第33話 商人立志伝V
ジェイが小瓶を開くと、確かにそこには青々とした朝星茶の茶葉が入っていた。
これはあの森で栽培された物かもしれない。そう考えたジェイだったが、努めて反応しないようにして、眉をピクリと動かすだけに留める。
「これは俺でも知っているぞ、朝星茶だろう? 易々と贈れる物ではないはずだが」
「しかし、だからこそ贈り物に相応しいという面もある訳でして、ハイ」
その商人の言葉を理解できたのは、モニカだけだった。どうせ日持ちしない物ならば、腐らせるより贈答品として次につなげたい。要するに売れ残りの有効利用である。
先程ラフィアスが魔法を使ったのを見て、朝星茶を売るチャンスと思ったのだろう。
しかし、結果はご覧の通りである。そこで食い下がらずすぐにジェイに切り替えられるあたり、判断は早そうだ。
いざという時は証拠品になる。ジェイはそう考えて、受け取る事にした。
「普通の魔草茶も取り扱っております。しばらくこの辺りをうろうろしてますんで、また見掛けた時は何か買ってやってください」
商人はそう言って、ぺこぺこ頭を下げながら足早に去って行った。
「いいのか? 昨日のアレの関係者の可能性もありそうだが」
「今は、な」
ラフィアスの疑問に答えつつ、ジェイは人差し指をくいっと動かして指示を出す。
するとモニカの従者の一人がコクリと頷き、商人の後を追った。ささっと整えていた前髪を崩し、上着を羽織って印象を変えて。
「……昨日のアレは、やはり事件性があったという事か?」
「それを調べる事になったから、今騒ぎを起こしたくないんだ」
実際のところ、茶葉の行商というのは珍しくない。朝星茶でもなければ日持ちする物であり、かさばらず、軽く、そして高価と、手堅い商品である。
その際に売れれば儲けものと一緒に朝星茶を仕入れるのも珍しくないため、小瓶の中身があの森で栽培された物とは言い切れないのである。
下手にあの場で産地を問い質したりすれば、風騎委員が朝星茶に目を付けていると知られてしまっていただろう。それだけは避けねばならなかったのだ。
「その小瓶を見せてみろ」
言われるままラフィアスに小瓶を渡すと、彼は中の茶葉を確認し、匂いを嗅いだ。
「あまり質の良い物ではないな……だが、新鮮だ」
「この辺りで一番近い産地は、オード君のところのオーカーかな?」
モニカの言葉に、ラフィアスはコクリと頷いた。
セルツ連合王国は、その名の通りセルツを中心とした五つの国の連合によって形成される王国だ。オーカーは、セルツ国内では数少ない魔草の産地である。
人が多い場所は空気中の魔素が薄く、魔草栽培には向いていないため、大規模な魔草農園は内都から離れた場所にしか作れないのだ。
「だが、あれはオーカーから運んで来たにしては新しいと思うぞ」
「とすると、やっぱり……」
「大急ぎで運んで来た可能性もあるから断言はできんがな」
「ああ、分かる。やるよね、商人なら」
うんうんとモニカは頷いた。特にこの時期は、学園入学のために故郷を離れて島に来た者が多いため、狙い目であるらしい。
ジェイ達は、モニカの実家シルバーバーグ商会の世話になっているが、そういうコネがある家ばかりではないのだ。
「ポーラに来た魔法使いってどうしてるんですか? 朝星茶」
「まぁ、飲むなら専門の運び屋を雇うだろうな」
明日香の疑問に答えたラフィアスだが、かくいう彼も毎日飲んでいる訳ではなかった。
必要になった時は、普段から世話になっている魔草農園に注文するそうだ。
「といっても、これを買う気にはなれんがな」
小瓶を返してきたラフィアスは、それを買うのは二流だと言い残して去って行った。
「……確かにこれは、葉の質自体が悪いわね」
エラも小瓶の中の匂いを確かめ、そう言って眉をひそめるのだった。
その日の晩、周防委員長率いる風騎委員達は、演習場を監視していた。
近くの建物を風騎委員の名で借り受け、そこを拠点に演習場の出入りを見張るのだ。
とはいえ相手は森。どこから出入りするか分からないので、委員を三人ずつに分けて各方面に配置している。そのため人数も多く、大規模な出動となった。
何かあった時にすぐ動けるよう、本部であるここには騎獣も用意している。
当然この出動は、学園に報告した上で行われている。
もし魔草栽培が事実で、南天騎士団に知られて介入を許せば、学園の失態となるため必死だ。風騎委員だけでなく、演習担当の森に慣れた教師も数人参加していた。
「学園が管理する演習場で魔草栽培……本当に有り得るのか?」
「空気中の魔素濃度を考えると、条件的には可能ですよ、先生」
本部に待機している教師のぼやきに、周防が答える。
かくいう教師達は、演習場の管理を担当する立場。今まで何も気付かずに、この件を放置していたという手落ちがある。そのため汚名返上に必死であった。
また周防は、ここに来る前にジェイから件の商人について報告を受けていた。あの後すぐに帰宅して、周防の家に使いを出していたのだ。
「……いかんな。それはまだ先の話だ」
現在ポーラ島で、朝星茶を扱っている商人がどれだけいるのか。それは改めて調べるとして、今は演習場の監視に集中である。周防は両手で頬を叩いて気合を入れ直した。
そのまま何事もなく時間が流れた夜半過ぎ、一年の風騎委員が本部に駆け込んで来た。
「大荷物を背負った商人らしき男が近付いてきました!」
「商人、タヌキ顔か!?」
「そこまでは分かりませんが、小柄です!」
「そうか……って、お待ちください! 確認は我々が!」
席を立ち、飛び出そうとする教師達を、周防は止めた。
「魔草の取引であれば合図をしますので、すぐに演習場に突入してください! 魔草の栽培場所も押さえねばなりません! 森は先生方の方が熟知しているはずです!」
適材適所である。夜の森は、魔獣が活発になるのだ。教師達もその言葉に納得した。
周防達は騎獣に乗って現場に急行。既に取引相手であろう森番が来ていたらしく、現場の判断で風騎委員が彼等を取り囲んでいた。
すぐさま周防が近付くと、商人らしき男は剣を突きつけられて降参。森番の騎士は三人掛かりで取り押さえられている。
商人は小柄だが、細身でタヌキ顔ではない。ジェイ達が見つけた商人とは別のようだ。
森番の方は、毛皮の帽子を被ったヒゲ面。ジェイからの報告にあった男だろう。
荷物をあらためさせると、中から朝星茶の茶葉が出てきた。
間違いない。この森で魔草栽培が行われている。
「合図を!」
周防はすぐさま石弓で照明弾を打ち上げさせ、演習場周囲に控える者達に合図を送る。
夜空に光弾が昇ると、教師達が演習場の森に突入。風騎委員達がそれに続いた。
周防も気持ちの上では続きたいところだったが、足を引っ張るのが分かりきっていたため、残留グループとして二人を確保する事に努める。
「さて、他の共犯者がいなければいいのだが……」
問題は森番と商人、魔草栽培と密売に関わっている者がこの二人だけかどうかだ。
もし他の森番の中に共犯者がいた場合、こちらの動きに気付かれた時点で証拠隠滅に動かれてしまうだろう。ここからは時間との戦いである。
抵抗しながらも縛られていく森番を横目に、周防はもう一度森番の荷物を確かめる。
「やはり、無いか……」
彼が探していたのは魔素種だ。魔草を育てている以上、葉と種はセットである。
魔草を茶葉にして横流ししつつ、魔素種は放置というのは考えにくい。
魔素種も何かに使っているはずなのだ。本人が貨幣として使っているならば話は早いのだが、そう簡単な話ではないだろうという予感が彼にはあった。
その後周防は、魔草を栽培している畑を発見したという報告と、森番の小屋から魔素種は見付からなかったという報告を受ける事になる。
それを聞いた彼は、これで事件が解決するどころか、新たな局面を迎える事になったと考えるのだった。
今回のタイトルの元ネタはコーエーの『太閤立志伝V』です。
茶と茜の交易は、資金稼ぎの定番ですね。
華族学園の世界でも魔草茶の茶葉は、今回のエピソードでは犯罪絡みで使われていますが、本来は「商売を始めたかったら、最初にこれを行商しろ」ぐらいの扱いです。




