第39話 ゆけ!ゆけ!ジェイナス=昴=アーマガルト!!
気を取り直してジェイ達は再び旧校舎に入った。
最初は真っ直ぐの廊下で、ジェイの家臣が三チームにレクチャーしつつ両側に並ぶ部屋を捜索しながら進んで行く。
廊下で待機しているため部屋の中の詳細は分からないが、彼もジェイとの付き合いが長いだけあって経験豊富である。問題は無いだろう。
「家具とかも残ってなくて、殺風景です」
明日香曰く、隠れられる場所は扉付きの収納スペースぐらいしかないそうだ。
天井なども警戒する必要はあるが、一部屋あたりにかかる捜索の時間は、それほど長くはならないだろう。
その間もジェイは廊下で神経を張り巡らせている。また廊下の先も動きがないかと注視している。立ち尽くしているようにも見えるが、サボっている訳ではない。
「へへっ、なんか南天騎士になったみたいだよなぁ。ほら、ドラマで見るヤツ」
部屋から出て来た色部が、嬉しそうに言った。南天騎士の前に風騎委員が出てこないのは、テレビの影響らしい。
二、三部屋捜索すると皆慣れてきたようで、それからは問題無く進んで行く。
階段がある中央広間までたどり着くと、そこからは三方の廊下を調べて行く。
最初に人がいた痕跡が見付かったのは、一階東側の厨房だった。
ここが校舎だった頃は魔動機などもあったのかもしれないが、今はもう残っていない。
どうしてそれでも厨房だったかと思うと、大きなレンガ造りの窯が残っていたからだ。魔動機のコンロが普及した今でもこの手の窯は使われている。
「これは、野菜くず? 切り口がまだ新しいですよー」
見つけたのはロマティ。明日香もその手元を覗き込む。
それはまだ切り口が乾ききっておらず、今朝のものかもしれない。
「ここで暮らしてるって事ですか?」
「『潜伏』と言った方が正確かもしれませんねー」
厨房など最低限の設備は整っているが、演習に使われる場所なのでずっと生活するには向いていない。しかし、頻度は高くないため、一時の潜伏場所に使えるのだろう。
そこからしばらくは、また大きな動きが無かった。
人が居た痕跡はいくつも見付かったが、どれも最近のものではない。
演習で来た学生が残したものも混じっているかもしれないが、詳細は分からない。
全てロマティがメモを取っているので、後でまとめて学園に報告となる。
「なぁジェイ~、飽きてきたよぉ」
あまりにもな動きのなさに、四階まで上ったところで色部が音を上げた。
他の面々も単調な捜索が続く現状に疲れが見える。明日香以外は。
「騎士ってこんな事ばっかやってんの?」
「安心しろ。ここまで大規模な捜索なんて早々無い」
潜入調査する事があっても、せいぜい屋敷程度だ。
それ以上となると砦ぐらいだが、その時は事前調査などをして負担の軽減を考えるし、城サイズとなるとまず部隊での突入を考える。
今回も旧校舎がもう少し大きい城であれば、自衛できるクラスメイトがもう少し少なければ、ジェイは捜索せずに撤退しようとしていただろう。ギリギリのところだった。
結局四階では痕跡すら見付からず、動きがあったのは次の最上階だった。
「逃げすぎだろ、お前らぁ~~~ッ!!」
発見したのは色部。城主の寝室に備え付けられたドレッシングルームらしき小さな部屋に、五人も隠れているところを見つけたようだ。
ここまで散々苦労させられた恨みもあって、勢い任せに攻撃を仕掛ける色部。しかし五人は、蜘蛛の子を散らすようにほうほうのていで逃げ出す。
一緒に捜索していたビアンカとモニカの家臣が二人を捕らえるが、残りが部屋から飛び出してしまった。
しかし、そこで待ち構えているのはジェイだ。
只者ではないと感じたのか男達は短剣を抜いて襲い掛かってきたが、その程度では相手にもならない。ジェイはたちどころに二人を叩き伏せる。
残り一人は破れかぶれになって襲い掛かってきたが、ジェイに近付くまでに駆け付けた明日香の峰打ちを食らって倒れるのだった。
五人を床に座らせ、ジェイの家臣が慣れた手付きで縛り上げる。
許可無く旧校舎に入り込んでいる時点で不法侵入であるため、風騎委員であるジェイと明日香は彼等を逮捕できるのだ。
ビアンカなどはまだ警戒した面持ちで槍を構えているが、そういう役割の者も必要なのでそのまま任せておく。
ジェイはこのまま連れて行く前に、少し話を聞いてみる事にした。皆に黙って見ているように言い、五人に向き直る。
だが男達は武装したジェイ達に囲まれ反抗こそしないが、口をつぐんだままだ。
その服装は汚れているがれっきとした旅装。町のならず者という訳ではなさそうだ。
しかし、戦う者のそれではない。傭兵や野盗の類でもないだろう。
「……行商人か」
一人の顔を覗き込みながらジェイがそう言うと、男は慌てて視線を逸らした。
「見逃す訳にはいかんが……素直に話すなら、その事は引き渡す際に報告しよう」
そう告げられると彼等も観念したようで、例の茶葉を仕入れていた事を白状した。
森番が捕らえられた事を知り、逃げようにも南天騎士団の監視が厳しく島から出られないため、ほとぼりが冷めるまでここに隠れようとしていたようだ。
「五人だけか?」
「仲間はあと二人……でも、もう戻ってこないだろうさ」
「仲間は?」
「他にも入り込んでるヤツがいるからな。珍しくもないぜ」
そう言って男は、ふてぶてしく笑った。学園が管理しているのにそんな事も知らないのかとでも言いたいのだろう。
「あ、俺達ここの管理を任されてる訳じゃないぞ」
「……チッ!」
しかしジェイ達に対しては的外れである。ここの管理は教師達の役目なのだから。
隣の男にも尋ねてみると、ここ数日騎士の巡回が増えて来たため、ここに逃げ込んでいるならず者が増えているとの事だ。繁華街を根城にしている者達らしい。
彼等は夜が明けると出掛けるため、その間に代表者に補給に行ってもらい、他の面々は城内に隠れていたが、今日は急にジェイ達が来たという訳だ。
「まぁ、葉の方は種ほど罪は重くないから、その辺素直に白状する事だな」
「ホ、ホントですかい!?」
「種は仕入れてないんだろう?」
そう尋ねると、五人はブンブンと勢いよく頷く。
「ああ、これも聞いておこうか。種がどこへ行ったかは知っているか?」
更に尋ねると、彼等は困った表情で顔を見合わせた。
何か答えた方が有利になるとでも考えているのか、全員でうんうんと唸り出す。
しばらく待っていると、やがて一人の男が「あっ!」と声を上げた。
「そういえばあいつ、ここでも見た!」
「あいつ?」
「茶葉仕入れに行った時にいたフード付きマントのヤツが、ここにも居たんだよ!」
森番の所で見た男が、この旧校舎の一階にもいたのを見掛けたそうだ。
確認してみたが、他の四人は残念ながらその男の存在自体を知らなかった。
知っていた一人に詳しく聞いてみると、一度茶葉を仕入れに行った時にその男が森番と話している所を目撃したらしい。
その時は森番の上司ではと思って近付かなかったため、顔は見ていないとの事。
それが何故か、ここでも見掛けた。見付からないように遠巻きに見ていたが、ならず者もその男を遠巻きにしていたそうだ。
「……それは同じヤツなのか?」
「同じような模様のマントなので、多分……? あ、色も一緒でした」
顔は覚えておらず、絶対とは言い切れないようだ。近付かなかったので仕方がない。
「そいつを見たのは何階だ?」
「一階です。二階には上がってきませんでした」
これは無視できない話だ。あの森番と関わりがある、明らかに商人ではない人物。魔素種の方に関わっている可能性がある。ジェイ達は男達を連れて庭園に戻った。
捕まえた五人に関してはまず学園に引き渡す事になるので、ソフィアが近くに住んでいる教師を呼ぶ事にした。そちらに押し付けるつもりのようだ。
その間に逃げないよう監視の下で縄をほどき、マントの模様を絵に描かせてみる。
それによると背中に大きな丸が描かれており、外側には炎のような。内側にも何やら複雑な模様があったらしいが、詳細は分からないとの事。
「その丸の中身は家紋か?」
覗き込んでいたオードが言うが、ジェイは首を傾げた。本当に魔素種の方に関わっていたとして、堂々と家紋付きのマントを背負ってやるとは思えないのだ。
単に趣味のド派手なマントでなければ、魔法的な意味があると考えられる。
そうだとすれば、その男は魔法使いである可能性が出てくる。それならばできるかもしれない。魔素種から魔素結晶を作る事が。
仮定に仮定を重ねた話だが、やはり無視できない。そうなると男が何のために旧校舎にいたのかも気になってくる。
「後でもう一度調べてみるか……」
ジェイは旧校舎を見上げて。そう呟く。
「まぁ、その前にお昼だな」
とはいえ、ここで演習をしている内はその男も戻ってこないだろう。
急ぐ事はないと、ジェイはまずモニカ達の用意する昼食を待つ事にするのだった。
今回のタイトルの元ネタは、『水曜スペシャル』の「川口浩探検隊」シリーズを元にした曲『ゆけ!ゆけ!川口浩!!』です。