第299話 平穏とは程遠い場所
翌日の晩、ダイン幕府一行を歓迎する宴が開かれた。
場所は龍門将軍達が宿泊している温泉宿の宴会場だ。ジェイ達が出向く形となっている。
この頃にはジェイも完全に回復。ジェイと明日香が表に立ち、エラとモニカに裏方を任せている。
「いやあ、めでたい! 誉れであるぞ、義息子よ!」
特に龍門将軍は上機嫌だ。娘の明日香に会えた事よりも、ジェイが魔神討伐という大活躍をした方が嬉しそうなのは気のせいではあるまい。
明日香の方は特に気にした様子も無く、婚約者を気に入っている父の姿に満足気であった。
武士達の方も流石は幕府の最精鋭と言うべきか、立ち居振る舞いも洗練されており昨日今日と特に大きな問題を起こす事もなく温泉郷アルマを満喫している。
ジェイ達がそこまで動いていたわけではないが、楽しんでもらうという意味では、しっかりと歓迎できていた。
そんな彼等はジェイの隣に立つ明日香を微笑ましそうに見ている。
その視線は、子や孫を見ているかのよう。彼女がダイン幕府でいかに愛されてきたかが伝わってくる。
同時にジェイの方は、百人単位の義父に囲まれているかのような気分だ。しかも全員武闘派である。
それでも睨み付けてきたり、殺気を飛ばしてくるような者はいないので、とりあえず明日香の婚約者としては合格点をもらえているようだ。
宴は酒も入って宴は大いに盛り上がった。
ジェイ達は主催者側という事では酒は控えていたため絡まれる一方だったが、彼等の話題が主に「子はまだか?」な辺り、彼等もそこが気になっているようだ。
ジェイも流石に「これから励みます」とは言えないため曖昧に返していたが。
「せっかくの好機なので、がんばりますっ!」
なお、明日香の方は元気一杯に返していたので無意味だったかも知れない。
その後、ジェイ達は万歳三唱で見送られる事となる。
これなら冷やかされた方がマシだと思いつつ、ジェイ達はそそくさと宴会場を後にする。
問題が無いとは言えないが、こちらは平穏を取り戻せたと言えるだろう。
一方で、いまだ平穏とは程遠い場所がある。
まずは内都。ポーラ島の繁華街が半壊してしまったためその後始末に四苦八苦している。
百魔夜行迎撃に参戦していない学生騎士にとっては、功績の稼ぎ時。ソックや色部も、それに参加している。
しかし、そのお役目に皆が殺到している事で混乱が起きているというのも否定できない。
これは学生騎士達だけに任せる訳にはいかない。専門知識を持つ者を派遣して指揮を執らねばならない。宮廷はすぐに派遣する騎士を探し始めた。
そして代々家業として建築関係に強い熟練騎士に白羽の矢を立てたところ……百魔夜行との戦いで重傷を負って動けない事が判明したりしている。
王国存亡の危機だと年甲斐もなく参戦したらしい。忠義の人だが、宮中の面々が微妙な顔になってしまったのも無理のない話であった。
「いーよなー! おめーはよー!」
「そんな事言われてもな……」
後片付けの現場で、ソックに絡む色部。絡みながらも、作業の手は止めていない。
「……今、タルバに帰しても危ないし」
こうなっている原因は、ソックがポーラ島に戻ってくる際にタルラを連れてきた事にあった。
彼の言う通り、今帰国させても危険なためだ。
理屈ではその通りなのだが、その実態はひと足早い新婚気分である。
アルマに避難していた頃からその傾向があり、色部はその事をよく知っていた。
「今日の昼飯は!?」
「え、弁当持ってきたけど」
「可愛い嫁さんの手作りだろぉ~?」
「いや、ただ匿われてるだけなのも悪いからって……」
「可愛い嫁」の部分は否定していない。
「どいつもこいつもーーーっ!」
色部にとっての一番の問題は、今回の件で危機感が煽られたのか周りに同じようにくっついた者達が多いという事だ。
「俺も嫁さん欲しいーーーッ!!」
対する色部は……この反応を見るに、言うまでもないだろう。
もうひとつ平穏とは程遠い場所は、ソックがタルラを帰せないと語るタルバである。
こちらの混乱は、セルツよりも大規模だ。
なにせ叛乱に参加した『純血派』華族が多い。参加していない家を探す方が早い程だ。
しかもその半数程が領主華族。彼等が処罰されれば、彼等が治めていた土地は領主不在の空白地になる。
大領主がいなかった事が不幸中の幸いだが、それでも国土の三分の一程が領主不在になると言われていた。
これがタルバの混乱を大きくしている主原因である。
王国軍は叛乱騒動で少なくない被害が出たと言うのに、これ以上混乱を広げないため休む間もなく各地に派遣されていく。
その分王都が手薄になり戦後処理に遅れが生じる事となるが、それでも背に腹は代えられなかった。
ここまで数を減らしてしまうと、もはや『純血派』という派閥そのものを維持する事も厳しいだろう。旧魔法国時代から続く長い歴史が、幕を下ろそうとしていた。
「どうしてこうなった……」
ごっそりといなくなった領主華族。その穴埋めとなる新領主候補の筆頭となるのが、タルバの新しき英雄となったオーサだ。
今も手薄となった王都を巡回し、人心の慰撫を任されている。
馬上の彼に道行く人々は歓声を上げ、オーサは手を振って応えている。虚ろな表情のまま。
何故こうなったのか、本人もいまだに分かっていない。
「実際、厚遇過ぎて怖いですね……」
海野が馬を近付けてきて、オーサにだけ聞こえるように耳元でささやく。
なんと、彼を始めとするオーサについてきた十勇士にも叙爵の話が出ていた。
領主不在の穴埋めとして、少なくとも集落領主、場合によっては村領主を任せられるかも知れないという話が出ている。
元々内都でくすぶっていた無役騎士だった事を考えれば、大出世もいいところだ。
「…………ところで、タルラは?」
「何度聞いても答えは変わりませんよ」
話題を変えようとしたオーサだったが、それは繰り返された問い掛けであった。
タルラは安全のため、ソックが内都に連れて行った。その事は既に両家に伝えられていた。
そして、それはオーサにも伝えられている。いい加減諦めろという意図を込めて。
実際、ここから一発逆転は難しいだろう。
タルラは来年の春には華族学園に入学する身だ。王都の混乱はすぐに収まるとは考えにくい。
そうなると危険な王都に戻るより、内都に留まってそのまま入学した方が良いのではないか。そんな話し合いが両家の間で進められていたりする。
そもそもオーサは、新たなタルバの英雄として縁談相手を探している真っ最中だ。
そちらを滞りなく進めるためにも、タルラとは引き離しておきたいというのが関係者の本音であろう。
オーサは思う、決着がついてしまったと。
認めたくない。認めたくないが、心の中でも否定しきれない自分がいる。
「……どうしてこうなった……」
馬上のオーサは空を見上げ、もう一度小さく呟くのだった。




