第29話 山吹色の○○でございます
結局のところ演習の結果は、ジェイ、明日香、モニカ、そして色部の四人が揃って最下位となった。大幅に道を違えたのだから仕方がない。
最後は体力が尽きたモニカを背負ってのゴールだったため、クラスメイトも彼女に合わせたのだろうと納得したようだ。
教師用のルートが別にあるらしく、ゴールではエラも獣車と共に待っていた。
ジェイ達を心配していたようで、姿を確認すると駆け寄り、大丈夫?と声を掛ける。
すると背負われたままのモニカは、力無く手を振って返した。反応する元気はなんとか残っているようだが、今日はジェイが背負って帰る事になりそうだ。
「色部も怪我か。怪我人は獣車で連れて帰るが……人数が多いな」
演習が終わってみると、白兎組からは男子五人、女子三人の怪我人が出ていた。
なお色部以外の男子四人は脇目も振らずに走っていたため、小型魔獣の群に突っ込んでしまったらしい。女子三人は、転んでの捻挫などだそうだ。
ちなみに魔獣との戦闘経験があるというのは、評価としてはプラスである。多少怪我を負ったとしてもだ。そういう意味では、怪我人が出たのは悪い事ばかりではなかった。
問題は、用意していた獣車は六人乗り一台だという事。付き添いの騎士も同行するとなると、詰め込むのも無理がある。
「あの~、女子の方は私が送りましょうか?」
「頼めますか? 学園の方まで」
そこで見かねたエラが、女子三人を引き受ける事となった。
学園の獣車に教師と男子が、昴家の獣車にエラと女子が乗り込む。
「へへっ、悪いねぇ皆!」
窓から身を乗り出した色部が、大きく手を振りながら一足先に出発していった。
残されたジェイ達は、ここから再び歩いて学園に戻る事となる。
「モニカ、大丈夫か?」
「ゴメン、まだ無理……」
モニカはしばらくジェイが背負って行く事となるが、その仲睦まじい様子を見た一部男子が、疲れていそうな女子に声を掛けるケースが何件か起きたのは、また別の話である。
これをチャンスと見たのだろうが、それが婚活狙いなのか、背中に押し付けられる豊かなそれを味わいたかったのかも謎であった。
なお、明日香が羨ましそうに見ていたが、こちらについては、ジェイが「後でね」と一言。今夜は彼女に甘えられまくる事に決定である。
帰り道は、行きほどのしっかりした行軍訓練にはなっていなかった。オードもクラス旗を持っているが、広げずに畳んでいる。
実際行きと同じように行軍しろと言われても、生徒達のほとんどはそんな余裕も無いだろう。雑談に花を咲かせている者も多いが、教師も何も言ってこない。
森の入り口を通り過ぎる頃には、モニカも回復して自分の足で歩き始めていた。
「意外と平気そうだな」
ラフィアスが近付いてきた。モニカを背負っている間は遠慮していたらしい。
「慣れだよ、慣れ。小さい頃から二人で森に行っては、モニカを背負って帰ってくるのが日課みたいなものだったから」
「護衛はいなかったのか?」
「そもそも隠れて行ってたからなぁ」
隠れて魔法の練習をしていた頃の話である。
「森に慣れてる割には遅かったな……何かあったのか?」
ラフィアスの視線が鋭くなった。こちらが本命のようだ。
とはいえモニカの魔法で嘘を見つけましたとは言えないため、詳しくは話せない。
「森番の小屋の方に行ってたんだが、そこで妙な物を見つけたんだ」
そこで小屋に行った経緯は省いて、そこで何を見つけたかについて話す事にした。
例の茶葉について、彼にも意見を聞きたかったところなので渡りに船である。
「香りが弱い茶葉? それはまた高級品だな。森番の報酬は、そんなに良いのか?」
「…………はい?」
しかし返ってきた言葉は、ジェイにとって予想外なものだった。
「香りが弱いという事は、生葉じゃないのか?」
魔草茶は葉を蒸した後に干して茶葉を作るのだが、蒸す前の葉の事を生葉と呼ぶ。
「どうなんだろう? ボクは安いお茶っ葉だと思ってたんだけど……」
モニカも戸惑っている様子だ。この差は、二人が普段からどのような魔草茶と関わっているかの違いにあった。
というのも魔草茶の茶葉は、干す事によって香りが強く、味もまろやかになる。
しかし葉に含まれる魔素は、香りが強くなるにつれて減少していってしまうのだ。
つまり魔素を取り込みたいならば、苦みが強くとも干しが浅い茶葉の方が効率が良い。
夜明け前に摘んだ茶葉を、その日の内に飲むのが一番良いとされる事から、浅く干すとかけて「朝星茶」と呼ばれている。
高級品なのは、日持ちしないため本来なら流通しないものを、特別に手配して注文者に届けているからだ。
一般的に朝星茶は、魔素欠乏症の薬としての意味合いの方が強い。
魔法使いが魔力を増進するためにも有益であり、ラフィアスも実家でよく飲んでいた。
対するモニカは、ラフィアスと真逆だ。
しっかり干して香り豊かになった茶葉も、時間の経過と共に香りが弱くなってしまう。 また生葉の質が低ければ、干してもそれほど香りが強くならず、味もそれなりとなる。 そんな茶葉を安価な茶として流通させていたのが、モニカの実家ジルバーバーグ商会なのだ。だから彼女は香りが弱い茶葉と聞いて、真っ先に安物と考えたのである。
明日香も同じように考えたが、こちらも朝星茶を飲む習慣が無かったのだろう。
つまりはどういう事かというと、どちらも間違った事は言っていないという事だ。
「ハッハッハッ! どうしたのかね卿! 魔草茶の事ならば吾輩を呼んでくれたまえ!」
ここで勢いよく首を突っ込んで来たのはオード。
意外と体力はあったようで、畳んだままのクラス旗を手に元気に踊っている。
「……貴様に何が分かる?」
「分かるともさ! なにせ吾輩の家は、魔草農園を管理する家であるからな!」
「おおっ、すごいですねっ!」
ラフィアスの冷たい視線をものともせず、オードを胸を張って答えた。
明日香が素直に褒めると、オードは「そーだろ! そーだろ!」と豪快に背中を逸らせて胸を張った。あれで倒れないあたり、なかなかのバランス感覚である。
魔草の種が貨幣として使われる事を踏まえると、「実家は造幣局です」と言い換えれば分かりやすいかもしれない。
といっても山吹家の管理する農園だけでセルツで使われる魔素種全てを生産している訳ではないし、作った魔素種を全て自由に使える訳ではない。
しかし、それでも山吹家が王国屈指の資産家である事は間違いなかった。
「確かに魔草茶は香りも大事だが、茶葉を見るならば、まず色だよ! 色!」
オード曰く、朝星茶は茶葉の緑が鮮やかで、干したものは緑が濃くなるとの事。
また干した茶葉は時間の経過と共に緑が抜けていくそうだ。
「ああ、黄色っぽくなるんだよね」
「そうなったら捨てたまえ。いや、そうなる前に捨てたまえ」
実際そこまでいくとほぼ腐っているようなものなので、安全面でもアウトである。
「それで、森番の小屋で見た茶葉はどうだったのだ?」
ラフィアスが問い掛けてきた。オードの実家の話題から変えたかったのかもしれない。
問われたジェイは、目を瞑って思い出す。
棚にならんだ瓶は、くぐもったガラス瓶だったが、色が分からない程ではなかった。
「あの色……どちらかといえば、鮮やかな緑だったと思う」
比較対象はシルバーバーグ商会で扱っていた安価な茶葉の色である。
あの瓶の中身は、朝星茶の可能性が高い。ジェイはそう結論付けた。
「ふむ、それなら朝星茶の可能性が高いな!」
それにオードも同意する。弱くとも瓶の中からでも香りを感じるというのは、新しい茶葉の特徴であるらしい。古い茶葉だと、そうはならないとか。
「でも、瓶は結構な数並んでたよね。あれ全部朝星茶だったの?」
「茶葉ではあったな。朝星茶かは分からないが」
「それが全て朝星茶であれば一財産だぞ!」
「ハッハッハッ! 日持ちしないから、時間限定の財産だな!」
朝星茶の価格を知るラフィアスが驚きの声を上げ、オードが笑う。
そんな二人の会話を聞いていたジェイは、ますます強い違和感を感じていた。
あの瓶の中身が朝星茶だとすれば、やはりおかしい。
好みなのかもしれない。森番という仕事柄、頻繁に買いには行けないのかもしれない。
しかし、日持ちしないものを大量に買い溜めするのはやはりおかしい。
何故そうなっているのか、その理由は何なのかと考えを巡らせた時、ジェイはあるひとつの可能性に思い至った。
「……なぁ、オード。魔草って、魔素が濃いところで育てるんだよな?」
「まぁ、そうだな。育たなくもないが、質は落ちる」
ジェイは振り返り、森があった方を見る。演習場は成長を促すため、魔素が濃い場所が選ばれる。そう、魔草と同じだ。
「もしかして……あの森で密かに魔草を栽培しているんじゃないか?」
ジェイは、声を潜めて言った。
「卿は何を言っているのか、理解しているのか?」
オードも真顔になって問い掛けた。
魔草の栽培とは、すなわち貨幣の鋳造。大罪である。魔草茶どころではない。
しかし、あの狩人騎士が魔草の栽培をしているとすれば、モニカの『天浄解眼』で「森番」の部分だけ赤く光ったのも筋が通るのだ。
確かめなくてはなるまい。ジェイは再び森の方角を見つめるのだった。
今回のタイトルの元ネタは、時代劇でよく聞く「山吹色の菓子でございます」です。
○○に入るのは「茶葉」ですね。




