第43話 婚活は全てに優先する……!
色々とあった旧校舎の演習から数日。茶葉密売の件についてはほぼ片付いたが、魔王教団らしき黒幕についてはさほど進展が見られなかった。
南天騎士団では、既に島から逃げ出したのではとも考えられているらしい。
演習場の魔草農園に、潜伏場所の旧校舎隠し地下室まで潰されたとなると、これ以上島内で活動するのは厳しかろうという事だ。
そのため捜査は続けるのだろうが、風騎委員は完全にその件から外れる事となった。
というのも、学生は学生で忙しいのだ。
五月は武士達が伝えたという菖蒲の節句があり、それにちなんだ『尚武会』という武闘大会が開かれるのだ。テレビでも放送される全国的な大会である。
これは主に学生達が武芸の腕を披露するもので、新入生にとっては初のお披露目、婚活アピールの場となる。普通ならば。
そう、入学一ヶ月で既に名を馳せているジェイの方が特殊なのだ。
彼をどう扱うかは学園側でも問題となった。尚武会は武芸で立身を志す者達にとっては逃せぬアピールの場。そこに『アーマガルトの守護者』を放り込んで良いものかと。
結論から言ってしまうと、学園は彼を普通に参加させる事にした。
幸いな事に尚武会はトーナメント形式ではなく、ブロックごとに分かれ、ブロック内の選手と一回ずつ試合をする総当たり戦。
ジェイに一回負けても他の試合でリカバリーは可能だと判断したようだ。
学園側は生徒のアピールの場を奪う事はできない。それはジェイも同じであり、学園としてはジェイの機会だけを奪う訳にはいかなかったのだろう。
そんな尚武会を数日後に控えた学生街では、早朝から剣戟の音が響いている。
大会に備え、庭での鍛錬に励む姿がちらほらと見られるようになっていた。
一人でやるよりも相手がいた方が良いと、隣近所を頼ったり、クラスメイトの家を訪ねる者も珍しくない。
「ジェイ、稽古をつけてくれぇぇぇ!!」
先日の模擬戦もあって昴家の庭は毎日大盛況であった。色部やビアンカを始めとする尚武会に参加するクラスメイト達が集まっているのだ。
結果として明日香に割く時間が減ってしまい、彼女は縁側で頬を膨らませていた。
「むう、せっかく二人で稽古してたのに~」
「まぁまぁ、これはジェイ君の将来のためにも必要な事なのよ」
そんな明日香を、エラが頭を撫でながらなだめる。
「将来ですか?」
「ええ、ジェイ君が将来家を継いだ時のために、ね」
「ああ、『与力』ですか」
「そう、『寄騎』よ」
「与力」と「寄騎」、どちらも読みは「よりき」であり、意味も同じだ。
セルツ建国後は武士が騎士になったため、それに合わせて「寄騎」という字が主に使われるようになったらしい。
逆にダインでは、武士が武士のままであるため「与力」の方が使われている。
セルツにおける寄騎は、領主などの有力華族家に、王家から臨時の配下として派遣される騎士を指す。日本でいうところの戦国時代の寄騎に近いだろう。
戦力が必要だと判断したところに王家から派遣する事もあれば、有力華族家の方から申請して派遣してもらう事もあった。
騎士団入りするほどの名誉ではないが、直臣騎士としての俸給に派遣先からの手当も加わるため実入りは良いと言われていたりする。
武芸で身を立てたい者にとっては、もう一つの出世の道だと言える。
「冷泉家には、あんまりいないんだけどね」
「えっ? 宰相ですよね?」
明日香が驚きの声を上げた。
「寄騎より、家臣重視なのよ。宮廷華族は」
この辺りは立場の違いもあるのだろう。
領主華族が野盗やモンスターなどの敵を討伐する「剣」を求めるのに対し、宮廷華族の敵は敵でも政敵などから身を守るために「盾」を求める事が多い。
そう、相手が同じセルツ華族なのだ。そのため信用などの面から、自分の家のみに仕える家臣を重用する傾向があった。
「そういえば、ジェイの家の執事さんが元寄騎だって言ってたなぁ」
昔から昴家に出入りしていたモニカは、二人よりも寄騎の事をよく知っていた。
ちなみにその執事は、祖父レイモンドが招聘した寄騎だった。
今ではいつもにこやかで、穏やかな性格の老紳士だが、かつては長年レイモンドと共に戦場を渡り歩いてきた古強者である。
彼の家は昴家に合わせて代替わりし、息子が改めて昴家の寄騎になっている。
そして当の本人は、隠居後の第二の人生として昴家の執事となっていた。
「国境領主とかだと多いらしいわね~、そういうのは」
「寄騎は自分の代だけで、息子は騎士団に~って人も多いらしいけどね」
その辺りは人それぞれであろう。昴家でもレイモンドが招聘した寄騎の内、今も残っているのは半分にも満たない。代替わり後も寄騎を続けている家を含めてである。
「まぁ、雇う側もその辺はきっちり見てるんだけどな」
その時、指導がひと段落したジェイが縁側に戻ってきた。
エラの侍女が、すぐに指導を受けていた者達の分も合わせて飲み物を用意する。
「ところで、寄騎がどうかしたのか?」
「それはエラ姉さんが……」
「皆を指導しているのは、将来のためでもあるのよ~ってね」
「ああ、そういう」
武芸の腕をアピールするという事は、それを見る者もいるという事だ。昴家のような寄騎を招聘する領主華族などがそれに当たる。
共に鍛錬するのも、有望な者を探す意味があった。
「寄騎か~、騎士団とどっちが楽なのかなぁ?」
色部も休憩のため、汗を拭いながら縁側にやって来た。
「……仕事によるかな」
ジェイは呆れつつも、そう答えた。色部はもう少し、選ぶ側からどう見られるかを考えるべきだろう。婚活においても、立身においても。
騎士団に騎士隊長や団長を目指すルートがあるように、寄騎にも出世ルートはある。
たとえば部隊長を任されたり、代官や子供の教育係を任される事もあるのだ。
当然、その際に求められるのは信頼だ。残念ながら今の色部には、縁遠いと言わざるを得ないものであった。
「私、領主夫人目指してるんだけど、寄騎から夫人になるルートはあるかな?」
照れ臭そうに問い掛けてきたのはビアンカ。
領主というのは、領地を守る強さが求められる。
領主の留守中にモンスターや野盗が現れる事もあるため、夫人も戦えるというのはプラス要素ではある。そういう意味では彼女も満更適性がなくもない。
「それは……難しいな」
しかしジェイは、そこで安易に有るとは答えられなかった。
「ハッキリ言っちゃうんだけど、寄騎って当主が招聘するものだから、その時点で既婚者である場合がほとんどなんだ」
「はぅん!?」
ストレートな言葉に、ビアンカはポニーテールを揺らしてのけぞった。
「後妻なら無いとは言わないけど……」
「いや、いきなりそれを目指すのはちょっと……」
実は寄騎の同僚同士で結婚という道もある。ジェイも何組か実例を知っていた。
しかしそれは、ポーラで結婚できなかった同士の話であるため、やはり今のビアンカに勧める気にはなれなかった。
「真面目にアドバイスするなら、将来の領主になる方にアピールした方が良いぞ」
「やっぱりそうなるか~」
武芸に自信が無い跡取りならば、結婚相手に強さを求める事は珍しくもない。そういう意味では、ビアンカにもチャンスは有るだろう。
そういう子を持つ親も大体同じような事を考えているので、そちらにアピールするというのもアリである。
「ただ、本人が戦うよりも、いざって時に指揮が執れる方が重要って考え方も有る」
「おぅふ……」
先陣を切るのも重要だが、領主が指揮官である事も忘れてはならない。
この辺りは領主軍の規模にもよるので、それこそケースバイケースであった。
「指揮の勉強か~……」
ビアンカは座学方面は苦手なようで、力無くうなだれていた。
そんな彼女の手を取る者が一人。
「ビアンカちゃん……!」
「明日香ちゃん……?」
「あたしもがんばります! 一緒に頑張りましょう!」
「明日香ちゃん!」
ジェイが語った領主夫人に求められるもの。それに明日香も感銘を受けたようだ。
二人で手を取り合い、共に学んでいこうと盛り上がっていた。
こうして生徒達が切磋琢磨していく。それもまた学園の本懐である。
「目指せ領主夫人!」
「立派な領主夫人になりましょう!」
ただその目的が婚活につながりやすいのが、婚活学園と呼ばれる所以であった。
今回のタイトルの元ネタは、現在新作アニメが放送中の『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』のミストバーンのセリフです。




