視で鍛えられている。そこから鈍重だが強く、硬い甲殻を持つ魔獣が出没するのではと推測できるという訳だ。
なお、ジェイの推測は当たっていた。彼は地方華族の子息であり、地元では力自慢の魔獣ハンターとして知られている。
そんな彼が、目の前の小柄な少女をいまだに捉える事ができない。地元の魔獣が相手ならばとっくに仕留められているのに。
焦りから前のめりになり、攻撃の勢いが増していく。
ロマティも避け続けているが、徐々に押され、試合場の端に追い詰められてしまった。
勝てる。そう確信した男が、横薙ぎでトドメを刺そうとしたその時、ロマティがニッと不敵な笑みを浮かべた。
「なっ!?」
「隙アリー!!」
ロマティが跳躍する。
流石の彼女もひとっ飛びで男を飛び越せるほどの超人的跳躍力は持っていない。
しかし繰り出された一撃の、正確には男の手首を踏み台にするには充分だった。
「俺の手首を踏み台にしたぁ!?」
二度目の跳躍を行った彼女は今度こそ男を飛び越し、体を丸めてくるりと一回転。全力のドロップキックが無防備な男の背中に炸裂する。
彼は思わずよろめき、数歩前に出てしまう。そう、試合場の外へと。
「勝者、百里選手!」
まさかの番狂わせ。ロマティの鮮やかな勝利に観客から歓声が上がった。
色部がやられたように試合場の端まで誘き寄せ、バランスを崩させて試合場の外に出せば勝ち目が有る。それがジェイから伝えられていた作戦だった。
体格差から足払いでは難しいと思って一工夫したが、それが功を奏したのだろう。
その後ロマティは同じように勝負を仕掛けたが、流石に相手も警戒して端まで誘き寄せる事ができず、結局一勝二敗という結果となった。
逆にメイスの彼は、これ以上は負けられぬと、その後二連勝したらしい。
ロマティに鼻っ柱を圧し折られた事が、結果として良かったのかもしれない。
これもまた、学生同士の切磋琢磨といえる。観客席では、メイスの彼の成長を感じ取った狼谷団長がうんうんと頷いていた。
今回のタイトルの元ネタは、『機動戦士ガンダム』の黒い三連星のセリフです。
色々とパロディされている有名なセリフですね。




