第294話 ……逃さん……お前だけは……
お姫様に抱っこされたまま、人気の無い繁華街を進むジェイ。大勢の騎士達に見られるのは避けたいところだが、身体が動かない事にはどうしようもない。
ジェイ達は武者大路がどこまで退いているか知らないため、龍門将軍が一行を先導する。
なお、彼も武者大路達がどこにいるかは知らないが、気配か何かを感じ取っているのだろう。多分。
そして後方からはラフィアスがついて来ている。殿という訳ではなく、思うところがあるのか明日香達より少々足取りが重くなっているようだ。それでも引き離されてはいないようだが。
「……この辺りは、被害が出てないみたいだな」
「あの像、ここまで来てませんから!」
ジェイの呟きに、明日香はニコニコ顔で答えた。
百魔夜行に勝利できた事もそうだが、ジェイが無事に戻ってきた事が何よりも嬉しいのだ。
テンションは高く、足取りも軽い。それはすなわち速度も出ているという事であり、ジェイの休める時間が短くなる事を意味していた。
「……魔法を極める事と、魔法使いとして強くなる事は別なのか……?」
おのずと足音も大きくなっており、後方のラフィアスの呟きが、ジェイ達の耳に届く事は無かった……。
「像が崩れたのは見えていたが……そうか! 魔神を倒したのか!!」
興奮気味の笑顔を見せる武者大路。周囲の騎士達からも歓声が上がった。
「ウム! 義息子がやってくれたぞ!!」
結局その義息子は、武者大路達と合流しても動けない。
しかし、誰もお姫様に抱き上げられた姿を笑ったりはしない。それだけの死闘だったのだろうと得心した様子だ。
「そうだ、狼谷からも連絡があった。あちらも百魔夜行の撃退に成功したらしいぞ」
武者大路の方からも朗報がもたらされた。
海から内都を狙っていた別動隊の撃退に成功したとの事だ。狼谷団長率いる部隊とダイン幕府の援軍が共闘したらしい。
正確には敵はまだ残っていたが、新魔王像が崩れると同時に散り散りになって逃げて行ったそうだ。操り手であったダ・バルトが滅んだ事で自由を取り戻したのかも知れない。
しばらく海岸沿いは警戒が必要になるだろうが、百魔夜行がそのまま上陸していた時の事を考えれば軽いものである。
セルツを守る戦いは、これで終わったと言えるだろう。
騎士達は皆安堵し、互いの健闘を称え合い、そして生き残った事を喜んでいる。
武者大路だけはその輪に加わっていないが、彼の場合はこの後も戦後処理等が待っているからだろう。ジェイも経験があるため、それは理解できた。
しかし今回はその立場にないため気楽なものである。
「ジェイ、ジェイ、どうします? このままアルマに行きますか?」
「……勘弁してくれ」
疲れ果てているジェイとしては、アルマの温泉で骨休めしたいという思いもある。
しかし、このまま運ばれるのは勘弁してもらいたい。
行くにしても、一旦休息をとって体内魔素を回復させてからだろう。
「ああ、ちょっと待ってくれ」
「どうしましたか?」
明日香とジェイに声を掛けてきたのは武者大路だ。
「申し訳ないが、こちらの処理が終わるまではあまり遠出しないでほしい」
「えっ?」
戦後処理には、参戦者の戦功を定める事も含まれている。
今回の戦功第一位はジェイ、そこに異論のある者はいないだろう。
それだけに褒賞を受け取るまでは、内都かポーラ島に留まっていて欲しいという事だ。
主役不在では式典も行えないため、ジェイが遠出していると戻ってくるまで式典が行えない……なんて事になりかねないのだ。
「式典が終わるまでは、という事ですね」
「ウム、では頼む」
この辺りの大変さはジェイも身に覚えがあったため、島に留まる事について異論は無かった。
「あ、その子逃がさないで」
「ハッハッハッ、任せるがいい!」
「ギャー! 放せー!!」
アメリアはここで逃げようとしたが、ジェイは見逃がさなかった。龍門将軍に頼んで捕まえてもらう。
「タルバの方で家がやらかしたみたいだからさぁ、もうここは普通の女の子に戻ります~って事で……ダメ?」
アメリア的には、もう魔法使い――華族はコリゴリなのだろう。
武者大路とジェイで褒賞の話が出てきたのを聞き、面倒な事になりそうだと判断した彼女は、元ストリートチルドレンの行動力で逃げ出そうと考えたのだ。
「ダメ。武功を挙げたヤツに、褒賞を渡す前に帰られると困るんだよ」
そう、ジェイも経験があった。褒賞を渡そうとしたら、既に帰られていた方の経験が。
これが結構困るのである。活躍しても褒賞を渡さない、ケチ臭いという噂が立ってしまうと、今後の援軍に集まりに影響するという意味で。
「いやー、私なんて大した事……」
「アメリア、大活躍でしたねっ!」
「おいぃ!?」
百魔夜行の魔物達相手に活躍したのは確かだ。これも否定する者はいないだろう。
「魔法使いなんだから、逃げたら余計に面倒くさい事になるぞ」
「…………あい」
アメリアはガックリと肩を落として諦めた。
ジェイの言う通り、タルバの件で更に数を減らしそうな魔法使い。
武功を挙げたフリーの魔法使いを、他の華族が放っておいてくれるとは思えない。
それが理解できてしまうと、一人で逃げる方が危険だと判断せざるを得なかった。
「ああ、君も残るのだぞ」
続けて武者大路には、今にも立ち去ろうとしていたラフィアスにも声を掛けた。
「……タルバに戻りたいのだが?」
「戻るにしても、こちらで武功を挙げたと証明できるものがあった方が良かろう?」
「…………」
不機嫌そうに眉をひそめたラフィアスだったが、立ち去ろうとしていた足は止まっている。
彼は『純血派』であり、現在タルバでの立場は良いとは言い難い。
魔神討伐に助力した功を引っ提げて帰国した方が、タルバ王家と交渉しやすいだろう。彼はそう判断したのだ。
という訳で、ラフィアスも学生街の自宅に戻る事となる。
「ラフィアス、大丈夫か?」
「何がだ?」
「商店街の人も、避難してると思うぞ」
一瞬、ラフィアスの視線が泳いだ。
普段ならば従者なり侍女なりが控えている家だが、一度タルバに帰還した際に、そういう人員も一緒に引き上げている。
そしてタルバからここまでの強行軍は余人がついて来られるものではなかった。
そのため彼は、今日家に戻っても一人。商店街の店も、まず営業はしていない。できる状況ではないだろう。
つまり、食事の用意も自分でしなければいけないという事になる訳だが……。
「…………なんとかなる」
小さく呟いて、ラフィアスは立ち去って行った。
その背に武者大路は「商店街で炊き出しをやると思うぞ~」と声を掛けるが、そういう所にラフィアスが出向くかは微妙なところであろう。
そして龍門将軍だが……。
「将軍には、一緒に来てもらいますぞ」
「……後日という事では駄目か?」
「駄目です。幕府軍を乗せた船が港に到着しているのですから」
こちらはまず、武者大路と共に港に向かう事になった。
狼谷団長と共に入港する、幕府からの援軍と合流するためだ。
その後は、内都の王城に向かう事となるだろう。援軍の責任者として、彼もまた戦後処理にやらねばならない事が山積している立場なのである。
「余は将軍ではなく、援軍に志願した貧乏旗本の三男坊で……!」
「旗本の三男坊が『余』とか言わんでください」
色々と言い訳を試みていたが、武者大路もここで龍門将軍を逃がす訳にはいかない。
そのまま龍門将軍は、武者大路に連れられて行った。
戦後処理が終わればジェイの家に訪ねてくるだろうが、それにはもう少し時間が掛かりそうであった。
今回のタイトルの元ネタはゲーム『ロマンシング サ・ガ2』の有名なセリフです。
これで詰んだという人も結構いるでしょうね。龍門将軍やアメリアが、正にその状況です。




