第40話 足下がおるすになってますよ
その後教師達が駆け付け、捕らえた行商人達を引き渡した。約束通り、彼等が素直に情報提供してくれた事はしっかり伝えておく。
休日に呼び出してしまった形だが、彼等はそれに文句を言うどころではない。
五人も隠れていた事は見逃せないようで、風騎委員にも出動要請を出したとの事だ。
そのため旧校舎内での演習は控えてくれと言われてしまった。庭園で待機してくれていたらありがたいという言葉も添えて。
ジェイ達としても、このままでは模擬戦と城の捜索だけで終わってしまうので、庭園での演習を続けたいところである。もちろん、昼食を終えてからだが。
その準備は、モニカが中心となって行っている。クラスメイトには料理経験がある者もそれなりにいるのだが、大人数向けとなるとモニカしかいなかった。
「その、商人も、そういう事するの?」
シャーロットがおずおずと尋ねた。普段は気にも留めていないが、こういう時はモニカだけ商家出身者である事が気になってしまう。
「あ、えっと……そっちじゃなくて、ジェイが家を手伝う時、私も一緒にって感じかな」
少し照れ臭そうに答えるモニカを見て、周りの者達は「あっ……」と察した。
領主夫婦で片方が作業を指揮し、もう片方が裏方として振る舞う料理を作るように、モニカもジェイを手伝う事で同じような事をしていたのだろう。
モニカは結構ものぐさなところがあるが、料理をする事自体は好きだったりする。より正確に言うならば、ジェイに食べてもらう事が。
彼の立場上手料理を振る舞う機会が多くないというのが、手伝うようになったきっかけだったりするのは彼女だけの秘密である。
「シルバーバーグ嬢、教えてくれ! 俺は何をすればいい?」
「えっ? あ、はい……じゃあ、このお鍋をかき混ぜて……」
それを見て一人の男子が真っ先に動いた。それを皮切りにシャーロット達も動き出す。
名乗り出て手伝ってくれただけあって皆料理ができる面々であったため、モニカのたどたどしい指導でもなんとかなったのは幸いであった。
こうして出来上がった昼食は、焼いた厚切りハムを挟んだサンドイッチと、卵焼きを挟んだサンドイッチ。それに野菜多めの具だくさんスープである。
塩分補給も兼ねているため、スープの味付けは濃い目だ。なので濃い味が苦手な者のために、シャーロットが小鍋で薄味のものも用意していた。
「お、定番だな」
ジェイがサンドイッチを手に、嬉しそうな笑顔を見せる。彼にとっても、久しぶりのモニカの手料理だった。
「そういえばこっち来てからやってないよな、料理」
「家臣の仕事取っちゃう訳にはいかないからね」
そう言ってはいるが、彼女がものぐさなのも無関係ではない。
そんな話をしながら、明日香と一緒にエラの下に向かう。彼女は持ち込んでいた折り畳み式のテーブルと椅子でくつろいでいた。
その向かいに座るソフィアは、今回の件の報告書を書いていた。面倒そうだが、行商人達を連行していった教師達よりはマシだと自分に言い聞かせている。
ジェイ達が料理を持ってやってくると、ソフィアも手を止め昼食となる。
モニカ達の作った料理は、疲れた身体に染みると好評だ。
ソフィアを始めとする何人かは、シャーロットのスープの方が上品な味だと気に入った様子。空になった鍋を両手で持つ彼女はどこか得意気であった。
「そういえば許婚君、昼からはどうするつもりだい?」
「また模擬戦ですかね。クラス対抗演習やる前に、皆の腕を知っておきたいですし」
今度はジェイが、一人ずつ相手するという形での模擬戦だ。
といっても『アーマガルトの守護者』と謳われる彼であるから、模擬戦といっても指導しながらという形になる。家臣達への指導も行っているため、その辺りはお手の物だ。
「えっ、それボクも!?」
「もちろん、全員参加」
「今日は勝ちますよっ!」
嫌そうなモニカ。やる気を見せる明日香。
「君はいいのか?」
「私、聴講生だから~♪」
そしてエラは、しれっと不参加であった。
楽しい昼食も終わり、皆が休憩してから午後の演習だと考えていた時、元気が有り余っているのか色部が真っ先に挑んで来た。
午前中の模擬戦に参加していなかった者同士でやろうという事のようだ。
どうせ一人ずつなのだから今から始めてしまってもいいだろうと考えたジェイは、「皆は見学しておいてくれ」と言ってそれを受ける。
明日香達は対峙する二人を囲むようにテーブルと椅子を移動させ、模擬戦のフィールドと、それを見学する席を作った。
皆の視線が集まる中、色部は威勢の良い掛け声と共に果敢に攻め込む。
繰り出されるショートソードの連撃を、ジェイは手にした剣で軽くいなす。
時折軽く反撃しつつ、しばらく受けに徹するジェイ。
「剣だけに集中し過ぎだ!」
しかし攻防共に剣以外見えていないと判断。隙だらけだと足払いを仕掛けて転ばせる。
色部はそのまま勢いよく芝生に突っ伏した。
「次! 誰か来るか?」
「お、俺が!」
それを皮切りに他のクラスメイトも次々と挑んでいく。ジェイは防御に徹しつつ、攻撃と指導を入れていくという方法でことごとく撃破していった。
未熟だと感じた時は、寸止めなどで攻撃を当てずに終わらせるようにしている。
「もう一回だ!」
大抵は一度負けると引っ込んでしまうのだが、色部は例外だった。根性はあるようで、負けても負けても復活して挑んでくる。
「勢いだけで勝てるほど甘くはないぞ!」
「いってぇ!?」
これにはジェイも遠慮はいらないと、容赦なく一撃を叩き込んでいた。
「真打ち登場だ!」
そんな男子のトリを飾るのはオードである。
午前の模擬戦で上位だけあって、その長身の体躯から繰り出される攻撃は大迫力だ。
しかしジェイは、それらを全て受け流してしまう。
「力に頼り過ぎだ! ほら!」
「ぬおぉっ!?」
焦ったオードが大きく振りかぶった一撃を繰り出すが、ジェイはそれを紙一重で避けて後ろに回り込むと、切っ先で無防備な背中を突いた。
オードはそのまま前のめりに倒れ込む。
「模擬戦用じゃなかったら大怪我じゃ済まないぞ!」
続けて女子の番だが、まともな模擬戦になるのは明日香とビアンカぐらいだ。
明日香は女子の中で一番強いだろう。その剣筋には龍門将軍の影が見え隠れする。
ビアンカと戦ってみたジェイは、オード以上であるが明日香には及ばないと感じた。対人戦よりも、対魔獣戦の経験がありそうだ。
二人とも何度でも挑んできそうな勢いだが、そこは遠慮してもらった。流石に二人相手では、色部のように遠慮なくやれないのだ。
二人とも我慢してくれているが、並んでうずうずそわそわしている。
一方ロマティは防御だけは良いところまでいっているのだが、攻撃はからっきしだ。
「私は、いざって時は情報持ち帰る事が優先ですからねー」
つまり、防御と逃走に特化した鍛え方をしているという事だ。
新聞の発行を家業とする、百里家の令嬢ならではの教育といえる。
そしてシャーロット達他の面々は、似たり寄ったりといったところか。
武芸に関しては自衛手段以上の事は教えられていないようだ。
そのため模擬戦ではなく指導全振りになってしまう。
「ほら、こう構えて」
「こ、こう……?」
構えを教え、ゆっくりな攻撃を受けさせてみる。
小柄な少女に向かって剣を振るっていると悪い事をしているような気になってくるが、これもいざという時に彼女が身を守るためなのだ。
逆に彼女達を強くするというのは無理があるかもしれない。それよりも逃げ方を覚えさせた方が有意義ではないだろうか。
そう考えたジェイは、逃げ方に一家言ありそうなロマティと、一度話し合うのも良いかもしれないと考えていた。
ジェイ達が模擬戦をしている間に、風騎委員も到着。模擬戦が盛り上がっているのを見た周防委員長は、そちらは邪魔せずソフィアとだけ話をしていた。
ジェイと明日香は既に五人の行商人を捕らえているので、次は他の面々にという考えもあったのだろう。
すぐに動ける委員を全員連れて来ており、旧校舎と繁華街両方を捜索させている。
周防自身は旧校舎入り口近くの一室を仮の本部とし、指揮に専念しているようだ。
「さて、そろそろ良い時間だし我々は引き払うとしようか」
報告書を書き終えたソフィアが、そう言ってきた。
面倒だから何か起きる前に帰りたいというのが本音だろうが、確かに模擬戦と指導はそれなりに時間が掛かった。帰り道も考えると、そろそろ終えておいた方が良いだろう。
「あ、俺は用事がありますからここで」
ただし、ジェイだけここから別行動となる。
もちろん件のフードの男が何をしていたのか、もう一度旧校舎を探るためだ。
手早く片付け終えて帰っていくクラスメイト達を見送ったジェイは、他の風騎委員に見付からないよう『影刃八法』を使い、再び影の世界に『潜』り込むのだった。
今回のタイトルの元ネタは『ドラゴンボール』のヤムチャVSシェンの時のセリフです。