第296話 仕事は続くよどこまでも
百魔夜行との戦いが終わった翌日。ジェイが昼頃に目を覚ましてからしばらく経った頃、避難していたエラとモニカがポーラ島に戻ってきた。
「ジェイ~~~!」
獣車から降りてきたモニカが、出迎えたジェイに飛び付く。
まだ完全回復とは言えないジェイだが、それでもしっかりと彼女を受け止めた。
「ダメよ、モニカちゃん。ジェイ君は疲れてるんだから」
「気にするな」
エラがやんわりとたしなめるが、ジェイは笑ってそれを許した。心配を掛けたという自覚はあるのだろう。
二人が避難先から戻ってきたのは、そろそろ夕暮れ時という頃合いだった。
本当はもっと早く戻ってきたかったそうだが、内都も混乱しており落ち着くのを待っていたらしい。
「明日香ちゃんもお疲れさま。家の事は私に任せて」
「そうさせてもらいまふ……」
あくびをしながら応える明日香。ジェイが本調子でないため、しっかりしなければいけないと気を張っていたのだろう。エラの申し出を、明日香は素直に受けた。
「じゃあ、もう少し休ませてもらいますね~……」
そして明日香はジェイの手を引き、二人で彼の寝室に入っていった。
「……ちゃんと休むかしら?」
「さ、流石に自重すると思いますよ?」
エラもモニカも自信無さげだが、大丈夫である。
明日香もそこは流石に弁えていた。それはそれとして離れる気も無いようだが。
一方内都の王城は、この時間になってもまだ戦場だった。
もちろん剣を持っての戦いではなく、ペンを持っての戦いである。敵は山と積まれた書類だ。要するに戦後処理だ。
百魔夜行との戦いは大きな被害を出し、宮廷の面々はその戦後処理に忙殺されているのだ。
夜の間中四苦八苦しながらも未帰還者の数は把握。
夜が明けると、島の繁華街の被害を把握するために騎士を派遣。魔物が残っている可能性を否定できないため、破壊された繁華街を夜間に調査するのは避けたのだ。
そしてようやく繁華街の被害も把握できるようになってきたのが今だ。ここまで宮廷の面々は休み無しである。
なお、陣頭指揮を執っているのはバルラ太后。流石に少年王アルフィルクに徹夜はさせられないと寝かしつけられていた。戦力にならないというのもあるが。
おかげで愛染団長率いる春草騎士団は、この修羅場に巻き込まれずに済んでいる。
もっとも、混乱しているとも言える城内で、自分達だけで少年王を守らなければならないプレッシャーは相当なものだっただろう。
「……報告を」
疲れを隠しきれていないバルラの声で会議が始まった。不機嫌そうに見えるのは、欠伸をかみ殺しているからかも知れない。
集まっているのはバルラ、アルフィルク、愛染、冷泉、武者大路のみ。今回は夜の内に集まった情報を取りまとめて、途中経過を報告するという意味合いが強いため、主だった者だけ集められている。
「騎士団の被害は……」
「無役騎士の被害も大きく……」
耳を塞ぎたくなるような話が続き、アルフィルクは痛ましそうに眉をひそめる。
「少年」に聞かせるのに相応しい内容とは言い難いが「王」としては逃げる事もできない。
「幕府軍に被害は無いようです」
「不幸中の幸いだな……」
主戦場に突入したのは龍門将軍のみで、それ以外は海で百魔夜行の別動隊と戦いっていたダイン幕府軍。怪我人こそ出たものの、戦死者は出ていないとの事だ。
「ただ……」
「どうした? 宰相」
「歓待している暇が無いというのが正直なところですな」
隣国から駆け付けてくれた援軍。歓待しない訳にはいかないが、前述の通り彼等はそれどころではない。
「……誰かいるか?」
「無茶を言わないでください。相手はダイン幕府の征異大将軍ですよ」
ならば誰かに任せられるかというと、候補となれる者がいない。
あえて言うならば少年王アルフィルクが立場的には釣り合うが、残念ながら彼では太刀打ちできないだろう。
さっさと帰国してくれればありがたいのだが、そうもいかないだろう。
ならば、どうするかだが……。
翌朝、冷泉宰相がジェイの家を訪れた。
一日休んだ事でジェイも回復しており、しっかりした様子で出迎える。
「ダイン幕府からの援軍、その歓待をアルマ卿に任せたい」
そして居間に通されての第一声がこれである。
もてなすために魔草茶を用意してきたエラの笑顔が引きつっている。
援軍を歓待する必要があるのは分かる。しかし、それは王家の責任でやるべき事である。一領主に押し付けるものではない。
何か問題が起きた時の責任も背負わせる事になるし、そもそも歓待するための費用の問題もあるからだ。
「お、お爺様。そういうのは一地方領主には荷が重いかと……」
「常ならば、な」
当然、その事は冷泉宰相も分かっている。その上でここに来ている。
「だが、娘に会いに来た義父をもてなすならば問題あるまい?」
「それは、まぁ……」
明日香と龍門将軍の親子関係を理由に押し切ろうという魂胆である。
「では、家族水入らずで……」
「アルマに避難している学生達の帰還と入れ替わりで、アルマで受け入れて欲しい」
押し切ろうという魂胆である。
「親子関係を理由とするならば龍門将軍だけ」とかわそうとしたジェイだったが、冷泉宰相は逃してくれない。
「ハッキリ言おう。現在内都に、ダインの援軍を受け入れる余裕は無い」
更に断りにくくなる情報を上乗せしてくる。
そして、それは真実であった。戦後処理のいざこざで騎士団も動きにくくなるところに他国の軍が居座るというのはよろしくない。
そういう意味でも、内都の外で歓待するというのは間違っていないと言える。
「それに……卿も無関係ではあるまい?」
「……まぁ、そうですね」
ダイン幕府の援軍派遣には、ジェイも関わっている。
援軍が無ければ内都も繁華街と同じように、場合によってはそれ以上の被害を受けていただろうという事で問題にはなっていないが、無関係でない事も確かだった。
ジェイは大きくため息をつく。これは逃げられないと。
「……責任の所在は?」
「卿だけに押し付けたりはせん」
「滞在費用は請求しますよ?」
「構わん。手間賃も上乗せして申告するがいい」
ここまでされると断る事はできない。
「…………分かりました。引き受けましょう」
こうなれば仕方がないと、ジェイはダインの援軍をアルマで受け入れる事を承諾。
アルマでの湯治の予定は、舅とオマケ付きとなってしまった。
なおこの後、冷泉宰相は用意された魔草茶を一気に煽ると、まだ仕事があるとすぐに獣車に乗って帰って行く。
「あれは……お城までの移動時間が貴重な仮眠時間になりそうね」
そう呟くエラ。ジェイはその言葉に同意してうんうんと頷きつつ、走り去っていく獣車を見送るのだった。
今回のタイトルの元ネタは、童謡・唱歌の『線路は続くよどこまでも』です。




