第38話 しょうたいふめいのそんざい
旧校舎の中は、演習で使われているおかげか、想像していたよりも埃っぽさやカビ臭さは感じなかった。
内部構造は事前に確認している。まずこの城は五階建てだ。そして防衛のためか、各階層をつなぐ階段が一つずつしかなく、しかもバラバラの場所にある。
今は暗くて見えないが、この廊下を進んだ先の一階中央の広間に階段がある。
また廊下の両側には、扉が並んでいる。部屋数はかなり多いようだ。
ジェイは槍を手に、穂先ではなく石突で床や壁をコンコンと叩きながら進んで行く。
それを見て、色部が首を傾げながら尋ねてくる。
「それって何やってんの?」
「罠とか崩れそうな所が無いかを……といっても、今回はこっちメインじゃないんだが」
これが敵地であれば罠の方を警戒するが、ここは演習にも使われている場所。
また古城である事から、崩れる可能性の方を警戒するのは当然だろう。
少し調べてみると、一部の壁などに修繕した跡がある事に気付いた。
学生に使わせる場所だけあって、やはりその辺りはしっかりしているようだ。演習場として使う分には問題無さそうだ。
しかし、そちらはメインではない。ジェイが警戒していたのは、普段使われていないここに侵入している者がいないかどうかだ。
壁に囲まれ、門が閉ざされているとはいえ、越える事は不可能ではない。周辺は酒場なども多い夜の町でもある。何者かが入り込んでいるというのは、有り得ない話ではない。
先程までより少し歩みを早めると、やがて中央の階段がある広間にたどり着いた。
ここから四方に廊下が伸びており、他の三つの廊下も同じように部屋が並んでいる。
二階以降は四方の廊下のいずれかに次階への階段があるようだ。
ここまで人の気配は無い。ただ、少し違和感がある。
「『人の気配』というか、『人が居た気配』がするんだよなぁ……」
「何それ?」
「なんとなく、雰囲気?」
色部の問い掛けに、ジェイは曖昧に答えた。これば勘のようなものであるため、上手く説明する事ができない。しかしジェイの経験上、こういう時の勘はよく当たる。
あえて言うならば、かつて潜入したとある廃屋に似ているのだ。旧校舎内の空気が。
ちなみにそこは、野盗の拠点になっていた。アーマガルトにいた頃の話である。
「ジェイ、それは演習で使ってるからじゃないですか?」
「それもあるんだろうけど……ちょっと怪しいな」
「それ幽霊だったりしません?」
「昼間からか?」
考えられるのは、例の茶葉密売の行商人あたりが逃げ込んでいるといったところか。
何にせよ、その辺りをハッキリさせない内は城内で演習を行うのはまずいだろう。
これは立ち合いのソフィア先生に報告した方が良い。ジェイは一旦戻る事にした。
庭園に戻ると、エラ達も既に到着していた。
ジェイはまず、彼女達の護衛に付けていた家臣に旧校舎の周囲を見回るように命じる。
本当に何者かがいるとすれば、今この時にも裏手などから逃げる可能性があるからだ。
まずは城内の件を報告するためソフィアの下に向かう。門の鍵も閉めてあるようで、彼女はエラと一緒にいた。
明日香だけでなく、興味津々のロマティと、手持無沙汰な色部もついてくる。
「――という訳で、城内の雰囲気がちょっと怪しいです」
「……まぁ、無いとは言わないけどさ」
時々ここを寝床にする者が現れる事がある。学園側も定期的に見回っているが、ずっと城内にいる訳でもないため、なかなか捕まえる事ができないのが現状だった。
急な自主演習だったため逃げられず、息を潜めている可能性は考えられる。
「悪いけど、それだと演習するのはまずいかなぁ」
報告を聞いたソフィアは、演習を続ける事に難色を示した。
屋内戦闘の演習となると、敵味方が城内で入り乱れる事になる。
たとえば武芸が不得手という学生が、はぐれるなどして少数でいる時に、潜んでいる何者が襲撃してくる可能性も考えられるのだ。
ソフィアとしても、無責任に演習させる訳にはいかなかった。
「卿、どうかしたのかね?」
オードがやって来て、ジェイに声を掛けた。模擬戦の方はひと段落ついたようだ。
実は……と城内での事を説明すると、彼は眉をひそめた。彼の実家も魔草農園が狙われやすいため、野盗の脅威はよく分かっているようだ。
「それは、早く学園に報告しなければまずいんじゃないかね?」
「だねぇ……後は学園が調べてくれるよ」
「でも、今の状況だと後回しにされないかしら?」
エラの一言に、ソフィアはそっと視線を逸らした。
確かに、どちらの言う事も間違っていない。学園は調べてくれるだろうが、今は森の件の方が優先されるだろう。本当にいるかどうかも分からないのだから。
そしていたとすれば、その者は調査の手が伸びる前に逃げてしまうだろう。
それも安全を優先するならば悪くない手ではあるが……。
「いっそ、俺らで中調べちゃえばよくね?」
その時、色部が口を挟んだ。ジェイ達の視線が彼に集まる。
「ほら、実戦用の武器だってあるんだし、いけるんじゃね?」
するとソフィアが露骨に嫌そうな顔をした。自分の責任になるのに……と言いたげだ。
「……同じ提案をしようと思ってたんだが、色部の後だと頼りなく聞こえそうだな」
「ちょっ、どういう意味!?」
そのままの意味である。
とはいえジェイには、成算があった。
この城は部屋数が多いが、複雑な構造ではない。一人で調べても埒が明かないが、そこを皆に手伝ってもらえれば手早く調べる事ができるはずだ。
「俺が廊下で待機している間に、周りの部屋を調べてもらう。それなら何があってもすぐにフォローに入れると思うんですけど、どうでしょう?」
ジェイが今日連れてきている家臣は、エラ達の護衛に回していた分も入れて四人。
これに、武芸の腕がそれなり以上のクラスメイトを加えて三チームを作る。家臣の一人は、念のために庭園に残ってもらう形だ。
数は少ないがその分ジェイもフォローしやすく、またジェイ一人でやるよりは、はるかに早く調べられるはずだ。
その案を聞いたソフィアは唸った。
確かにジェイ頼りではあるが、安全は確保できそうだ。
しかし、これは演習だろうか?
「演習の立ち合い頼まれたはずなのに、実戦になってない?」
「ソフィちゃん、報告書書くのが面倒なのね」
隣のエラが、そう言って笑った。
ならばとジェイは、ある提案を持ち掛ける。
「……じゃあ、何かあったら風騎委員として俺が報告します」
「乗った。頑張ってくれ、許婚君」
すると彼女は食い気味に認めてくれた。
話は決まったので、模擬戦を終えて休んでいる皆の所に移動する。
皆もジェイ達が何の話をしているのか気になっていたようで、すぐに視線が集まった。
城内であった事と、これからメンバーを選抜して城内を捜索する事を伝える。
「強い人だけで行くなら、いいんじゃないかな?」
そうシャーロットは言う。かくいう彼女はモニカの手伝いをしていたので、模擬戦には参加していなかった。
ちなみに模擬戦の結果は、婚活女子ビアンカの戦績が比較的良かったようだ。
元気に赤毛のポニーテールを揺らしながら、鋭い槍さばきを見せていたらしい。
次いで良かったのはオード。こちらは剣の腕ではなく体格の良さを活かした力任せの戦い方だったが、それでもビアンカに押し勝ったそうだ。
模擬戦の勝者は六人。その内の半分は、中に潜んでいた者が庭園に出て来た時に備えてここに残ってもらう。
残った三人に明日香、ロマティ、色部、それにジェイの家臣三人を合わせて九人。これで三人のチームが三つできる。オードとビアンカは、こちらに入っている。
「一応聞いておくけど、こういう捜索は初めてだよな?」
「ウム、吾輩は初めてであるな」
「廃屋の探検ならあるけどよぉ、そういうんじゃないよな?」
誰も経験は無いようだ。これは予想通りである。
「入ってから階段までの部屋にはいないと思うけど、そこも一応調べてもらう。練習だと思ってくれ」
「分かりました! がんばりますっ!」
「ちょっ! 明日香ちゃん、声大きいって!!」
大変元気がよろしい明日香。ビアンカがより大きな声で嗜める。
「まぁ、今回は潜入って訳じゃないから、無理に声を潜める必要はないぞ」
そう言いつつも、微笑ましい様子にジェイはやわらかい眼差しになるのだった。
今回のタイトルの元ネタは、実は『ウィザードリィ』シリーズのモンスターの未確定名だったりします。




