第295話 英雄の目覚め
「ジェイ、ジェイ、朝……お昼ですよ~」
ジェイが目を覚ましたのは戦いの翌日、そろそろ正午になろうかという頃合いだった。
昨日武者大路達と別れた後、明日香にお姫様抱っこされたまま帰宅したジェイ。
帰宅してすぐにアルマの『賢母院』ポーラに勝利を伝えるようにと使者を出したところで、緊張の糸が切れたのか、スイッチが切れたかのように寝落ちしててしまったのだ。
「……やっぱり、もたなかったか」
うっすらと目を開いたジェイは、天井を見上げながらポツリと呟いた。
彼が本調子であればポーラの魔法である『青の扉』を潜って直接連絡する事ができる。
使者を出すよう命じたのは、それができない程に自分は消耗しているという判断であった。
アルマは内都からそれほど離れていない。騎獣を使った使者は、もうアルマに到着しているだろう。避難している者達については、ポーラに任せておけば問題無いはずだ。
「ジェイ~~~っ!」
ゆっくりと身体を起こすと、即座に明日香が飛び付いてきて押し倒される。
受け止めても、支えられなかった。やはりまだ本調子ではないようだ。
だが、動けない程ではない。
ジェイは、明日香に抱き着かれたまま再び身体を起こす。
そしてベッドから立ち上がった。
まだ全快とはいかないが、自分の足で歩ける程度には回復している。
その様子に明日香は目を輝かせ、ジェイの顔を覗き込む。
「ご飯、食べられます?」
「ああ、大丈夫だ」
むしろ、食事もとらずに半日以上眠っていたためか空腹だった。
しかし、食事ができるというのは身体が回復しようとしている証拠でもある。
自分の足で居間に向かうジェイの後ろ姿を見て、明日香は嬉しそうにその後に続くのだった。
「あの後、どうなったんだ?」
居間で席に着いたジェイは、暖かいスープを持ってきた者に尋ねる。
侍女はエラ、モニカと共に避難しているため、持ってきたのは忍軍だ。作ったのも彼等だろう。
少々大雑把ではあるが、味は悪くない。
「近場に避難していた者達は、もう戻っていますね。夜には店を開けている者もいましたよ」
「たくましいなぁ……」
呆れ混じりのジェイは、内心それならラフィアスも大丈夫だっただろうと考えていたりする。
とはいえ繁華街の方は立ち入り禁止になっているようで、戻ってきているのは主に学生街、商店街の住人達のようだ。
「繁華街以外は、明日には皆戻ってこれそうですよ!」
「学生の生活は問題無さそうだな」
繁華街の方は、華族学園では教師の方が利用者が多い。そちらに住居を構えている者もいたはずだ。
「……学園、いつ再開しますかね?」
「時間は掛かるだろうなぁ」
百魔夜行との戦いにおける騎士達への被害、繁華街への被害、それらの後始末だけでも宮廷は今頃頭を悩ませているだろう。
それにタルバの叛乱の件。家が叛乱側に加担していた場合、学生はどうなるのか、という問題もある。
「学生ギルドだけは開くだろうけど」
「ああ、後片づけ」
復興作業等、戦闘以外の役目はいくらでもあるだろう。
「手伝いに行った方がいいですかね?」
立ち上がり、片膝を上げて今にも走り出しそうなポーズをとる明日香。
「いや、休んどけ。そっちは戻って来た人達が行くだろうから」
しかし、ジェイはやんわりと止めた。
避難先から戻って来た学生騎士達が殺到するはずだ。戦いに参加した者達に差を付けられてしまったので、ここで遅れを取り戻すために。
「明日香がそっちに行ったら……龍門将軍も行くぞ?」
「ああ、それはまずいですね」
そうなれば復興作業どころではなくなってしまうだろう。
明日香はすっと静かに座った。
「ところでアメリアは? 逃がしてないか?」
ジェイは、アメリアが逃げるかもと考えていたようだ。
「朝ご飯食べた後、また寝ちゃいましたよ。疲れてるみたいです」
「ああ、昨日の戦いで……」
ジェイ程ではないが、彼女も百魔夜行との戦いでは魔法を連発していた。
「さっき声掛けたけど、寝てました」
「寝かしといてやれ」
焦りもあって加減できなかったため、本人も気付かぬ内に体内魔素を消耗し過ぎたのだ。
ジェイの言う通り、今はゆっくり休ませてやった方が良いだろう。
彼女の扱いは色々と難しい面もあるため、おとなしくしてくれていた方が良いというのも否定できないが……。
「まぁ、今はゆっくり休ませてもらおう」
「アルマで湯治とかいいですねぇ」
「褒賞が出てからな」
その辺りの処理が終われば、自由に動けるようになる。
復興作業には参加しない事になるが、それは他の学生騎士のお役目を取らないという事でもあるので問題は無いだろう。
むしろ魔神との戦いのダメージがそれだけ大きかったのだと納得してもらえるはずだ。
「モニカとエラが戻ってきたら話してみるか」
「いいですねっ!」
ジェイの領地に戻るだけなのだが、明日香的には温泉旅行に行くような気分なのだろう。上機嫌になって鼻歌を歌い始める。
ジェイはその様子を微笑ましそうに眺めながら、心身共に空腹を満たすのだった。
「……龍門将軍は来ないよな?」
「流石にダインに帰ると思いますよ?」
断言できないのが、怖いところである。




