第37話 ゆる?キャン△
旧校舎を使った自主的な演習訓練だが、その日の内に始められる訳ではなかった。
ソフィア先生に立ち会いを頼まねばならないし、学園の許可も取らねばならない。
何より放課後から始めてしまっては、終わる頃には夜になってしまうだろう。
幽霊の噂に負けない面々も、わざわざ危険な時間帯に突入しようとは思わないようだ。
「確かに、演習場の調査には関わってないけどさ……」
エラを通じて頼むと、すぐにソフィアに立ち会ってもらえる事になった。
また申請の方も、二日後には許可が下りた。ポーラは週休四日で、登校日は一日おきの月、水、金なため、次の登校日には許可が下りたという事だ。
簡単に許可が下りたが、それは学生が自主的に訓練する事はさほど珍しくないからだ。
入学一ヶ月でやり始めるのは珍しいが、そこは演習場が使えず、自習が増えているためだと学園側も判断していた。
「許可取れた。明日やれるぞ」
今日は金曜なので、演習は土曜日の休日だ。
申請した時点で参加者も決まっていたので、皆準備は万端である。
参加者は男女合わせて十五人。クラス全体で、エラを除いて二十人なので、実に四分の三が参加する事になっている。
参加していないのは訓練が必要なら一人でやるというラフィアスと、婚活女子エイダのような宮廷華族家の生まれで武芸を重視していない者達だ。
といっても、参加者全員が武芸重視という訳ではない。エラが旧校舎を使った演習もあると言っていたため、どうせなら参加してみようという者もいたようだ。
「はい、先生! 現地集合ですかぁ?」
「いや、一緒に行けばよくないか? 皆学生街に住んでるんだし」
人数的に全員獣車という訳にはいかないので、行軍訓練再びである。
「ああ、あと夜まではやらないけど夕方ぐらいまではやるぞ。お昼の用意はしておけよ」
「えっ、弁当!?」
「皆で材料買って、向こうで作るって手もあるが」
「あ、なんか楽しそう! やろうぜぇ!」
「言っておくが、これも訓練だからな?」
ジェイはそう指摘するが、乗り気になった色部達は聞いていない。
スルーして話を進めるかと考えていると、ロマティがちょいちょいと肩を叩いてきた。
「あのー、お昼ご飯を作るのが訓練ってどういう事ですかー?」
流石は新聞発行を家業とする百里家の娘、未知の情報は聞き逃せないようだ。
婚活女子シャーロットを始めとする数人も興味があるらしく説明を待っている。
「あ~、要するにだな。領主華族家の場合、領民に開墾作業とかしてもらう時は、食事を用意したりするものなんだ」
そういう気遣いができるのも領主の資質だ。流石に辺境伯家ともなると、領主家族が直接と言う事はあまり無いが。
領主華族組のクラスメイトの内数人が、心当たりがあるのかうんうんと頷いている。
「つまり……お昼ご飯を作るのも訓練になると?」
「領主家との婚姻を目指すなら、な。大人数相手に作るとなると勝手が違うし」
ちなみにジェイは、幼い頃は母ハリエットと一緒に裏方で料理を手伝い、初陣を飾ってからは父カーティスに代わって作業の指揮を執っていたため、両方の経験が有る。
無論、一人で全てできる必要は無い。領主夫婦で片方が作業を指揮し、もう片方が裏方として振る舞う料理を作る。そういう役割分担は昴家でもよく行われていた。
「それじゃ、そっちの準備はモニカ頼めるか? 運ぶには獣車を使ってくれ」
「ん、おっけー」
そう、この幼馴染二人が自然とやっているように。
その分かり合ってる感が醸し出される様を見て「とりあえず参加しておこう」と考えていた者達がやる気を出した。
「……そっちの方が勉強になりそう」
婚活女子シャーロットを始めとする数人が、自分もと立候補してきた。
「えっ、ちょっと待って。皆を連れて行くのは無理。ボクの精神的に」
「私も一緒に行くわ、モニカちゃん」
エラが助け船を出し、そちらは彼女がリーダーとなって進める事となった。
翌朝、ジェイの家の前に集まった一行は、そのままソフィアと共に旧校舎に向かうジェイ達と、昼食用の食材を買ってから向かうエラ達に分かれて出発。
ソフィアは獣車に乗ってきたので、それをジェイ達で護送する形で進んだ。といっても行軍訓練のようなしっかりした行進ではなく、皆和やかに雑談しながらの道程である。
獣車には学園旗が掲げられている。これはジェイ達一行が学園の許可を得て自主演習訓練をしている事を示す物だ。
そして先んじて到着したのは、壁に囲まれてそびえ立つ古城。壁は青々としたツタが生い茂り、格子状の門は錆が浮いた鎖で厳重に閉ざされている。
「はいはい、今開けるよお」
獣車から降りてきたソフィアが鍵を開け、ジェイ達で鎖を外して門を開く。
「使用中は門を閉じとかないといけないんだけど、それはエラちゃんが来てからね。私はここで待ってるから、君達は適当にやっといて」
と言っても彼女だけ残す訳にはいかないので、ジェイの家臣も一緒に残ってもらう。
門を潜ると、まず広い庭園が一行を出迎えた。かつては美しかったのだろうが、あまり手入れされていないようだ。今は草も伸び放題で見る影も無い。
旧校舎は重厚な雰囲気を持つ石造りの建造物で、苔むした壁が時の流れを感じさせる。
「おー、雰囲気出てますねー」
ロマティがカメラを構えてシャッターを切る。
「ここが繁華街のド真ん中とはにわかに信じがたいな」
オードの言う通り、ここまで来ると休日の繁華街の喧騒が遠くに感じられた。
「よぉっし! 早速探検しようぜ!」
「一人で行こうとするな!」
旧校舎に入って行こうとする色部にツッコミを入れて止める。
「屋内演習は午後からな。その前に中を一通り調べて来るから。皆はここで基礎訓練と模擬戦でもしておいてくれ。あと、エラ達が来たら頼む」
「承知した。任せたまえ」
オードが胸を張るが、彼だけでは不安なので他のクラスメイトにも頼んでおく。
「はいはーい! オレっちも行くぜえ! 一緒なら良いよな!? な!?」
色部はついて来る気満々だ。ジェイは皆にも声を掛ける。
「他に誰か来るか?」
「ジェイ、ジェイ、あたし行きますっ!」
「私も行きますよー」
名乗りを挙げたのは、ジェイと一緒にいたい明日香と、好奇心旺盛なロマティ。
ご存知の通りジェイと明日香は許婚同士であり、ロマティは兄の進路が決まるまで婚活できない身。婚活的には一緒に行っても得るものがあまり無い組み合わせだ。
それなら模擬戦で良いところを見せた方が良いと考えたのか、三人目は現れなかった。
ジェイと色部で大きな扉を引くと、重たい扉が地面をこすってギギィと音を響かせる。
扉が開くと錆かカビか、淀んだ空気が鼻をつく。
「おお~、雰囲気有る~」
中は広い廊下が奥まで続いていた。しかし薄暗く、奥の方は見えない。
開けた扉から差し込む光が、舞う埃を照らしている。
「ランプ二つ持ってきたから、片方は明日香が持ってくれ」
「オレっちは?」
「両手をフリーにしとけ。いつでも剣を抜けるように」
ジェイが先頭に立ち、三人は少し離れてついて来る態勢だ。
明日香がランプを、ロマティはカメラを構えている。
強さで言えば、両手をフリーにしておくのは明日香の方が良いだろう。しかし、色部にランプを任せるのも不安なので仕方がない。
「ところで、どうして離れるんですかー?」
「罠とか危険があるかもしれないからだ」
旧校舎に罠が有るかは疑問だが、古い建物なのでそれ以外の危険も考えられる。
その辺りをジェイが確認しながら進んで行くのだ。
「ていうかジェイ、手慣れてない?」
「……実際、慣れてるからな」
色部の疑問に、ジェイは言葉少なく答えた。
国境を守る戦いは、大きな戦場ばかりではないという事だ。
魔法『影刃八法』の性質上、そういう手段を選ぶ事が多かったというのもある。
流石にその辺りは詳しく説明できないので、ジェイは手短に話を切り上げてランプに明かりを灯し、城内に足を踏み入れるのだった。
今回のタイトルの元ネタは『ゆるキャン△』です。
ただしキャンプはキャンプでも、ブートキャンプとかの類ですが。