第35話 ペンは剣よりも手強し
演習場で密かに行われていた魔草栽培。その報告は南天騎士団から、内都の王家にまで届けられていた。
これは言うなれば国内に流通する貨幣の偽造、ここで動かねば王家の威信に関わってくるのだ。元より茶葉の密売は枝葉であったともいう。
そのため風騎委員の出番は、やはり密売茶葉に手を出していたタヌキ顔の商人を捕らえたところで終わってしまった。
風騎委員長としてはもっと功績を挙げさせたかったが、ここからは本職騎士の仕事だ。
「くっ、ここまでか……!」
「いや、魔草栽培はヤバいですよ。しかも学園の演習場で」
風騎委員室で悔しそうに机を叩く周防に、ジェイがツッコんだ。
ポーラ華族学園を運営しているのはセルツ王家。今回の件は、王家に対して犯罪を行ったようなものだ。
魔素結晶を作っている黒幕がいると、王家が判断したというのもあるだろう。
学園も怒っているが、王家も怒っている。
周防もその辺りは理解できているので、悔しがるだけに留まっていた。
「……まぁ、強欲は身を滅ぼす、か」
落ち着いた周防は、ため息をついて仕事を再開。ジェイ達も、今回の報告書を書く。今日はこのために風騎委員室を訪れていた。そのためエラとモニカは同行していない。
この一ヶ月で何度か書いている物だが、先輩達の中にはいまだ不慣れな者も多く、うめき声が風騎委員室に響いている。
それだけ活躍の場が増えているという事なので、喜びの声と言えなくもない。
「ジェイ~……」
「どこが分からないんだ?」
明日香が涙目で助けを求めてきたので、フォローを入れる。この時点でジェイの報告書は書き終わっていた。
彼が書類仕事に慣れているのは、家の仕事を手伝っていたためだ。領主華族家の子女が皆こうとは限らないが、逆に言えばこういうタイプは有望株であるといえるだろう。
というのも部下に任せるにしても、理解できずに任せるのと、理解した上で任せるのとでは、雲泥の差だからだ。
騎士団入りしても書類仕事からは逃げられないので、領主華族家に限った話でもない。
一部女子の眼光が、獲物を狙う肉食獣のそれとなった。ような気がした。
ちなみにダイン幕府のお姫様だった明日香も、書類などとは無縁の生活を送っていた。
しかし、ジェイと結婚して領主夫人となると、そうも言ってられなくなる。
という訳で、現在明日香は必死に勉強中であった。
「……よし! できましたっ!」
明日香の報告書が完成したのを皮切りに他の委員達も助けを求め始めた。女子だけではなく男子もジェイに集中している。
今の周防に尋ねると、愚痴と嫌味混じりになりそうだと考えたのかもしれない。
その様子を眺めていた当の周防は、一から書類仕事を学ばせた方が良さそうだと再びため息をつくのだった。
報告書を書き終えた者が増えると、雑談の声が大きくなってくる。話題は自然と、報告書にも書いた事件の事になっていた。
今日はジェイが手土産としてアマイモケーキを持ってきていた。報告書を書き終えた者から食べられるので、皆必死だ。
「ていうか、これ美味いよな。地元のヤツ?」
「ええ、アーマガルトのアマイモです。ケーキの方も地元の」
伝統料理というには少々新しいもので、目指せ新名産品といったところである。
こういう地元の品をポーラで宣伝する。これもまた領主華族家子女の役割だ。
自分の仕事を終えた周防も、風騎委員室の備品である魔草茶を飲みながら、ジェイに話を振ってくる。
「ジェイナス君、例の茶葉の密売だがな……森番の独断だったらしいぞ」
「……小遣い稼ぎですか?」
すぐに察したジェイに、周防はコクリと頷いた。しかし周りの面々は理解できなかったようで、明日香も含めて不思議そうに顔を見合わせている。
「要するに、あの森番達は誰かに頼まれて魔草を育てていたんですよ」
明日香達はフンフンと頷く。「誰か」というのは、この件の黒幕である。
「それで報酬を受け取っていたんでしょうが……満足できなくなったんでしょうね」
おそらく黒幕から求められていたのは、魔素種だけだったのだろう。
だから森番達は、残りを利用して儲けようとした。それが茶葉の密売という訳だ。
「本職の家のヤツに見せたところ、あまり良いものではなかったらしいですけどね」
「しっかり育てられる者を用意できなかった。それも重要な情報だ」
魔素種の質から、魔素結晶を作ろうとしてるであろうと推測できた事も含めてである。
「でも、そのせいでバレて捕まったんですから、正に『強欲は身を滅ぼす』ですねっ!」
「黒幕からしてみれば『部下の強欲に身を滅ぼされる』だがな」
明日香の言葉を、周防が補足した。
確かに今回の逮捕劇、黒幕からしてみれば寝耳に水だったのかもしれない。
「このまま騎士団が、黒幕までたどり着ければですけどね」
最後にジェイがそう付け足す。彼の言う通り、黒幕も滅ぶかどうかは、これからの騎士団の働きに掛かっている。
今風騎委員にできる事は、今回の逮捕劇が黒幕に届く刃になる事を祈るだけであった。
「……それでは私は、南天騎士団に行ってくる」
全員の報告書をチェックし終えた周防は、席を立った。
これは得た情報を共有するためではあるが、同時に風騎委員の方から手伝いを申し出る売り込みでもある。
また、茶葉の質に関する情報と推測も持ち込もうと考えていた。向こうも調べているだろうが、ここは「風騎委員から情報提供した」という形にするのが大事である。
「えっ? 流石に今回の件には関わらせてもらえないと思いますけど」
「黒幕の方にはな。だが、茶葉密売の方はどうだ?」
「ああ、そちらの方を調査すると。でも、島に残ってますか?」
他にあの朝星茶を仕入れた商人がいたとしても、森番が逮捕されたニュースを見て逃げ出している可能性が高い。
そのため捕まえて功績を挙げられる可能性は低いのだが……。
「それを確認するのも仕事の内だ。功績にはならんだろうが、我々も仕事ができるところを見せておこう」
「南天騎士団が、黒幕の方に集中できるように?」
周防は、ジェイの問い掛けには答えず、不敵に笑うに留めた。
彼は気付いていた。今回の件は管轄内で魔素結晶の偽造が行われていたと言う事で、学園だけでなく南天騎士団にとってもメンツが潰れた格好だ。
そのため、なんとしても今回の件を解決せねばならないと必死になっている。
ここで「枝葉」を引き受けると申し出れば、向こうにとっても渡りに船だろう。
功績は挙げられないが、恩は売れる。次につなげられる。周防はそう判断したのだ。
「巡回に出る者は、朝星茶を扱っていた行商人の噂を集めておいてくれ」
そう言って周防は、風騎委員室を出て行った。報告書を書くために集まっていたジェイ達は解散となり、当番の者はそのまま巡回に出発する。
ジェイ達は当番ではなかったため、図書館に寄ってソフィア先生とお茶会をしていたエラ、モニカと合流。そのまま帰路についた。
そこでの話題も、件の事件の事であった。
特に明日香が、行商人を調べるならばどうすればいいかと真剣に考えている。
「ボクが心配なのは、これで普通の茶葉も買ってもらえなくなる事だよ。茶葉の行商って駆け出しの商人がよくやるのに……」
一方モニカは、商人も関わっていた茶葉密売の方を気にしている。
「普通のお店は調べなくていいんですかね? お茶の店、結構ありましたよね?」
「あ~、ああいうのって基本売り逃げだから、そういうお店は大丈夫だと思うよ」
それはそれとして、そちら方面の手口についても詳しいモニカであった。
「あるとしたら屋台だけど、そもそも朝星茶って味が良い訳でもないからなぁ」
普通に乾燥させた茶葉を密売していたら、調べなければならない範囲が、格段に広がっていたとの事。
「私は、お爺様が何か言ってこないか心配だわ……」
そしてエラは、宮廷の中枢にいる祖父、冷泉宰相がどう動くかを心配していた。
今回の件は、王家の威信が懸かっているため失敗は許されない。
そして彼は、ジェイの魔法について知っている。
いざとなれば、ジェイ個人に対して協力を要請してくる事は有り得る。祖父のやり方をよく知るエラは、そう考えていた。
今回のタイトルの元ネタは、格言「ペンは剣よりも強し」です。




