第34話 「この魔草茶を作ったのは誰だあっ!!」
「やはりか……」
翌日、演習場の件に関する報告書を受け取った周防委員長は、予想通りであった一文を読んで大きくため息をついた。
状況を整理すると、まず捕らえたヒゲの森番以外にも、二人がこの件に関わっていた。
彼等は魔草畑を管理する農夫だったようで、あの森番の小屋を拠点にしていたようだ。
魔草畑も発見できた。その二人が畑を燃やし始めていたが、必死な教師達と風騎委員達の活躍により、間一髪で彼等を捕らえる事ができた。
教師達の到着がもう少し遅れていたら、森が火事になっていただろう。
なお、他の森番達も全員取り調べを受けている。これは演習場の森の中で魔草栽培が行われていた以上、仕方のない事である。
また捕らえた商人によると、複数の行商人が朝星茶を買っていたらしい。そのままポーラ島内で、運搬の手間賃分も上乗せして売っていたそうだ。
例のタヌキ顔の商人についても、既にジェイ達から引き継いで委員に監視させている。
捕らえた者達は既に南天騎士団に引き渡しているので、後はそちらに任せるしかない。
しかし、委員長である周防は、ここで考えを止める訳にはいかなかった。
というのも彼は、これで事件が解決したとは考えていなかったのだ。
明らかに、見付かった魔素種が少な過ぎる。いうなれば偽金作りの設備を見つけ、それが稼働していた形跡もあるが、肝心の偽金が見付からなかったという状況である。
まだ何かある。そう考えているのは周防だけではないだろう。
「――という訳で、魔草農園を管理する山吹家の跡取りとして一言」
「もう悪くなってるよ、これ。どうして昨日の内に飲んでしまわなかったんだい?」
「賞味期限以外で」
ジェイ達は、茶葉の質が悪いという点を気にして調べていた。
折良くサンプルが手元にあり、魔草農園の管理を家業としているクラスメイトがいる。
そこでジェイ達は、昼休みに尋ねてみる事にした。ロマティがススッと近付いてきて、明日香の隣でメモを取っている。
「それ、演習場の森で栽培していた物かもしれないんですよ」
「そっちで畑も見付かったんだが……種がほとんど見付かってないらしいんだ」
「もう使っちゃったんですかね?」
普通に考えれば、明日香の言う通りだ。森番といっても休みが無い訳ではない。たまの休みはそれを使って豪遊……みたいな事は誰でも思い付くだろう。
「いやぁ、使えないんじゃないかな。この茶葉の出来も悪いし、これじゃ種の方も含有魔素の基準を満たせんだろう。おそらく栽培していたのは素人であるな」
しかしオードは、その可能性をバッサリと否定した。
自然の物を使っている以上、出来不出来はあるのは当然なのだ。
かくいうオードも、自分の手で栽培している訳ではないのだが、それでも門前の小僧とでもいうべきか、良し悪しを見る目は養われていた。
「バレずに使う……いや、無理か。確か、調べられるんだよな? モニカ」
「うん、そういうのあるよ」
商人の娘であるモニカは、それを確認するための魔動機がある事を知っていた。
「でも、それだと演習場で作られた魔素種はどこに行ったのかしら?」
そう言ってエラは首を傾げた。お金として使えないとなると、ますますその使い道が問題となってくる。
「少ないとはいえ魔素はあるのでしょう? それを抽出すれば良いのですよ、エラさん」
高額な貨幣として使われる魔素結晶は、そうやって作られる。種に含まれる魔素が少ない分、数が必要になるが、最終的に結晶一つ分の魔素が確保できれば良いのだ。
無論、効率は悪い。しかし、それ以外にこれといった使い道が無いのが現実であった。
「オード、それって森でもできるのか?」
「それ用の魔動機があれば、どこでもできるぞ!」
「無くてもできる。その森番達にできるかどうかはともかくとしてな」
ビシッと親指を立て、ウインクしながら答えるオード。
それを見ていられなくなったのか、ここでラフィアスが口を挟んで来た。
「そもそも、魔動機ができる以前から魔素結晶はあったのだ。その頃はどうやって作っていたと思っているんだ?」
「…………あれ?」
「フンッ、これだから魔法を知らんヤツは……」
親指を立てたポーズのまま固まるオードを、ラフィアスは鼻で笑った。
「要するに、魔素結晶を作る魔法を使えば、場所は問わないって事か」
「この机ぐらいのスペースが有ればな」
そう言ってラフィアスは、教室の机に手を置く。華族のための学園だけあって高級感が有るが、特別大きい訳でもない机だ。
これならば、森番の小屋の中でもできそうだが……。
「それ、魔法使いじゃないとできないよな?」
「当たり前だ」
結論から言ってしまうと、森番達にそれができる者はいなかった。
そもそも彼等も、魔法使いであれば騎士団入りするなりしていただろう。
「ていうかさ、ジェイ。魔素結晶作る魔動機って、普通は手に入らないよ?」
「そうなのか? モニカ」
「うん、確か買うのに許可か何かが必要だったはず」
「ああ、それは王家の免状だな。我が家は持っているぞ」
魔草農園の管理者は、魔素結晶の製作も担っている。基準を満たさなかった魔素種を結晶にするため、まとめて管理した方が良いのだ。
無論、責任重大である。そういう家だからこそ、冷泉家とも誼があったのである。
「つまり、考えられる候補は三つか……」
「魔素結晶を作る魔動機を、元々持っている家だな」
そう言ってラフィアスは、チラリとオードを見る。
「待ちたまえ、君。可能かどうかと問われれば可能だが、我が家はそんな事はせんぞ」
即座に否定するオード。わざわざそんな事をする動機が無いというのも事実であろう。
「というか、このレベルの魔草を育てたら山吹家の名が廃るわ!」
「え~っと、茶葉密売以前の問題?」
「つまりは名誉の問題ですねっ!」
理解を示したのは明日香。オード的には、そちらの方が問題のようだ。
「あのー、他の二つの候補は何ですかー?」
聞き役に徹していたロマティ。しかし、脱線しそうなのを見かねて尋ねてきた。
「まずは結晶を作る魔動機を作ってるところだな」
「あと、魔法つ……ひゃぅ!?」
ジェイに続き「魔法使い」と答えようとしたモニカだったが、ラフィアスにジロリと睨まれてジェイの背に隠れた。
しかし、直後に彼はため息をつく。動機の面で考えると、最も可能性が高いのは魔法使い。その事はラフィアス自身も分かっているのだ。
オードは口に出さないが、そもそも魔草農園の管理をする立場であれば、わざわざ魔素結晶を密造しなくとも良いのだ、経済的に。魔動機を作っている家も同様である。
そう、動機面で最も可能性が高いのは魔法使いであろう。
魔法国時代から続く古い家だが、経済的にはそこまで……という家も珍しくない。
「……畑の規模はどの程度だ?」
「隠して作っていたものだから、それほどではないそうだぞ」
その答えを聞いたラフィアスは、今度は大きくため息をついた。
「…………さほど難しい魔法ではないと言っておこう」
そして忌々しそうにジェイに伝えた。
その憤りは、ジェイに向けられたものではない。彼は気付いた。今回の件は、魔法使いが関わっている可能性が極めて高いと。
大規模な魔草農園であれば魔動機を使った方が良いが、小規模であれば魔法を使った方が効率が良い。魔法使いである彼は、それを知っていた。
「魔法をこんな小事に使うとは……!」
『純血派』で、魔法使い至上主義者。だからこそ許せない事があるのだ。
今回のタイトルの元ネタは、『美味しんぼ』の海原雄山の有名なセリフ「このあらいを作ったのは誰だあっ!!」です。