第41話 くらやみのかべをおせ
両側に扉が並ぶ真っ直ぐの廊下。表の旧校舎は明かりが無く薄暗かったため、影世界の方がかえって明るく感じられる。
実際には光が無いため明るいも暗いもなく、ただそう見えるだけなのだが。
行商人の話によるとフードの男は二階には上がってこなかったそうだが、明日香達の捜索では怪しいものは見付からなかったという。
ジェイはまず中央の階段まで進み、それを見上げる。
「あいつはこの上から男を目撃した……」
つまりフードの男の目的は奥にあるはずだ。そう判断し、三方向に伸びる廊下を見る。
先程の捜索によると東側には厨房があった。西側には大きな部屋がいくつか並び、北側は南側と同じく小部屋が並んでいる。家具などは何も残っていないので詳細は不明だ。
それをどう探すかだが、流石の彼も隠し扉を探すような技術は持ち合わせていない。
ならばとジェイは、まず東廊下に進み、壁を魔素に戻して穴を開ける。
隠し扉が見付からないならば、直接壁の向こうを確認する。『影刃八法』によって再現された影世界だからこそできる方法だ。
そのまま方々の壁を消しながら一通り調べてみた。しかし、フードの男の目当てであろうものはおろか、隠し部屋そのものが見付からない。
念のため入り口側の南廊下も調べてみたが、結果は同じであった。
他に何か隠していそうなところを探し、視線をさまよわせる。しかし穴だらけになった壁ばかりで何も見付からない。
小さくため息をついた彼の視点はその足下へと向けられる。
「……もしかして地下か?」
隠し部屋ではなく隠し階段、有り得る話だ。
不注意に床を消すと、地下室があった時に落ちてしまうかもしれない。ジェイは慎重に床板を消していく。剥き出しの地面が出てくる場所がほとんどだ。
「こんな所に隠して……!」
隠された地下室が見付かったのは、なんと中央階段の真下。二階から死角になっている階段裏側の床に入り口があったようだ。廊下ばかり見ていたため盲点になっていた。
気を取り直して地下室に入る。影世界なので明かりは必要無い。
一階の中央階段があるフロアの半分程度の広さだろうか。しかし、ここは他の部屋と違い空っぽではない。いくつかの家具や荷物が置かれている。
真っ先に目を引いたのは机と椅子。机の上には魔動ランプがあり、他にもいくつかの道具、そして脇には袋が置かれている。袋を開けてみると、中には魔素種が入っていた。
更に辺りを探ると、食料等を入れた樽も見付かった。モノクロの影世界では分かりにくいが、まだ新しいもののようだ。
次に毛布などの寝具。ローブの男はここで寝泊りしているのだろうか。
影世界では分からないが、今もこの地下室にいるのかもしれない。
最後に奥で見つけたのは、マントを羽織った男性の像。その前には壺が、そして両隣には今時珍しい燭台が置かれていた。
それが魔神エルズ・デゥの壺に似ていると感じた瞬間、彼の頬に冷や汗がつたった。
中を覗き込んでみると、魔素結晶が壺の半分ほど詰め込まれていた。いくつか摘まみ上げてみるが、少し形が歪な気がする。
ジェイはハッとある事に気付き、机の方を振り返った。
「もしかして、ここで魔素結晶を作っていたのか?」
演習場の森で密かに魔素種を作らせていた謎のフードの男。
行方が分からなかった魔素種は、男の手でここに運び込まれて魔素結晶にされていたのではないだろうか。
だとすれば目的は何なのか。ジェイは思わず像の方に向き直る。
像と燭台、そして魔神のそれに似た壺。改めて見てみると、まるで祭壇のようだ。
男性の像は初めて見る物のはずだ。祖父レイモンドや、父カーティスとも似ていない。
しかし、何故か懐かしさを感じる。
その時不意に彼の脳裏に浮かんだのは、自分を「魔法王」と呼ぶエルズ・デゥの不気味な声だった。ではこれが魔法王……『暴虐の魔王』だというのだろうか。
そんなはずはない。振り払うように大きくかぶりを振ったジェイは、目の前の像を霧散させて魔素へと戻した。
更に壁や床にも穴を開けて、ここから更に続く隠し通路などが無い事を確認すると、踵を返して地下室を出て行った。
その後、人気の無いところで影世界から出たジェイは、周防の下に向かい、地下室の件を報告した。どうやったかは詳しく説明せず、魔法で察知したとだけ伝えている。
地下室にローブの男が潜んでいるかもしれないので、教師も呼んで確認しに行く。
「こいつは仕掛け扉だな」
一人の教師が床を調べ、一点を指差す。皆で覗き込んでみると、床板の模様のいくつかがスライドするようになっていた。これらを順番に動かす事で扉が開くようだ。
彼は魔動技術の教師であり、こういうカラクリにはめっぽう強い。
「音で判断するしか無さそうだな。皆、少し離れて足音を立てないでくれ」
皆コクリと頷き、言われるままに離れる。風騎委員にも指示を飛ばして徹底させた。
扉が開いた時のために、魔動ランプも準備済である。
息をするのもはばかられるような緊張感の中で見守ることしばし、「よしっ!」という教師の声と共に、彼の眼前の床が音も無く開いていった。
それを見て真っ先に動いたのはジェイ。少し遅れて数人の教師が動く。
彼等は武器を手に、扉を開けた教師を守る位置に立つ。地下にいるかもしれないフードの男を警戒しているのだ。
しかし、何の動きも無い。地下からは何も聞こえてこず、静まり返っている。
「……俺が先頭で入ります。ランプを持ってついて来てください」
そう言ってジェイが視線を向けたのは、先程彼の次に動いた剣術担当教師だった。
教師としては思うところがあったが、実績的には妥当な判断であるため素直に頷く。
魔動ランプの明かりを背に、警戒したまま地下室に入る。
しかし中に人の気配は無かった。先程影世界で見た光景が、明かりに照らされた色彩と共に広がっている。
後から来た教師も、誰も潜んでいない事を確認すると、他の教師達を呼び寄せた。
すると教師だけでなく周防も二人の風騎委員を伴って降りて来る。
机の上の道具、袋の中の魔素種、そして謎の像と魔素結晶が入った壺。それらを教師達に確認してもらう。
「これは、魔素結晶を作る道具だな」
まず道具については、魔動技術の教師が知っていた。彼自身は魔法使いではないが、魔素結晶を作る魔動機と仕組みは同じなので、知識として知っていたようだ。
袋の魔素種は、流石に演習場で作られた物かは分からない。しかし質は低いようで、その可能性が高い。
そして問題の像は……。
「これはまた、カビの生えた代物が出て来たな!」
そう声を上げたのは、今回教師達の指揮を執っていた一番年配の老教師だった。
「昴卿、これは何が知っているかね?」
「いえ、分かりません」
薄々予想はしつつも、敢えて答えを待つ。
「これはな、『暴虐の魔王』の像だ」
予想通りの言葉に、ジェイの目が一瞬険しいものになった。
「…………つまり、ここに潜んでいたであろうフードの男は、魔王を崇めていたと?」
「おそらくな……いるんだ、魔法使いの中に、あの頃の栄光再びとか考えてる連中が」
燭台を掴みながら、吐き捨てるように言う老教師。実は、彼もまた魔法使いである。
今のセルツ連合王国は、魔王に反逆した魔法使いと、それに協力した武士の国だ。
それに対し、当時魔王に従った魔法使いというのも存在していた。
支配者の座を追われた彼等は、今もどこかに身を隠し、魔王が復活するその日を虎視眈々と待っていると言われている。
「つまり、華族では無いと?」
「卿は聞いた事がないか? 市井に魔法使いが現れると、どこからともなく『純血派』がやってきて攫って行くという話を」
「それは……」
聞いた事があった。モニカが魔法に目覚めた時、『純血派』が来る、一緒にいられなくなるとジェイに泣きついた事があったのだ。
「あれは要するに、そやつらを警戒しているのだ。無関係ならば無関係で、目を付けられる前に保護しないといかん」
強引かもしれないが、必要な事。『純血派』以外の華族ではない魔法使いの派閥を警戒している。そう老教師は言う。
「その者達は一体……」
「……『魔王教団』……魔王の復活を待ち望み、魔法国時代の栄光を取り戻そうとする者達……フードの男の正体は、間違いなくそやつらであろう」
魔王の復活、その言葉がジェイの心に重く圧し掛かった。
今回のタイトルの元ネタは、ゲーム『ドラゴンクエスト』で、ラダトームの兵士が教えてくれるガライの墓を探すためのヒントメッセージです。