第44話 はじめての?チュウ
尚武会当日、ジェイ達白兎組の面々は校内闘技場に集合していた。
エラの勧めでほんの少し早めの到着だ。周りを見てみると上級生らしき姿がちらほらと見えたが、他の一年生はまだいないようだ。
校内闘技場はその名の通り、魔法国時代には本物の闘技場として使われていた物だ。
演習場としては主に武芸の鍛錬で用いられる場所であり、まだ基礎鍛錬ばかりの一年生は初めて訪れた者がほとんどだろう。
「ここはですねー、新校舎をどこに建てるか決める時、最後の決め手になったって言われてるんですよー」
「魔法国時代に建てられた物だからな。今の技術では移築もできん」
写真を撮るロマティの説明を、ラフィアスが補足した。
更に付け加えると、ここは旧校舎の頃から演習場として使われていたものだ。
これを敷地内に取り込むため、新校舎はここに建てられたとも言われている。
そんな歴史ある建物だが、いざ実物を前にしてみると、古いという印象は受けない。
汚れひとつ見えない白亜の建物は、まるで荘厳な神殿のようだった。
ダイン幕府では見ないタイプであろう建物を前に明日香がはしゃいでいる。
「すごくきれいです! これホントに昔の建物なんですか!?」
「これには保護の魔法が掛けられていると伝えられている」
そう説明したラフィアスだったが、闘技場から目を背けて「今となっては、どんな魔法かも分からんがな……」と面白くなさそうに呟いた。
魔法国の叡智は素晴らしいが、それに手が届かぬ現状に思うところがあるようだ。
「お~い、早く入ろうぜぇ!」
なお色部は、建物への感動などは全く無かったようで、さっさと入ろうと促す。
ジェイ達も初参加だし早く会場入りしておこうと後に続き、ラフィアスは「これだから魔法も使えん奴は……」などとぶつぶつ呟きながら歩き出した。
中に入ってすぐの広い廊下で、参加者とそれ以外とで分かれる。
「あ、その前に……がんばってね♪」
ここでエラが、不意打ち気味にジェイの頬にキスをした。
「エ、エラ姉さん!?」
「ジェイーーーッ!!」
モニカが焦りの声を上げ、色部をはじめとする数人の男子が怒りの声を放つ。
「……エラ?」
「婚約者がいる参加者は皆してるわよ」
そう言う彼女は、にこにこ顔で自分の頬をつんつんと指差している。
参加者控室と観客席、それぞれに向かう分かれ道となっているこの廊下では、婚約者を激励する姿がよく見られるそうだ。
「不意打ちは勘弁してほしいけど、エラらしくはあるか」
ならばとジェイもエラが指差す頬にお返しのキスをする。
「そうね、これが私よ」
するとエラは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「モニカ」
「えっ、いや、ボクは人前は……」
モニカの方は顔を真っ赤にして動かなかった。
ジェイの方から彼女を抱き寄せ頬にキスをすると、しばらくあうあうと唸った後、覚悟を決めて彼女の方からもお返しをした。
やはり恥ずかしかったようで、顔を真っ赤にして俯いている。
「ジェイ、ジェイ! あたしも!」
「参加者同士励まし合うのもアリか」
「アリですねっ!」
当然明日香もその後に続く。すると参加者組の中から、三組ほどジェイ達に倣う者達が現れた。実はジェイ達以外にも婚約者同士の者達がいたようだ。
「チクショォー! オレっちも来年はーーーッ!!」
「俺もだ! やってやるぞ!」
「まずは尚武会で結果を残してアピールだー!!」
なお、そんな光景を見て、来年は自分もと婚活に力を入れるというのもまた、よくあるパターンらしい。
ちなみに白兎組からの参加者は、二十人中の十七人。全員が武芸で身を立てようとしている訳ではなく、記念に参加しているだけの者も少なくない。
ロマティも記念参加だと明言している。一度だけ経験しておきたいとの事だ。
エラによると一年生はそういう参加者が多いらしく、学年が上がるにつれて参加者の割合が減っていくそうだ。
参加しないのはモニカ、エイダ、シャーロット。三人はエラと共に観客席に向かう。
観客席はまだ人の姿もまばらで、エラ達は余裕をもって最前列を確保する事ができた。
シャーロットが、きょろきょろと辺りを見回す。
「……人少ない?」
「確かに、向こうの方に集まってますわね……お姉さま、こちらでよろしいんですの?」
「あっちにいるのは上級生よ。今日は学年ごとに試合する場所が違うから」
つまり周囲に人が少ないのは、単に他の一年生がまだ来ていないからだ。
上級生の方は、一度以上尚武会を経験しているので分かっているのだろう。早めに来た方が最前列の席を確保しやすいと。
ちなみに学年ごとに分けられているのは、参加学生のアピールのためだ。
下級生に勝ってもアピールにならないし、負けたらアピールどころではない。実のところ上級生にとって下級生と戦う事は、あまりメリットが無いのである。
「ねえねえ、エラ姉さん。最前列を確保するのは、参加者を見定めるため?」
ようやく復活したモニカが、顔を上げて問い掛ける。
「そうね。クラス対抗演習の相手になるんだから、他のクラスの子も見ないとダメよ」
エラがそう答えると、何やらエイダが焦り出した。
「そ、そうですわね! 敵情視察ですわね!」
「……婿候補探しでもいいのよ?」
「な、なんの事かしらお姉さま?」
図星であった。
尚武会は参加者以外が闘技場に来るかは自由なのだが、当日はほとんどの生徒が集まるのが通例である。
クラス対抗演習に向けての敵情視察。単にお祭り騒ぎに参加したいだけ。理由は色々とあるが、そこに結婚相手探しが混じっているのもまた事実であった。
そんな話をしている内に、どんどん観客席が埋まっていく。早めに来たといっても三十分にも満たない時間だったが、その効果は大きかったようだ。
「そろそろね……」
エラが視線を向けると、丁度参加者達がステージに入って来はじめたところだった。
参加者達が整列して開会式が行われる。学園長は、観客席の中に設けられたVIP席から開会の挨拶をする。
それが終わると、参加者達はブロック分けされた試合場に移動した。
ちなみにブロック分けは、教師達によって決められている。学生の実力や、婚約者同士を戦わせないなど人間関係も考慮して組み合わせを決めるらしい。
ひとつのブロックは四人で、その四人が総当たりで互いに戦うのだ。つまり一人三回試合をする事になる。
サッカーのワールドカップのようだが、勝ち抜けた一人が他のブロックの優勝者と戦ったりはしない。
尚武会は、できるだけ多くの生徒に武芸の腕をアピールさせる事が目的であって、一番強い者を決める訳ではないからだ。
「ん、ラフィアスと一緒か」
「魔法使いと、それ以外とでは試合にならんだろうからな」
ジェイのブロックにはラフィアスもいた。彼の言う通り、魔法使いが一人だけ入っていると一方的になるからだろう。
残りの二人は、別クラスの魔法使いと風騎委員。
「あいつは確か、今年見付かったばかりのヤツだ」
フードを目深に被った魔法使いの方を見て、ラフィアスが言う。
「ああ、華族以外の魔法使いが見付かると『純血派』が来るとかいう……」
「人さらいみたいに言うな。養子入りだ」
ラフィアス自身も話に聞いていただけなので、詳しくは分からないらしい。
ただ、フード付きマントに杖というのは魔法使いとしては割と古風な出で立ちなので、もしかしたら形から入るタイプかもしれないとの事だ。
「風騎委員の方はどうなんだ?」
「俺も別行動が多いから詳しくは分からんが……」
そう言ってジェイは、チラリとその男を見る。
白兎組で一番のオードと互角、いやそれ以上の長身だ。実戦用の制服のようだが、上着のロングコートは脱いでいる。
防具は飾り気の無い無骨なレザーアーマーで、まるで傭兵のような出で立ちだ。
日に焼けた肌で、剥き出しの鍛え上げられた両腕はまるで赤銅を彷彿とさせる。
腰にはやや大振りで幅広のロングソード。その腕から繰り出される斬撃の威力は推して知るべしだろう。
「魔法使いの組に入れられるだけの実力はありそうだな」
場合によっては魔法使いのみ三人のブロックにする選択肢もあったはずだ。
にもかかわらず四人目に加わっているという事は、それだけの実力があると認められているという事だろう。
「……それについては同意しよう」
ラフィアスも油断ならざる相手と判断したようで、真剣な表情で男を見つめていた。
今回のタイトルの元ネタは、『キテレツ大百科』の主題歌「はじめてのチュウ」です。
ジェイ達も他のクラスメイトの婚約者達も実際そうかどうかは謎なので?です。




