第32話 ラフィアスさんは隠れていたい(無理)
「……まぁ、あまり時間は掛からんだろうな」
自分達の手で功績を挙げるチャンスだと張り切っている皆の様子を見ながら、周防委員長はポツリと呟いた。
というのも、前述の通り朝星茶の茶葉というのは日持ちしない。早く出荷しなければ劣化してしまう。昨日朝星茶を見たとすれば、出荷は数日の内だとも彼は考えていた。
一方ジェイ達は、演習場を監視する者達に代わって商店街の巡回を引き受けていた。
夕方の巡回は事件に遭遇する事が少ないため、気楽なものである。
先日、魔神エルズ・デゥと戦った脇道を覗き込むと、再建工事が始まっている。
「流石にまだ元通りとはいかないな」
「でも、商店街はいつも通り元気いっぱい! たくましいですねっ!」
幸い表通りまでは被害が出ていないようで、商店街の喧騒は変わらない。明日香の言う通り、実にたくましい話である。
今日のジェイ達は、モニカの希望で商店街にある別の書店に立ち寄っていた。
巡回中ではあるが、こうして店に立ち寄って何か起きていないかと確認するのも仕事の内だ。風騎委員や南天騎士が立ち寄る店という事実が抑止効果も生み出している。
そのため巡回の最後に夕飯の買い物を済ませてしまうというのも珍しくはなかった。
ジェイ達も休憩の後、夕飯の買い物をしつつ一回りして巡回を終わらせようと、喫茶店に入っていた。クラスメイトから紹介された店だ。
学生服姿だが問題は無い。ポーラの生徒は学生であると同時に華族。特に風騎委員が店を訪れるというのは、警察官が立ち寄る事に等しい。
これで華族である事を笠に着てタカったりするなら問題だが、そんな事をしようものなら、功績を求めた風騎委員が嬉々としてやってくる。むしろそういう連中はカモである。
そのため商店街の人達にとっても、ポーラの学生達は歓迎すべきお客様であった。
「そういえば、エラと明日香も買ってたけど、何を買ったんだ?」
ちなみにモニカが買ったのは、今月発売の小説の新刊である。十冊程。
「私はこれですね」
そう言ってエラが袋から出して見せてきたのは『お茶の友』という雑誌だった。
「昨日茶葉の話をしてたら気になっちゃって」
各種お茶請けを紹介していそうな雑誌名だが、そうではない。れっきとした茶道の専門誌である。お茶菓子紹介のコーナーもあるが。
ちなみに茶道は、魔法国時代からあった魔草茶を飲む習慣に、召喚された武士達が持ち込んだ日本の茶道が合わさったものだと言われている。
華族の嗜みとしては伝統的なものであり、内都では特にポピュラーなものであった。
「ジェイ君は茶道は?」
「一通りは母から習ったけど、堅苦しいのはあまり……」
かくいう母ハリエットは、ポーラに入学するまで茶道の茶の字も知らなかったとか。
当時内都で茶道ブームが起きており、都会的で格好良いと感じてハマったそうだ。
ポーラの学生が、都のブームを故郷に持ち帰る。それもまたよくある話である。
「そういうのは、モニカの方が得意だよな」
「小さい頃から習わされてたからね~。覚えといて損は無いって」
今では、商売の関係で華族を相手にする商人などにも茶道は広まっていた。趣味のつながりというのは、意外と影響が大きいものである。
「魔法の練習の後に飲むと美味いんだ。いつもモニカに点ててもらってた」
「おかげでボクも慣れたよ。毎日のように点ててたし」
ただしモニカ的には、ジェイが美味しそうに飲むから学んだだけだったりする。
二人の間の空気が甘味を帯びてきた。そう感じたエラ。
「そういえば明日香ちゃんは何を買ったの?」
このまま続けると自分ではついていけなくなってしまうと察した彼女は、話題を換えるべく明日香に話を振った。
「あたしは、これですよ~。じゃ~ん!」
そう言って明日香が自信満々に掲げた雑誌は、『婚活のすゝめ』。
「…………あの、明日香ちゃん? もう許婚がいるのに、どうして?」
戸惑うエラ。これはこれで困る話題である。
「実はこれ、ポーラのデートスポットとかも載ってるんですよ」
「へえ、そうなんだ?」
モニカも興味を持って食いついた。二人で雑誌を開いて覗き込む。
要するに、ポーラの学生向けの婚活マニュアルだ。そのためオススメのデートスポットも、ポーラ島内に限定して紹介されていた。
新入生が来る春は婚活の基礎知識から、夏休みが近付くと旅行特集を組むなど、季節に合わせた最新の婚活情報を提供してくれる人気雑誌である。
エラも興味はあるようで、そわそわしている。
彼女は宰相の孫として、自由に婚活ができない立場であったが、それはそれとしてデートなどには興味があったらしい。実は隠れた愛読者であった。
その後休憩を終えた一行は、巡回ついでに夕飯の買い物を済ませようとする。
しかし幸か不幸か、そろそろ帰路につこうかというタイミングでひったくり事件に遭遇してしまった。
悲鳴を聞いてすぐにジェイと明日香は駆け出すが、いかんせん現場から離れている。
「……遠いな」
犯人も彼等に気付いて反対側に逃げ出しており、このままでは追い着くのも難しい。
魔法を使うべきか。ジェイがそう考えると、いきなりひったくり犯の行く先から鞭のようなものが飛び出し、その身体が宙を舞った。
「うわぁっ!?」
犯人の前に立ち塞がっていた男は……ラフィアス。
彼も家臣を連れていたが、そちらは買い物袋を提げていて動けなかったようだ。
ジェイ達からは見えなかったが、その手に何も持っていないところを見るに、おそらく魔法を使ったのだろう。
「これ……手伝っても問題無いんだよな?」
そんな彼は、追い着いたジェイ達に対ししれっとした顔でそう言った。大した事ではないと言わんばかりに。
「一応、委員には報告するぞ。礼金とかは出ないだろうけど」
倒れたひったくり犯を取り押さえ、縛りつつジェイが答える。
「面倒だな……誤魔化せないか?」
「無理。っていうか、それ不正だからな?」
それは虚偽の報告という事になる。
幸い壊れるようなものではなかったため、荷物も無事だったようだ。被害者も追い着いてきたので、明日香がそれを返す。
「まぁ、感状ぐらいは出るだろうから、受け取っておいてくれ」
「仕方ないな……」
ラフィアスは心底面倒そうな顔をしている。
「実力隠しておきたい系?」
「フン、君と似たようなものだ」
そう言ってラフィアスは不敵に笑った。
ジェイが魔法を使える事自体は、それなりに知られてしまっている。
流石に『影刃八法』の名や、その力の全てを知られている訳ではないが。
「君は冷泉宰相が睨みをきかせているようだが、僕にはそういうのが無いんだよ」
その一言でジェイは察してしまった。
「……もう三人いるんだよな?」
「『純血派』の後継者不足をなめるな! 下手に名を挙げたらまた押しつけてくるわ!」
やけに実感がこもっていた。今の三人も、似たような経緯で増えたのかもしれない。
「でも、やっぱり無理だろ。人の口に戸は立てられんぞ」
商店街での出来事なので、目撃者が多い。特にここの人達は、学生の活躍には目敏い人達が多いのだ。
「百里に、記事にしないよう言って……」
「他の新聞部に見付かってなかったらいいな」
「……チィッ!」
ラフィアスは、盛大に舌打ちした。
「助けるべきではなかったか……」
「そう言うなって、人助けしたんだから」
がっくりと落とした肩に、ジェイはポンと手を置いて慰めるのだった。
「いや~、お見事ですなぁ、魔法使いさん!」
そんな二人に、不意に声を掛けてくる者がいた。
二人が振り向くと、そこには小柄で小太りな男が立っていた。少し垂れ目で、タヌキのような印象を抱く男だ。
「おお、怖っ! そんな睨まんといてください」
ラフィアスが睨み付けると、男はおどけるように肩をすくめた。
「実はワタシ行商人でして、魔法使い向けの品を扱ってるんですよ」
男は大きな荷物を背負っており、器用に背中に手を回して何かを取り出す。
「ほら、これなんてどうです? 今回は特別に、お近付きの印に……」
そう言ってラフィアスの手を取り、小さな小瓶を押し付けようとする。
しかしラフィアスは受け取ろうとせず、小瓶が手から落ちた。
「おっと」
それを咄嗟に受け止めたのはジェイ。
「気を付けろ、ラフィアス。落として割れて、弁償しろとか言われたどうするんだ」
「後悔するんじゃないか? そいつが」
怖い事を言っているが、その目は本気だった。
「ご覧の通り、こいつは受け取りそうにないから」
「みたいですな。せっかくですし、それは学生さんが受け取ってください。魔法使い向けですけど、専用って訳じゃないですから」
「俺も別に……」
ジェイが断ろうとしたその時、明日香が鼻をふんふんと鳴らしながらこう言った。
「この匂い……朝星茶じゃないですか?」
「何?」
ジェイが小瓶を開くと、確かにそこには青々とした朝星茶の茶葉が入っていた。
今回は少しこの世界の文化面を掘り下げてみました。
雑誌などは、結構普及しています。