第31話 百里さん家の婚活事情
翌朝登校すると、教室の話題は昨日の演習一色だった。
といってもメインの話題は森での事だ。行軍もあれはあれで楽しかったが、話題になる程ではないようだ。
「俺、魔獣倒したぜ!」
「俺二匹!」
「オレっち、魔獣にやられて怪我したぜ!」
「それ、自慢になんねーよ」
教壇に集まって騒いでる面々の中に色部が混じっていた。平然と立っているので、大した事はなかったのだろう。
色部達以外にも、魔獣との戦闘を初体験した面々が興奮冷めやらぬ様子で語っていた。
そんな教室の様子を見て、エラは「懐かしいわね~」と笑う。
「演習で初めて魔獣を見る子も多いのよ。内都の子とか」
「ああ、そうなるのか」
ジェイのような地方領主家の子女にとっては、魔獣は良くも悪くも身近な存在であり、多かれ少なかれ実戦経験がある新入生も珍しくないのだが……。
改めて見てみると、教室内は多少の温度差があった。
色部達内都組は魔獣と戦った事に興奮してはしゃいでいるが、地方領主組は魔獣に勝てる事をアピールの材料にしている者がちらほらといるようだ。
実際、これは婚活としては正しい。領主華族にとって、領地領民を守る力が有るというのは重要なアピールポイントだ。
ちなみに白兎組の婚活における一番の注目株は、実はオードだったりする。
彼は嫡男であり、実家は魔草農園を管理していて経済的に恵まれている。
当の本人はエラの妹であるメアリーを狙っているようだが、それについてはエラが触れないのもあって見込み無しと思われているようだ。
なおラフィアスも注目はされているが、彼もまた『純血派』のつながりで三人の許婚がいるため、ジェイと同じ既に決まっている枠で扱われていた。
「いやー、ここぞとばかりに頑張ってますねー」
ロマティが、短めのポニーテールを揺らしながらカメラのシャッターを切っている。
「まぁ、入学してからここまでジェイばっかり目立ってましたからねー」
現時点で白兎組で最も目立っているのは間違いなくジェイだろう。エラも同格だが、彼女は聴講生なのでランク外、いや、殿堂入りである。
実はこれ、婚活学生達にとってはあまりよろしくない状況である。男女双方にとって。
自分達が目立てない男子はもちろんの事、女子にとっても許婚が既に三人いて入り込む余地が無さそうなジェイばっかり目に入っても困るのだ。
誰も口には出さないが、昨日の演習でジェイ達が遅れた事は、クラスの婚活にとっては良い影響を与えたようだ。
内都組もそれに気付いたようで、昨日魔獣を倒せた面々が早速女子にアピールを始め、その様子をロマティはかぶり付きで撮影している。
そんな彼女の後ろ姿を眺めていて、ジェイはふと不安を覚えた。
「そんな事やってて、ロマティは大丈夫なのか?」
そう、彼女自身の婚活は大丈夫なのかと。
「あ~……私の場合、兄の進路がまだ決まってないので、嫁入りになるか婿取りになるかがまだ分かんないんですよねー」
ロマティの兄は最上級生である三年の風騎委員だ。彼の目指す騎士団入りが成功するかどうかで彼女の婚活方針も変わってくる。
「って、ちょっと待って。ロマティは内都組だよね? それなら騎士団入りがどうなろうとお兄さんが家を継ぐんじゃないの?」
「いや、ウチは代々受け継いでる家業がありますからー」
モニカの疑問に、ロマティはアハハと笑って答えた。
華族の中には、代々ひとつの仕事を受け継いでいる家がある。たとえばオードの実家山吹家の魔草農園の管理などがそうだ。領主もまた一種の家業といえるだろう。
「ロマティちゃんちの家業ってなんですか?」
「新聞発行ですー」
明日香の問いに胸に張って答えるロマティ。彼女の原点が見えた、ような気がした。
それはともかく、家業と騎士団の仕事は両立できない。
つまりロマティの実家である百里家は、騎士団入りが上手く行けば嫡男は新しい家を興し、ロマティが婿取りをして家を継ぐ事となる。
逆に騎士団入りが失敗した場合は、嫡男がそのまま家を継ぐため、ロマティは嫁入りを考える事になるだろう。
つまりロマティは、兄がいるから婚活できない。そう理解したモニカが眉をひそめた。
「え~、何それ? ちょっとお兄さんに甘過ぎない?」
「別に追い詰めたい訳じゃないですからねー」
対するロマティは、少し困った様子で、笑って誤魔化した。別に彼女は、兄妹で骨肉の争いを繰り広げたい訳ではないのだ。
兄はポーラ在学中の三年間で答えを出す。その代わりロマティは兄が卒業するまでの最初の一年間は婚活しない。それが百里家の出した兄妹の妥協案であった。
ちなみに教室の喧騒は、教師が入ってきたところで、エラが「強い人を探すなら、魔獣討伐の演習を待った方が良いわよ~」と言った事で収まった。
「新入生っていうのは、もうちょっと浮ついてるものなんだがな……」
一瞬で静まった教室を見て、教師がポツリと漏らした。
その辺りはジェイにラフィアス、何よりエラの影響が大きいのは言うまでもない。
放課後ジェイ達は風騎委員室に赴き、昨日の森番の小屋の一件について伝えた。
「それはつまり……学園の演習場で、違法な魔草栽培が行われているという事か?」
今日は周防委員長だけでなく上級生の風騎委員達もいたが、皆戸惑っている様子だ。
「今のところ証拠は有りません。俺達の行った小屋に不自然な量の朝星茶の茶葉があったというだけですから」
そう言うと、上級生達が顔を見合わせる。信じがたいが、これまでのジェイ達の活躍から無碍にもしにくいのだろう。
そんな中周防委員長は机に肘をつき手を組んで考え込んでいる。
彼の脳裏に浮かぶのは、朝星茶の価格と森番の報酬。
「……無理だな。森番の報酬だけでは、それだけの茶葉は買えん」
そしてすぐに判断を下した。森番の報酬だけでは、それだけの量は揃えられないと。
「ジェイナス君の言う通り魔草栽培がされているかどうかは、まだ断言できん。可能性は高いと思うがな」
「どうしてそう思われるのです?」
「あれは日持ちしない! 壁に瓶を並べる程の量、一日何杯飲めば消費しきれるのだ!」
怪訝そうな顔で問い掛けた風騎委員に対し、周防委員長は声を大きくして答えた。
そうすると茶葉を買ったのではなく、そこで作っている可能性が浮上してくる。当然その原料となる魔草も作っているのだろう。
だが周防自身が言った通り、証拠が無いので断言できない。
「……よし、その件はこちらで調査しよう」
周防委員長も、この件は放っておけないと判断した。
また、ジェイ達だけに押し付けてはいけないとも考える。
これは他の風騎委員達の活躍の場を作るという意味もあった。
「委員長、まさか演習場に潜入させる気ですか?」
「それはまだだ! 考えてもみろ! それだけの量の茶葉、自分で消費していないとすれば、どうしているかを!」
周りの風騎委員達は、顔を見合わせて考える。
朝星茶を飲んだ事が無い者も多かったが、それが高級品である事は皆知っていた。
「それは……密売?」
「森の外に運び出しているという事、ですか……」
「その通りだ! 演習場を見張るぞ! 風騎委員がジェイナス君だけでない事を見せてやろうではないか!」
現時点で魔草を栽培している証拠は無く、森を調べるのは難しいだろう。
だから証拠を見つける。朝星茶の動きを追えば、それができる。場合によっては茶葉と一緒に魔素種も運んでいるかもしれない。それが周防委員長の考えだった。
百里家は、兄妹仲は悪くないので、割と平和な事情だと思います。




