第30話 第一回ジェイナス杯膝枕大会
ジェイ達が帰宅し、夕食を終えた後の居間でのくつろぎの時間。
今夜は、テレビの正面のソファで、ジェイが明日香に膝枕をしている。
演習中にモニカがおんぶされていたのが羨ましかった。しかし、家の中でおんぶはできない。そこで彼女が考えたのがこれであった。
優しく髪を撫でられ、子猫のように甘えた声を漏らす明日香。ジェイもなごんでいる。
「あっ、始まりました!」
ところがおなじみのドラマ『セルツ建国物語』が始まると、明日香はその体勢のまま見始めた。こうなると撫でても反応が鈍くなり、ジェイもしょんぼりだ。
発端となったモニカだが、これはこれで羨ましいようだ。何かを訴え掛ける目でじっとジェイを見ている。
そんな許婚達の様子を見て、エラはくすくすと笑っていた。
「皆様、お茶が入りましたよ」
エラの侍女が、ドラマが終わったのを見計らってお茶を運んできた。魔草茶だ。
「今作の武士は野心家だね~」
湯呑を受け取りつつ、モニカがそんな感想を漏らした。
「前作は違ったんですか?」
「やる度に結構変わるみたいだよ。まったく同じにできないってのもあるんだろうけど」
日本から召喚された武士をどう演出するかは、ドラマ化される度に結構変わってくる。
モニカは監督や脚本の性格が影響していると、両作のスタッフの説明と合わせて早口気味に説明し、明日香は身体を起こしてフンフンと頷く。
前作の放送は五年前の話だが、もっと品行方正でキラキラした武士であったと、ジェイとエラは記憶していた。
実はこの辺りは、モニカが説明している以外に、世の風潮なども関わってくる。
というのも、召喚された武士は後の初代セルツ王。それをどう演出するかは、その時の王の権威の強さが関わってくるのだ。
今のセルツ王は代替わりしてまだ数年。冷泉宰相の助けがなければやっていけないといわれている。つまりはそういう事である。
それを理解しているのは、この場でエラだけであった。
この場で言う事ではない。そう判断した彼女は、黙って一口お茶を飲む。
「あら、今日のはさっぱりしてるわね」
「申し訳ありません。注文した茶葉の到着が遅れておりまして……」
エラが思わず漏らした声に、侍女は深々と頭を下げる。
「何かあったんですか?」
「運搬中の事故だそうです、明日香様」
「あ、お父さんに聞いた事ある。魔草茶とかって、魔獣に襲われやすいんだって」
魔素種もそうだ。葉や種に含まれる魔素が原因だと言われている。
空気中の魔素は人が多いほど薄くなるため、魔草農園ができる場所はおのずと人が少ない場所になってしまう。そのため内都では、運搬中の事故はそれなりに聞く話であった。
「ああ、これ、俺が持ってきた茶葉ですね」
魔草茶の茶葉といっても色々とある。ジェイは一口飲んで飲みなれた味だと気付いた。
彼が持ってきたのはモニカの父エドの商会で取り扱っている茶葉。安いが味も香りもそれなりというコストパフォーマンスの良さが売りの物だ。
「いえ、これも悪くないわ……」
「これがアーマガルトの味なんですね」
エラや明日香にとっては、新鮮ながらも悪くない味であった。
その後の話題は、魔草茶を飲んだ事もあって演習中の出来事となった。
「まぁ、そんな事が……」
流石のエラも、魔草栽培疑惑が出てくるとは思っていなかったようで、驚いた様子だ。
「確信がある訳じゃないんだけどな」
お守りの騎士がいなければ、あの場で『潜』るなりして調べる選択肢もあったかもしれないが、演習中だった事を考えると時間的にも厳しかっただろう。
今から調べに行くという訳にもいかない。あれも魔法である以上、使い続けると体内魔素を消費するため、移動できる距離に限りがあるのだ。
「捜査を委任されている訳でもないのに、夜に出歩くのはダメですよ」
人差し指を立てたエラが、めっと注意してくる。
近くまで普通に移動してというのも厳しそうだ。そうでなくても演習でもないのに演習場に入るのは禁止されている。
そういうのを防ぐために森番がいる訳だが……。
「その森番の一人が偽者なんだよなぁ……」
現状、それを訴えるにはモニカの魔法『天浄解眼』について説明しなければならない。
モニカもそれは分かっているようで、涙目でジェイを見つめてプルプルしている。
こんな彼女の秘密を、大っぴらにできるはずがない。だからこそジェイも、茶葉の方から調べられないかと考えているのだ。
「そういえば、あの朝星茶って売ってるのかな?」
「遠くから運んできました~ってフリしたら、運搬料分大儲けだろねぇ」
しかもこのあたりは、騎士団のお膝元なのもあって魔獣の危険も無い。
モニカの言う通り、商売としては危険性が少なく、おいしいだろう。犯罪ではあるが。
「でも、魔草を育ててるなら、そのまま魔素種を収穫すればいいんじゃないかしら?」
「種も葉っぱも全部使い切る! 生活の知恵ですねっ!」
「魔草農園のある所では、普通にやってる事なのかなぁ……」
後日オードに聞いてみたところ、商品にならない茶葉を料理に使う事はあるそうだ。彼の故郷の名物料理らしい。
「とりあえず……放っておけないなら、風騎委員に報告したらどうかしら?」
情報の少なさから話が進まなくなったところで、エラがそう助言した。
「風騎委員の方にですか?」
「演習場内で栽培されてるなら、風騎委員の管轄よ」
「ああ、学園の施設内だから……」
逆に南天騎士団では手が出しにくい場所である。「出せない」訳ではないのがミソだ。
あの森で魔草栽培が行われている確かな証拠があれば、南天騎士団も学園施設に踏み込む事を厭わないだろう。
当然その時は、学園内の悪事に対処できなかった風騎委員の評価が落ちる事となる。
「……明日にでも報告しておきます」
風騎委員になって一月。ジェイはそれなりに、彼等に対して身内意識が芽生えていた。
明日周防委員長と話をする事が決まり、今日のところはこの話題は終了となる。
「それにしても迷うわねぇ……」
二杯目のお茶を飲みながら、エラが呟いた。
「えっ? どうかしたのか、エラ」
「明日香ちゃんは終わったみたいだから、次は私と思ったんだけど……膝枕って、するのとされるのでは、どっちが良いのかしら?」
ジェイはお茶を噴き出しかけたが、なんとか耐えた。
「さ、さぁ……?」
流石に答えられずに曖昧に返すジェイ。
どちらかというと「する」方が好きなのは秘密である。頭を撫でられるからというのはもっと秘密である。
「じゃあ、両方試してみましょうか♪」
エラは笑顔でそう言い、自分の膝をぽんぽんと叩いてジェイを誘う。
これは断れない。ジェイは言われるまま素直に膝枕をされ、そしてした。
明日香より短いが、ふわふわしたエラの髪の手触りが心地良い。
また、エラの方が甘え方が巧みであった。力の明日香、技のエラといったところか。
力の甘え方とは何かと問われるならば、ストレートさや勢いであると答えておこう。
「え~っと、俺はする方が良いかなぁ……」
正確には「膝枕されるのも良いけど、それを見られるのは恥ずかしい」である。
「私はどっちも好きだわ~♪」
こちらは「どっちも良いけど、特にする方は恥ずかしがるジェイが可愛い」であった。
楽しそうに微笑むエラに、照れながらも満更ではないジェイ。
「それ、あたしも気になりますっ!」
そんな二人を見て、明日香も興味を持ったようだ。
「ボ、ボクも……」
更に我慢できなくなったモニカも参戦。
ここに第一回ジェイナス杯膝枕大会が開催され、昴家の夜は更けていった。
「すごいわ、モニカちゃん……」
「勉強になりましたっ!」
どうやって勝敗をつけるのかは謎だが、結果として優勝したのはモニカ。
実は開き直った彼女は、力と技を兼ね備えていたのであった。
「力の○○、技の○○、力と技の○○」の元ネタは仮面ライダーです。