第42話 マオー崇拝者
その後、隠し地下室発見の件はすぐに南天騎士団に伝えられた。
旧校舎侵入の件は学園の役割であり、茶葉密売の行商人の件は風騎委員に任されていた事だが、件の魔素種に関しては南天騎士団の担当なのだ。
結果として風騎委員が、任されていない件の解決にまで関わった事となるが、流石にこれで抗議される事は無いだろう。不可抗力である。
また繁華街の方でも、風騎委員の手によって潜伏してた行商人が三人捕縛されている。
風騎委員の先輩達は大喜びだったが、直後剣術教師から調子に乗るなと怒られる。
「喜ぶにしても場所を選べ。犯人の前で喜んでると、逆恨みされるかもしれんぞ」
「……そこは、被害者の前で喜ぶと不謹慎とか言うべきでは?」
その忠告は、割と身も蓋も無いものであったが。
それはともかく、今年に入ってから風騎委員の活躍が著しいのは事実。
ジェイの活躍に引っ張られてというのは多分にあるが、それで掴んだチャンスを逃さず功績を挙げられているのは間違いない。
去年まで燻っていただけに、上級生達の喜びもひとしおなのだろう。
「まったく……」
その一方で周防は、現状に満足していなかった。
今後も出番は増えるだろう。だが同時に求められるハードルも高くなるだろう。
しかし、残念ながら今の風騎委員では、それに応え続けるのは厳しい。
そう考えているからこそ、周防はこの状況を手放しに喜ぶ事ができないのだ。
チラリとジェイを見る。今回彼が地下室に突入した際、脇を固めたのは教師達だった。
『アーマガルトの守護者』と謳われる彼程になれとは言わないが、教師の代わりを風騎委員が務められるぐらいにはしたい。
「……明日からまた訓練だな」
だからこそ鍛え上げる。風騎委員を真の精鋭とする。
自分がやらねばならぬと使命感を抱き、周防は決意を固めるのだった。
なお旧校舎は、魔素種の件と関係している事が判明したため、学園と南天騎士団が共同で警備する事となった。風騎委員はこれにてお役御免だ。
「行商人の捜索も続けなければならないから、丁度良いだろう。ああ、ジェイナス君。君と明日香君はこれまで通りだ」
つまりは不参加である。他の委員達としても、全てにおいて彼におんぶにだっこという訳にはいかないのだ。ジェイとしても異存は無い。
「分かりました……って、まだいるんですか? 随分と手広く……」
「この時期は、元々多いのだ」
周防は大きくため息をついた。ポーラで新生活を始める者達を目当てに集まるらしい。
新入生にその家臣達、商人達にとって見逃せない商機なのだろう。
「今は商店街も騒がしいが、初夏が訪れる頃には静かになるぞ」
「ああ、春だけなんですね」
「……いや、夏休み前あたりにまた集まる」
ポーラ華族学園には夏と冬に長期休暇があり、帰郷する者も多い。
新入生だけでなく在校生も合わせた大移動。その際にはお土産を買って帰るのだ。家臣達の分も合わせればどれほどのお金が動くのか。行商人が集まるのも当然である。
「まぁ、風物詩だと思え」
「もう少し自然を感じ取れるのがいいです」
「俺もだ。だが、ここでは人の動きこそが一番季節の移ろいを感じ取れるぞ」
そう言って周防は笑った。ここは学園のスケジュールに合わせて大勢の人が動く島なので、おのずとそうなってしまうようだ。
そして、そんな時こそ犯罪も増えてしまうものだ。
例年ならば南天騎士団が忙しくなるだけだが、今年はそこに風騎委員も加わりたい。
「……やはり、明日から特訓だな」
自分がやらねばならぬと、周防は決意を新たにするのだった。
周防達と別れ、そのまま帰宅したジェイ。夕食も終えていつもの団らんの時間となるのだが、今日の彼は何やら上の空だった。
モニカは何かあったのだろうと察していたが、触れて良いものかどうか判断できない。そのため彼から話してくれるまでは触れないようにしていた。
それはそれとして彼の隣をしっかりキープしているが。
明日香も察しており、こちらは話を聞きたいと考えている。しかし、どう聞けば良いのかが分からなかった。
とりあえずモニカに倣い、彼の隣に座って身を寄せ、その腕にしがみ付いている。
「ねぇ、ジェイ君。何かあったの?」
そしてエラは向かいに座り、真正面から尋ねて来た。
言おうか言うまいか迷うジェイ。対するエラは、いつになく真剣な顔をして真っ直ぐに見据えてくる。
ジェイは思わず顔を背けようとしたが、明日香が彼の頭に抱き着くという方法でそれを阻止した。頭の三分の一ほどが胸に埋もれる形だが、視線はエラに固定されてしまう。
これは誤魔化せない。ジェイは言葉を選びながら、ゆっくりと話し始めた。
「……あの後、隠されていた地下室を見つけたんだ」
「それはお手柄ですねっ!」
喜ぶ明日香の腕に力が込められ、二分の一ほど埋もれる事になった。
「その割には……浮かない感じだったね」
モニカも対抗して腕に抱き着きながら、上目遣いで顔を覗き込んでくる。
今は頭を包み込む柔らかさに口元が緩んでいる。モニカもそれを見逃してはいないが、それよりも先程までの様子の方が気になっていた。
「ああ、地下室で色々と見つけてな……」
黒幕らしき者が地下に隠れ住んでいた形跡があった事、そこで行方が分からなかった魔素種が見付かった事。そして魔王の像があった事を伝える。
「黒幕は『魔王教団』ってヤツの可能性が高いらしい」
そう言うとエラとモニカは顔を見合わせ、明日香は首を傾げた。
「魔王教団って何ですか? 『セルツ建国物語』に出てきますか?」
「多分出てこないでしょうね。教団が誕生したのはその後の話だから」
魔王教団は、セルツ建国時に落ち延びた『暴虐の魔王』派閥の魔法使い達が後に結成したもの。エラの言う通り建国後の話である。
「そういう人達がいる事は、昔から噂されていたそうよ」
「噂?」
「ええ、噂だけ。だから、本当はもういないって言う人もいたんだけど……」
そこで言葉を止め、じっとジェイを見つめてきた。真剣な顔だ。ジェイも思わず表情を引き締める。半分を明日香の胸に埋めたまま。
「教団は実在するわ。これまでにも何度か事件を起こしてるの」
彼等の目的は、『暴虐の魔王が眠る魔神の壺』、すなわち『魔王の壺』。
彼等もそれがどこにあるのか分かっていないらしく、厳重に封印されている魔神の壺を奪おうと事件を起こした事もあるらしい。
あまり表沙汰にはされていないが、エラの祖父は宰相という立場上知っており、彼女もその話を聞いた事があった。
「セルツを滅ぼし、カムート魔法国を再興しようと目論む……それが魔王教団よ」
その歴史はセルツ連合王国とほぼ同じだと言われている。
冷泉宰相も、自分が若い頃に関わった事件以前の事は分からないそうだ。
「でも、その魔王教団がどうかしたの?」
エラは不思議そうに尋ねた。確かに厄介な相手ではある。しかし、ジェイが思い悩むような相手とは思えないのだ。
「それは……」
言葉に詰まる。何も話さないは通じなさそうだ。
どこまで話していいものか。しばし考えたジェイは、自身の転生関係の事は伏せて魔神エルズ・デゥに言われた事だけを伝える事にする。
「実は……この前の魔神が死に際に言ってたんだ……俺が復活した魔法王だって」
再びエラとモニカが顔を見合わせた。二人の表情を見るに、やはり信じがたいようだ。
「その、ジェイ君は壺から生まれたのかしら?」
「いや、そんな事は無いと思うんですけど……」
「魔神って壺以外から復活するのかしら? それは魔王も変わらないはずだけど」
確かにエラの言う通りだ。それでもジェイが気にしているのは、曖昧ながらも自身が転生したという記憶があるからだろう。
「だったらさ、どうしてそいつはそんな事を?」
「それが……魔神を滅ぼせるのが、魔法王の証拠らしい。だから魔法王は、魔神を統べる事ができたって」
「ああ、『影刃八法』の……」
表向きは壺が破壊された魔神が退いた事になっているが、許婚達は真相を知っている。
考えてみればジェイ自身、自分がどうしてこんな魔法を使えるのか分かっていない。それが魔王の力だと言われれば、否定する事もできなかった。
明日香とモニカは、心配そうな顔をしてエラを見た。彼の話は、彼女達にとっては信じがたいものだったが、彼はそれを気にしてしまっている。
モニカは「そいつデタラメ言ったんじゃない?」ぐらい言いたいところだったが、それではジェイの気持ちは晴れないだろう。
彼女達には分からない事だが、なまじ自分に転生したという記憶があるため信憑性を感じてしまっているのだ。
二人はどうフォローすれば良いか分からず、エラに助けを求めた。
とはいえエラにも、この疑惑を完全に晴らす術は無い。
しかし、ひとつだけハッキリと否定できる点がある。
「ねえ、ジェイ君。魔神を滅ぼせるのは……魔神を統べる条件であって、魔法王の証拠ではないんじゃない?」
「それは……」
そう、エルズ・デゥの言葉は「魔神を滅ぼせるのは『暴虐の魔王』だけ」という前提の下に成り立っている。
「たとえば、魔王を倒した騎士だって魔神を滅ぼせたのかもしれないわ」
魔王がいまだに復活しないのは、騎士によって既に滅ぼされているからだ。研究者の間ではそういう説も存在していた。
確かに一応の筋は立つ。魔王が転生したのは騎士に滅ぼされたからだとすれば、魔王以外にも魔神を滅ぼせる存在があると言う事だ。
逆にそんな力を持っていなかったとすれば、そもそも魔王は転生もしていないだろう。
あくまで魔王以外の可能性もあるという事であって、魔王でないと証明する事にはならないが、魔神の言葉を真に受ける必要が無くなっただけでも、随分と気が楽になった。
「そうか……確かにそうだな」
「そうそう、気にする事ないって!」
ジェイが小さく笑みを浮かべると、モニカは嬉しそうに抱き着いてきた。
「大丈夫です! 魔神くらい、お父様ならきっと滅ぼせます!」
「……それは、ないとは言い切れないな」
龍門将軍の実力を知っているだけに否定し辛く、ジェイは苦笑する。
その様子を見て、エラも安堵の笑みを浮かべる。
それからはいつもの雰囲気に戻り、改めて団らんの時間となるのだった。
「ところでジェイ君……二人とだけくっついて、私寂しいわ……」
そう言ってエラは両手を広げた。
その後、存分に埋め合わせする事となったのは言うまでもない。
今回のタイトルの元ネタは、マンガ『バオー来訪者』です。




