第36話 婚活者たち
翌日からのポーラ華族学園だが、まず件の演習場が使用できなくなった。他に魔草畑が無いか、学園が演習場内を調査しているそうだ。
そのため演習以外の一部の授業も自習となっている。
「ちぇーっ、演習はオレっちが良いとこ見せられる唯一の授業だったのに~!」
「そこは他の授業も頑張れよ」
課題を出されているのだが、色部達はサボって教壇に集まり雑談に興じている。
教師側も急な話で十分に用意できなかったようで、多くの生徒は半分ほどの時間を残して課題を終わらせた。それを見て色部達も焦り始め、皆に見せてくれと頼み込んでいる。
色部達は気付いていないようだが、結婚相手を探す者達はそういう所も見ている。
一部女子達が、彼等の様子を見ながら「あれは無いわ……」とため息をついていた。
結婚相手を探す者達――婚活者にとって、クラスメイトというのは重要である。
共にいる時間が長いというのもあるが、授業が進むと演習の授業でクラス対抗の模擬戦を行う事もあり、そこで絆が育まれる事も珍しくないのだ。
そういう事情もあって、婚活者達はまずクラスメイトを注視している。
この課題を終えた後の自習時間は、そういう話をするのに打ってつけであった。
「このクラスは大当たり……と言って良いのかしら?」
金髪を縦ロールにした婚活女子エイダが、扇で口元を隠しながら眉をひそめた。
目鼻立ちの整ったエリート然とした魔法男子、ラフィアス。
実家は今年の新入生の中でも屈指の財力を誇る、クラスで一番高身長のオード。
そして『アーマガルトの守護者』と謳われ、入学後も様々な活躍をしているジェイ。
他のクラスの婚活女子から羨ましがられる事間違い無しのラインナップである。
しかし当の白兎組の女子達は、その評価は少々不服であった。
「あはは……素直に大当たりとは言えないかなぁ」
赤毛をポニーテールにした婚活女子ビアンカが、苦笑交じりにぼやいた。
というのも評価が高いこの三人、実はそれぞれに問題を抱えている。
「虎臥君は、怖い……」
ふわふわの銀髪を二つのおさげにまとめた婚活女子、シャーロットがポツリと呟く。
そう、ラフィアスは、魔法使いでない者に対しては高圧的になる。
オードとは逆にクラスで一番小柄な彼女にしてみれば、その怖さもひとしおであろう。
「虎臥君は真面目なのは良いのですが、ああも完璧を求められては息が詰まりますわ!」
また、優秀ではあるのだが相手に対しても自分と同等のものを求める面があった。
エイダもクラス内でも上の下ぐらいに入る自信はあるが、それでも彼が求めるレベルに届くとは思えないのだから、そのハードルの高さが窺い知れるというものである。
「見てる分には良いんだけどね~」
ラフィアスは目の保養にはなるが、安らぎとは程遠い。それが入学してから一月の間に白兎組の婚活女子達が出した結論であった。
そもそも魔法使い以外相手にするつもりが無いラフィアスにとっては余計なお世話である。既に三人の許婚がいるのだから尚更だ。
しかしその辺りは他のクラスにはまだ知られていないようで、彼の外部からの人気はいまだに高かった。
そしてオードは、ラフィアスとは別の意味で、見ている分には良いタイプであった。面白いタイプとも言う。
「山吹君は、怖くない……」
シャーロットの言う通り、彼は基本的には人当たりが良く、温厚で鷹揚な人柄だ。
またクラスメイトに気前良く奢る事もあって、男女問わずに好かれている。
「山吹君は良い人なんだけど……ちょっと頼りない」
しかし、活発で武芸にも秀でるビアンカは、オードの事をこう評した。
茶葉の件で意外と教養がある事が分かったが、次期領主と考えると少々不安が残る。
領主たる者、領地を守るための強さが求められるので、その考えは間違ってはいない。
「むしろあの教養の高さは、宮廷華族向きですわ」
かくのごとくオードの評価は意外と高いのだが、エイダは宮廷華族の家で入り婿を求めてるので、領主華族の跡取りである彼は色々な意味でミスマッチであった。
オード自身はエラの妹メアリーに想いを寄せていて、クラスの女子には目も向けていないのも問題である。
評価はそれなりだが、色々と惜しい。それが婚活女子から見たオードの評価であった。
「昴君はすごい……」
「うん、すごいよね」
「宮廷華族の婿としては未知数ですが、クラスメイトとしては頼もしいですわ」
そしてジェイは、色々と規格外であった。
こちらはラフィアスと違って三人の許婚の事は広く知られている。その三人の内の二人が「国内の怖い人」冷泉宰相の孫と、「国外の怖い人」龍門将軍の娘である事もだ。
そのため婚活の対象としてはあまり見られていない。
しかし、それはそれとして、その能力は高く評価されていた。
領主華族、辺境伯家の跡取りであり、その力は既に実証済み。
人柄も悪くなく、許婚達とも上手くやっているように見えるのも高評価ポイントだ。
クラス対抗演習などでは、間違いなく頼りになるだろう。演習の成績に関わってくるので、ここも大事なポイントである。
総合的に見れば、間違いなく新入生の中でもトップクラスであろう。
「すごい、けど……」
「それだけに、それだけに……!」
「なまじ近くにいるのが悲劇ですわ!」
他の男子に目を向けようとしても、おのずと比較してしまう。身近なクラスメイトだからこその悩みであった。
当然これは、男子にとっても問題となる。色部のような婚活男子が必死になるのも、無理のない話なのかもしれない。
なお男子は男子で、親しみやすいお姉さんエラや、誰からも好かれる愛嬌を持つ明日香と比較して女子を見ていたりするので、どっちもどっちであると補足しておこう。
ちなみにモニカだけ注目されていないのは、彼女が目立たないよう努めているためというのが大きかったりする。
彼女にしてみれば、ジェイにだけ好かれていればいいという事なのだろう。
とにかく今の白兎組は、一部の者達のせいで他の者達が目立てない状態だ。
しかもその一部の者達は、基本的に婚活に関わらない者達である。
クラス対抗演習などの勝敗においては有利だが、婚活アピールとして考えた場合は逆になってしまうかもしれない。これは男女問わず白兎組が抱える問題であった。
「だからさぁ、ここだけはジェイに対抗できるって武器を持つべきだと思うんだよ!」
教壇で、そう熱弁をふるうのは色部。誰も見せてくれなかったので、課題を終わらせるのは諦めたようだ。
間違ってはいないかもしれないが、他を疎かにしていい理由にはならない。
「いや、お前、演習で魔獣に負けてたじゃねーか!」
「対抗できてねーよ!」
即座に男子からツッコミが入った。彼が魔獣にやられて怪我した事を皆忘れていない。
「だから対抗できるようになるんでしょぉ!? そこ以外、望みねぇんだよ、オレっちは!! ジェイー! 強くなる方法教えてくれぇ!!」
しかし、色部も必死である。飛びつくようにジェイに泣きついた。
ジェイはそれを無造作に防ぎつつも、彼の望みについては真剣に考える。
「いや、そうは言っても剣の修練とかはどの家でもやってる事だろ?」
程度に差はあれど、宮廷華族の家でも自衛のために剣を学ばせるものだ。
「あとは実戦経験を積むぐらいだけど、肝心の演習場が使えないからなぁ……」
人が多い場所は空気中の魔素が薄く、魔獣にとって住みにくい環境だ。ポーラ島も例外ではなく、演習場以外で魔獣を見掛ける事はほとんど無かった。
森全域の調査となるとしばらく掛かると思われるため、ジェイとしては剣の修練をしろとしか言えないのだが……。
「実戦経験を積みたいの? それなら良い所があるわよ」
このクラスには、島に詳しい卒業生エラがいた。
「ほら、この前PEテレに行った時、古城の旧校舎があったでしょ?」
「ああ、繁華街の真ん中に建ってる……あそこ、立ち入り禁止ですよね?」
「生徒だけだとね。それは演習場も同じよ」
エラの言う通り、許可を取り、教師立ち合いの下であれば入る事ができるそうだ。
これは授業以外でも可能で、やる気のある学生が自主練したり、風騎委員が訓練のために利用する事があった。演習場の方は。
「あそこってね……色々と出るって噂があるから」
そう言ってペロッと舌を出し、両手首をだらんと下げる。
かつては旧校舎として使われていた古城だが、今では廃墟として幽霊が出るとか、魔獣が棲みついているとか噂されていた。
「それ、大丈夫なんですか?」
「実際に魔獣が出たって話は聞いた事無いわね。幽霊を見たって話なら結構聞くけど」
そう言ってエラはくすくすと笑う。あくまで噂という事だろうか。
「それに、屋内戦の演習にも使われるのよ。あそこ」
「つまり攻城戦の演習! すごいですねっ!」
明日香が目を輝かせ、その目に期待を込めてジェイを見詰めてきた。
色部を始めとする武芸に自信がアリ、もしくは武芸に懸けている者達がそれに続く。
「……幽霊は怖くないのか?」
「ジェイがいれば大丈夫ですっ!」
「夜までやる気はねぇよ!」
こちらも噂には負けないようだ。
「でも、今は演習場の方で忙しいんだから、立ち会ってもらえないだろう?」
「ソフィちゃんなら手が空いていると思いますよ♪」
ジェイが何か言いたげな視線を向けると、エラは見惚れるような笑顔を返してきた。
エラの友人でもあるソフィア=桐本=キノザーク。ポーラの歴史教師である彼女にとって、魔法国時代から残る古城はむしろ専門分野である。
今回のタイトルの元ネタは、『ガンバの大冒険』および『GAMBA ガンバと仲間たち』の原作小説『冒険者たち』です。
この場合、ノロイの立場で立ちはだかってるのはジェイ達という気がしないでもないですが。




