第298話 一方避難者達は……
「うっわ、おっきい……」
領主邸を見上げてつぶやいたのはアメリア。
今日からジェイ達は、ここに滞在する事になる。
「流石セルツ華族……やっぱタルバって田舎なんだなぁ……」
「そんなに違う?」
「違いますよ、エラ姉さん! タルバ華族の屋敷は、こんなに大きくないですから!」
アメリアは元ストリートチルドレンで、養子入りした高城家もさほど大きな屋敷を持っていない。
そのため華族の屋敷については外から眺めていただけの時期の方が長かった。外観についての方が語れるとも言えるが。
「そ、そうなの……?」
「それは比較対象がおかしくないか?」
タルバに行った事のないエラは戸惑い、そしてジェイはツッコんだ。
「アメリア、都の華族の屋敷と比べてるだろう。比べるなら他の領主邸だぞ」
「おお! 言われてみれば確かに、私他の領主邸とか知らない!」
華族学園入学まではタルバ王都で過ごし、それ以降はポーラ島にいたのだから当然である。
「まぁ、ここのは大きい方だけどね」
そう言うのはモニカ。彼女の言う通り、アルマの領主邸は他領のそれと比べて大きい。
ジェイが領主となるまでは代官屋敷だったが、それでも並の領主邸よりははるかに大きかった。
国内有数の温泉郷で豊かだからというのもあるが、理由はそれだけではない。
「領主邸が小さいとね……温泉宿は、それより小さくしなくちゃいけないの」
城や領主邸の大きさは、その地の支配者としての権威を示すもの。
そのため領民が、それより大きい建物を作ってはいけないという暗黙のルールがあるのだ。
「流石詳しいね」
「ボクもこっちに来て初めて知ったけどね……」
なおアーマガルトには、領主邸より大きい砦が存在する。
しかし、それは砦も領主の物で権威の一部と考えられるため問題が無いケースであった。
「ジェイ、ジェイ」
「どうした?」
「ゴーシュだと『愛の鐘』亭が一番大きい建物でしたよね?」
ジェイ達が実習でゴーシュに滞在した際に、お世話になった宿の事だ。
「ああ、アーロの場合は中央の大神殿こそが権威だからな。小神殿より大きくてもいいんだ」
「なるほど~」
この辺りは国に依る部分が大きく、あくまでセルツではそのような明文化されてないルールがあるという話である。
「……門前で何をやっているのです?」
そこに声を掛けてきたのは『賢母院』ポーラ。領主邸の前まで来たのに、入ってこないジェイ達を見かねて出てきたようだ。
気付けば領主邸前で足を止めていたため、にわかに注目を集めていた。ジェイ一行は慌てて中に入るのだった。
「……なるほど。百魔夜行、それを率いる魔神を倒せたのですね」
ジェイ達はまず、戦いの顛末についてポーラに報告した。
勝利自体は既に伝わっているので、詳しい経緯等がメインである。
なお魔神であればポーラと面識があった可能性もあるが、幸か不幸か彼女はダ・バルトという魔神の事は知らなかった。
「すいません。その戦いの中で古城を破壊されてしまいました」
話がその件に及ぶと、ジェイは深々と頭を下げた。
繁華街の古城は、旧魔法国時代はポーラの居城であり、その後も華族学園の校舎として使われていた彼女と関わりの深い場所だ。
「構いません。あの城が目立つ的とならなければ、ダ・バルトとやらは町を無差別に攻撃していたかも知れないのですから」
しかし、ポーラは気にしていない様子。そこでダ・バルトを倒し、今の華族学園に被害を出さずに済んだ方が彼女としては嬉しいようだ。
「こちらはどうでしたか?」
エラが、その間のアルマの様子について尋ねた。
戦いの余波は無かっただろうが、学生達が避難してくる等こちらも大変だったはずだ。
「そうですね……何組か縁談を進めていました。家に話を通すのはこの後となるでしょうが」
「…………何故?」
なお、ポーラの返答は予想外のものだった。
「戦時において、万が一に備えて縁談をまとめる……よくある話です」
「あら、まぁ……」
一歩間違えればセルツが滅ぶという危機的状況が、吊り橋効果を発揮させたというのもあるだろう。
しかし、それよりも影響が大きそうな要素に心当たりがあり、ジェイとモニカは顔を見合わせた。
「あの~……佐久野君達はどうしてました?」
小さく手を上げ、控えめに尋ねたのはモニカ。
タルバ出身のクラスメイト、ソック=佐久野=タージャラオと、その婚約者タルラ=芽野=ミコットの二人だ。
今ならばタルバの叛乱で活躍し、新たなタルバの英雄となった……なってしまったオーサの兄とその婚約者と言った方が通りが良いかも知れない。
その叛乱に絡んだあれこれでタルラがセルツまで逃げてきたため、彼女も一緒に避難させていたのである。
「彼なら私の補佐をさせていました。タルラもよく支えていましたよ」
「そ、そうですか……」
そう答えつつ、モニカは内心「違う、そうじゃない!」と叫んでいた。
ソックとタルラは既に婚約者同士。しかもタルラは、結構積極的なタイプだ。二人――特に彼女の方が周囲に与えた影響は小さくないというのがモニカの推測だ。
「ああ、色部はいつも通り何やら叫んでましたね」
「……何と?」
「『うらやましい』と」
「あ、いつもの事ですね」
少し呆れ混じりの明日香の隣で、ジェイはガックリと肩を落とした。避難生活への不満かと考えたため、肩透かしを食らったのだ。
「つまり、傍から見ててうらやましいものだったんだ……佐久野君達」
「タルラさんって、結構情熱的と言うか……」
「ていうかタルバからセルツまで~って結構すごいですよ」
エラとアメリアが色々と思い出しながら、納得した様子でうんうんと頷いている。
「まぁ、影響無しって事は無さそうだな」
「それって……何か問題になるの?」
「……家に報告して、そこで問題にならない限りは大丈夫じゃないか?」
「子孫繁栄は良い事ですよ」
「そ、それは気が早いのでは……」
段階をいくつかすっ飛ばしてそうなポーラの言葉に、エラは冷や汗混じりにツッコんだ。
「早くありません。もし、今回の戦いでジェイの身に何かあったら、昴家はどうなっていたと思いますか?」
「そ、それは……ジェイ君の事を信じてましたので」
「では……今回の戦いの犠牲者達の中に、跡取りのいない家はひとつも無かったと?」
「そ、それは……」
そちらについては、誰も断言できない。
南天騎士団の小熊が、そのような理由で後方に回されていた。騎士団はそういう方針だったらしいが、志願して参戦した自由騎士達もそうだったのかは分からないのだ。
「そのような危険は、不意に迫ってくるものです。家を守りたいならば、その事は常に想定しておきなさい」
かくいうポーラ自身も、戦いで夫を亡くした身だ。
それだけに多少の問題よりも、家を守る方を優先して考えるのだろう。
今回の戦いもジェイがいなかったら……と考えると、大袈裟な話とも言い切れない。
たとえば何かしらの理由でジェイがアーマガルトに帰郷していたら……。
彼の参戦が遅れれば、それだけ被害も大きくなっていただろう。ジェイによる足止めも無いと考えると尚更である。
「せっかくの機会です。励みなさい」
「…………はい」
故にジェイ達は、ポーラの言葉に素直に頷くしかなかった。




