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第2話 超高速!越境入学

 執務室を出たジェイナスは、廊下を歩きながら何度かため息をついていた。

 母ハリエットの指摘通り、逃げていたかもしれないというのも否定はしないが、やはり心の準備をする時間が欲しい。

 そこでジェイナスは、三人に会いに行く前に少し中庭に出てみる事にした。

 ここで少し、ジェイナスについて語っておこう。

 彼は幼い頃から少し変わったところのある子供だった。妙に生真面目というか、良い子ではあったが子供っぽさに欠けている面があった。

 だが、それも仕方がないだろう。何故なら彼には、現代日本で暮らしていた「前世の記憶」というものがあったのだから。

 何故そんな事になったのか、彼には分からない。

 朧げな記憶の中で命を落とす間際に「もし生まれ変わりがあるなら、ファンタジーな世界で冒険してみたい」みたいな事を考えていた気もするが、それだけだ。

 そんな彼が、自身が転生した事に気付いたのは物心がついた頃。そして同時に、不思議な力に目覚めていた事にも気付いた。

 後に彼はそれが「力ある言葉」、「魔法」と呼ばれる力に似ているものだと知る。

 彼は喜び、その力を鍛え、強くなる事に夢中になった。それが弱冠十三歳にして、龍門将軍を撃退する強さに結び付いたのだ。

 同時に家族からは「修行ばっかりして、それ以外が疎かになる子」という否定したくてもできない評価が下される事になったが……。

 とはいえ彼も女性に興味が無い訳ではないのだ。当時は鍛える方が楽しかっただけで。

 しかし、祖父に代わって指揮官を務めるようになってから話は変わった。

 故郷と家族を守るため、鍛錬と執務が趣味ではなく義務になってしまったのである。 

 このままでは剣戟と爆炎だけが友達の灰色の青春を送る事になってしまう。そう危惧していたところに降って湧いたのが、今回の縁談トリプルブッキングである。


 そんな事情があったため、実はジェイナスもこの縁談を断るつもりは無かった。

 モニカとは知らぬ仲ではなかったし、明日香は父親から色々と聞かされているのかジェイナスに好意的だ。エラは掴みどころがないが、一緒に居て楽しそうな人だった。

 敵国の姫に宰相の孫娘と恐れ多いと感じるのも事実だが、時間が経つにつれて喜びの気持ちがふつふつと湧き上がってきている。

 あの三人を婚約者とし、ポーラ華族学院に入学する。むしろ望むところである。これに不満を漏らすのは贅沢極まりないだろう。

 そんな事を考えながら中庭を歩いていると、窓から手を振るモニカの姿が見えた。

 思わず手を振り返そうとしたジェイナスだったが、彼女がにこやかに手を振っているのではなく、必死に助けを求めている事に気付き、思わず駆け出す。

 ジェイナスが近付くとモニカが窓を開け、彼女だけでなく明日香も顔を覗かせた。

「……何をしていたんです?」

「お話ししてましたっ!」

「うふふ、ジェイナス君の事を聞いてたんですよ~♪」

 悪戯っぽい笑みを浮かべたエラも、ひょこっと顔を出す。

「うぅ、根掘り葉掘り聞かれて……」

 そしてモニカは窓枠に突っ伏し、ジェイナスは部屋の中で何が起きたかを理解した。

 とりあえず、三人とも仲良くやれているようだ。


 明日香達に招かれて、ジェイナスも部屋に入る。もちろん窓からではない。

「先程は失礼しました。事情は家族から聞きました」

「そう……それじゃ次は、私達の事を知って欲しいわ。お時間いただけるかしら?」

 そう言って小さく首を傾げるエラ。何気なく言っているが、それは「縁談を続ける気があるか?」という意思確認でもあった。

 対するジェイナスは、彼女の意図を理解した上で更に一歩踏み込む。

「ええ、王都へ向かう準備を進めねばなりませんが、時間が許す限り」

 するとエラは、表情を緩めて微笑んだ。王都へ向かうのはポーラ華族学園に入学するため。彼にとっては、縁談を進めるどころか成立させる意思がある事を意味する。

 モニカも気付いたようで赤面している顔を上げる事ができずにいる。一方明日香は意味が分からなかったようだが、単純に彼と話せる事を喜んでいた。

「…………良いなぁ」

 そしてジェイナスは、そんな三人を見て和んでいた。


 お互いに縁談を受ける気があると分かると、後はトントン拍子に話は進む。

「つまりは結婚っ!」

「いえ、まだですよ。王国ではポーラを卒業しなければ家を継げませんので、正式に結婚できるのは卒業後です。今は婚約までですね」

「なるほど! 『許婚』ですねっ!!」

 学園卒業までは、ジェイナス、明日香、エラ、モニカは許婚同士という事になる。

 この件に関しては龍門将軍も納得済みで、和平に関しても支障は無い。

「い、許婚……いいのかなぁ、ボクが」

 皆前向きに受け入れてくれたようで、ジェイナスはほっと胸を撫で下ろしていた。

 それから大急ぎで王都行きの準備が進められていくが、これがまた大変であった。

 特に張り切っているのは母ハリエット。自分が入学した頃を思い出しているのだろう。

 華族ともなると入学する学生だけで王都に行くという訳にはいかない。最低でも身の回りの世話をする従者が必要となる。当然、その分荷物も増える事になるだろう。

 国境のアーマガルトでは見かけないが、この時期入学するために各地から王都に向かう新入生一行の姿は、「学生行列」と呼ばれる風物詩であった。

 華族子女は必ず入学させるようにと言っているだけあって、王家が護衛を派遣してくれたりもするのだが、人数が少ないと大した家ではないと思われかねない。

 そのため、自腹を切ってでも護衛を増やすなんて家もあるぐらいだ。

 おかげで王都の騎士達にとっては、毎年恒例の美味しい仕事となっていた。実は冷泉家が用意した護衛も、この派遣された騎士達である。

「やっぱりこう! 大規模な家臣団を連れて、最初にガツンと一発!」

 学生行列で昴家の、ひいてはアーマガルトの力を見せたい。ハリエットの張り切る理由は、その郷土愛の強さにあった。

「ダメだよ、ハリエット。人数は明日香姫とエラお嬢様の護衛と合わせないと」

 そこに水を差して嗜めるのは、父カーティスだ。

「あんた、ノリ悪いわねぇ……」

「いや、方々の面子を潰す訳にもいかないじゃないか」

 その辺りは事前に協議されていた。護衛の数は昴家、幕府、冷泉家で同数にして王都に向かう事が決まっている。

「大丈夫です、お義母さまっ! あたしの護衛を連れているだけで十分過ぎます!」

「そ、それもそうね……って、気が早いわよ、明日香ちゃん!」

 そう言ってきゃいきゃいはしゃぎだす二人。

 しかし、周りでそれを聞いていた面々は、国境を守る辺境伯軍と、長年敵対してきた幕府軍が、足並み揃えて王都に向かう姿を思い浮かべていた。

「……ジェイ、通過するところ全部に先触れの使者を出しておこう」

「はい、本気で寝返ったと勘違いされかねません」

 彼等の心は一つだった。先に気付けて、本当に良かったと。


 善は急げとカーティスは行く先々に使者を出し、ジェイナスは王都に連れて行く家臣を厳選して決める。出発の準備が整ったのは三日後の事だ。

 おかげでその間、ジェイナスは許婚達と語らう時間も取れない程に忙しかったが、代わりにハリエットが将来の娘達と仲良くなったようだ。

「少しぐらい手伝ってくれても……」

「ジェイは王都に行けば、いくらでも時間があるでしょ。それに、あなたは成人したんだから、そういう事も経験していかないと」

 ジェイナスの愚痴を、ハリエットはバッサリと切り捨てた。

 その辺りの準備を本人に任せるかは、各家の教育方針次第だ。全て親がやってしまう事も珍しくはないだろう。

 昴家の場合は、ジェイナスとカーティスの親子共同作業だ。ジェイナスが護衛を選出して、カーティスが華族の集まる場所でも大丈夫な、よく気の付く者を選び出す。

 更に長期に渡って赴任できるか等の確認なども必要だ。三日で済んだのは、まだ早い方だと言えるだろう。

 このような新入生を送り出す家で起きるドタバタ、悲喜こもごも。それらもまた、この時期各地でよく見られる一種の風物詩であった。



 出発当日、朝早い時間だったが、多くの領民が見送りのために集まっていた。

「ジェイナス様、がんばってー!」

「御身体に気を付けてくださーい!」

「嫁三人とかもげろー!」

 一部妙な者も混じっていたが、『アーマガルトの守護者』であるジェイナスが、いかに慕われているかが見て取れる。

 それを見ていた明日香は、自分の夫となる人はこんなに凄いのだと誇らしくなる。

 しばし視線をさまよわせた彼女は、ジェイナスにそっと手を伸ばす。そして指を握るように手をつなぐが、すぐに小さな子供達に見つかって囃し立てられてしまった。

 恥ずかしかったが、それでもジェイナスは手を握り返して離さない。

 明日香はその方が嬉しくて、顔がにやけるのを止められなかった。

「それでは、行って参ります!」

「ウム、気を付けてな」

 ジェイナス達はそのまま挨拶を済ませ、皆に見送られながらアーマガルトを発った。

 そのまま一路西へと進む。ジェイナス達と従者達はそれぞれ別の獣車に、そして護衛達は乗騎に乗っている。獣車とは、飼い慣らされた魔獣に車を引かせるものだ。

 魔獣の種類は家ごとに異なり、昴家の獣車は一頭で車を引ける大きさの、硬質のたてがみを持ったイノシシに似た魔獣が引いていた。


 カーティスの根回しのおかげで道中勘違いされるような事も無く、一行は二つの大きな町を越えて『王都カムート』に入った。

 外縁部の田園地帯、都市区域を抜けて、中枢である『内都』に入る。

 本来この『内都』が王都カムートだったのが、人口増加によって広がっていったのだ。

 一行は内都の役所で手続きを済ませ、学園のある南側の島、ポーラ島に向かった。

「そういえばエラさんって……もう卒業してますよね? ポーラ」

「聴講生で~す♪」

 ジェイの言う通り、彼女は卒業生だ。そこで彼女は正規の学生ではないが、一部の授業への参加が認められる「聴講生」の立場で再びポーラに舞い戻る事にしていた。

「だって、せっかく許婚ができたんですから、一緒に学園に通いたいじゃないですか♪」

「あ、はい……俺も通いたい、です」

 確かに、どうせならばエラも一緒に学生生活を送りたい。

 ジェイナスもそう考えたので、その件についてはそれ以上何も言わなかった。

「あ、冷泉家の屋敷はここにあるんですよね? 挨拶に行った方が……」

「いえいえ、今なら祖父はいますけど、父がいないので日を改めて~」

 しかしエラは、早く行こうと促す。その態度にジェイナスは、何か事情があるのだと判断し、それ以上は追及せずにその日の内に内都を後にしてポーラ島に向かった。

 他の新入生らしき一行もちらほらと見え始める頃、一行は橋に到着する。

 橋の袂に検問所があり、内都でもらった許可証はここで使う。

「あたしの護衛はここまでですね」

「俺の方もですね」

 島に入れるのは内都で許可を得た護衛のみだ。明日香が幕府から連れてきた兵達だけでなく、学生行列という事で連れてきたアーマガルト兵も、ここで引き返していく。

 という訳で島に入る面々だけで検問所を抜ける。

「この先にあるんですね、ポーラ華族学園!」

「そうよ、懐かしいわ~♪」

「うぅ……ボクがポーラの生徒かぁ……」

 真っ直ぐに続く橋、その向こうの島を見て、三者三様の反応を見せる許婚達。ジェイナスはまず「落ち着け、大丈夫だ」とモニカの肩を叩いた。

「それじゃ行こうか」

「はい、ご案内しますね♪」

 そして一行は進み出す。まずは彼等が三年間お世話になる宿舎へと。

 今回のタイトルの元ネタは『超高速!参勤交代』です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 終わってすぐ連載始められる点。 自分はかなり時間空くのよなあ。 [一言] 前作の方でもそうでしたが、今作の方が より作者さんが好きなのか知識的に有利なのかは 分かりませんが、和風色が取り込…
2021/01/06 08:58 退会済み
管理
[一言] こっちも読み始めました。 応援しとります。
[一言] 「もげろ」とか言ったのも転生者なんじゃ?(目反らし
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