第286話 翼はいらない
「足から羽を生やすな!」
氷の壁で防ごうとするラフィアスだったが、放たれた硬質の羽は容易く氷に突き刺さり、砕いた。
しかし、壁の向こうに術者ラフィアスの姿は無い。壁を起点に氷を生み出し、氷に押し出される形で後方に飛んでいた。
押し出されると言うより、氷の塊にぶん殴られたと言った方が正確な勢いだが、その方がマシだという判断だ。
直後、氷の壁に突き刺さった羽が大きな爆発を起こしているので、それは間違いではなかったのだろう。
ラフィアスはそのまま吹き飛ばされ、後方の海に叩き込まれた。
「少年、無事か!?」
龍門将軍の声に、ラフィアスは返事ができないが海面から出した手を振って応えた。
これでは再び足止めする事もできない。ダ・バルトの巨人は、自由になった足で内都に向かって歩き始める。
海から離れると、ラフィアスの氷でも足止めするが厳しくなるだろう。
海水が近くにあるからこその魔法の規模なのだ。離れてしまえば消費する体内魔素の量が跳ね上がってしまう。
「これは困った! 余がやらねばならんな!」
こうなると巨人の足止めができるのは、前方にいる龍門将軍のみ。
彼は巨人の足の甲を駆け上がり、足首を狙う。
斬撃により食い込む刀。しかし、そこで刃が止まってしまい、逆に斬り付けた部分が盛り上がって刀が弾き出されてしまう。
「なんと面妖な!?」
刀と共に飛ばされる龍門将軍は、更に速度を上げて再び斬り掛かる。
今度は振り抜く事ができたが、それによって付いた傷は瞬く間に塞がってしまった。
元々魔物の骸を集め、変形させて形作られた巨人の肉体だ。多少の傷を変形させて埋めるのは容易いのだろう。
ならば、それよりも速く斬り、切断してしまえばいいのかとも考えられるが、残念ながら物理的に刃渡りの長さが足りていなかった。
「お父様、後ろですっ!!」
「もがっ!?」
その時、龍門将軍の背に明日香の声が届いた。
彼女はその言葉と同時にアメリアを砂浜に押し倒した。
「なんとぉ!!」
先程発射された無数の羽が再び浮き上がり、今度は巨人の身体に戻ろうとしていたのだ。
砂浜に倒れた明日香達の頭上を矢のような勢いで羽が飛び、龍門将軍の背中に迫る。
龍門将軍は振り向きざまに刀を振るい、背中に突き刺さろうとしていた羽を斬り払う。
弾かれたそれは、再度襲い掛かろうとはせず、そのまま巨人の方へと戻って行った。
一方ジェイは、巨人の胸辺りまで登っていた。最初に飛び出した胸の穴は、既に塞がってしまっている。
影の矢で巨人の身体に傷を付け、そこに生まれる影を頼りにようやくここまで来た。
同じように影の矢で付けた傷もどんどん直っていくが、断続的に『射』て傷を付け続ける事で落下を防いでいる。
「こっちにも来たか!」
無数の羽が、巨人の身体に戻ろうと迫ってきたのはこの時であった。
とにかく攻撃を逸らそうと登る影を止めて身構えるが、集まった羽はジェイに近付く前に左右に方向転換していく。
何事かと怪訝そうに様子を窺うと、羽が身体の左右に集まっているのが見えた。
何が起きているかは分からない。しかし、後続の羽も同じようにそちらに集まっていく。
ならばとジェイは、巨人の身体を登る事を優先する事にした。何をするつもりかは分からないが、ダ・バルトの本体を止めれば戦いは終わると信じて。
「な、なんですか、あれ……」
再び巨人の身体に集った羽が何をしようとしているのか。それに気付いたのは明日香とアメリアだった。
ジェイでは近過ぎて分からなかったが、遠くで見ている彼女達には分かったのだ。
「もしかして……服?」
そう、集まった羽が巨大の身体を覆い、巨人の衣服となっていく。
一歩、また一歩と歩を進めるごとに森に撃ち込んだ羽も巨人に戻っていき、それによって衣服は裾が伸びて、やがて羽毛で作られた外套のようになった。
と言っても羽ひとつひとつが大きく鋭利な石器のようなものであるため、かなり刺々しい物となっている。
ひとつ言える事は、大きさはともかく飾り気の無い人形のようであった巨人が、それを纏う事である種の威圧感を放ち始めていた。
魔神は身体を傾け、前傾姿勢を取る。
「うぉっと……!」
その動きに振り落とされそうになるジェイだったが、前傾になって生まれた影のおかげで事無きを得た。
身体が大きく震動し、ジェイは動きを止めて振り落とされないように必死だ。
しかし、魔神の動きはそれだけでは終わらない。
「また生えたぁ!?」
アメリアは見た。巨人が再び背中から大きな翼を生み出そうとしているのを。
「どっから出してんのよ、その羽ー! 中身スカスカなの!?」
「アメリア、走りますよっ!」
「ぅぇっ!?」
直後、明日香はアメリアの手を取って走り出した。
父龍門将軍の方を見ていた彼女は気付いたのだ。
「あの巨人……歩きながら、足元の地面を取り込んでました!」
魔神ダ・バルトが魔物の骸を材料に巨人を造ったのは、生きている者は操れないから。逆に言えば、生物でなければ何でも操れるという事だ。
ダ・バルトにとっては大地そのものも材料。大地の上に立っている限り、巨人は無限に翼を生み出す事ができる。
その事に気付いた瞬間、明日香は駆け出していた。
ダ・バルトの巨人は、このまま翼を生み出し、放ち、周囲を蹂躙し、そして取り込みながら内都に進んでいくだろう。
そうなると、真っ先に犠牲となるのは森を越えた先にいる武者大路率いる騎士団だろう。
彼等は魔神が迫れば、内都に近付けないように戦おうとする。しかし、龍門将軍でも斬れない相手だ、足止めにもなるまい。
急いで知らせ、逃がさねばどれだけの被害が出るか分からない。
一秒でも早く防塁に戻らなければ。明日香はその一心でアメリアと共に、もはや森としての体を成さなくなった荒地を駆け抜けるのだった。
今回のタイトルの元ネタはAKB48の楽曲『翼はいらない』です。
魔神ダ・バルトと戦っている面々、皆が言いたい事でしょうね。




