第285話 翼をください
空中には影が無い。ならばとジェイはダ・バルトの巨人に自らの手を伸ばそうとする。
しかし、届かない。距離が離れ過ぎている。
「こうなったら……!」
地面にできる影で、なんとか軟着陸するしかない。そう考えてジェイが地面に視線を向けたその時――
「義息子よ、当たるなよッ!!」
――刀を構える龍門将軍の姿が視界に飛び込んできた。
燃え上がる刀が振るわれ、噴き上がる炎が巨大な火柱となる。
それは落下してくるジェイを掠め、熱波が襲い掛かった。
肌がチリチリと焼ける感覚。しかし、火柱が光源となって巨人の身体に影ができる。火柱を背にしたジェイ自身の影が。
「そこっ!」
その一瞬をジェイは見逃がさなかった。
影から腕が伸び、ジェイ自身と手をつなぐ。影を縮めて巨人の身体に着地しようとするが、落下でついた勢いを殺し切れない。
「おおおぉぉぉぉぉっ!!」
ならばとジェイは、影を起点に振り子のように方向を誘導。落下の勢いを活かして巨人の身体を駆け上がった。
膝あたりまで落ちたジェイは、そこから一気に腰辺りまで登る。
対するダ・バルトはすぐさま波打つように巨人の身体を脈動させて勢いを失わせ、再び足場を崩そうとしてきた。
「させるかッ!!」
しかしジェイも、同じ手は食わない。
進行方向に影の矢を発『射』し、巨人の身体に撃ち込んでいく。
巨人の身体自体は骸の塊なので、これでダ・バルトにダメージが入る事は無い。だが傷付ける事ができれば、傷口に影が生まれる。
二度、三度と足元が弾け飛んで放り出されそうになるが、その度に手近な傷から影を伸ばして落下を防いでいく。
影を使って身体を貼り付け、巨人の身体を登りつつ、落下に備えて巨人の身体を傷付けていく。
全て並行して行っていかなければいけないため極度の集中力を求められる。体内魔素の消耗も激しい。
だが、それを続けなければ落とされる。そうなればまた登り直しだ。
ラフィアス達がどれだけ足止めできるか分からない以上、時間を掛け過ぎる訳にはいかなかった。
対してダ・バルトは、同じやり方ではジェイを振り落とせないと判断したのか、新たな行動を取り始める。
集中して登り続けているジェイは気付けない。しかし、少し距離を取っていた明日香とアメリアが気付いた。
「あれ! あれっ!」
アメリアが指差す先、巨人の肩あたりに明日香は視線を向ける。
「なんか生えてる……?」
そこはやや前傾姿勢になっている巨人の背中、人間でいうところの両肩の肩甲骨辺りが盛り上がり、角らしきものが生えているのが見えた。
角と言っても明らかに頭部より大きい。しかもそれだけでは終わらず、バキバキと音を立てながら枝分かれし、更に大きく伸びている。
「…………羽?」
明日香が呟いた。確かに、形状だけ見れば大きく翼を広げているように見えなくもない。
アメリアは身震いしながら思う。ますます悪魔じみた姿になったと。
まるで鋭利な石器を重ね合わせたような刺々しい翼。視覚的な威圧感という意味では、相当なものではある。
しかし、対になっている翼はどちらも身体と同じ鉱物的な骸で形作られている。とてもではないが飛べそうにない。
形だけの翼を作ってどうしようと言うのか。二人が疑問に思っていると、巨人は大きく翼を広げてみせた。
まさか、その翼で飛べるのか。そんな疑問は直後に吹き飛ばされた。
ダ・バルトは、両の翼から全ての羽を発射した。石器のような羽、百は下らないであろう数を一斉に。
羽一枚と言っても、その刃渡りは人よりも遥かに大きい。そう、刃だ。当たれば全身鎧に身を包んでいたとしても真っ二つだろう。そうでなくても、その質量で圧し潰されてしまうのが容易に想像できた。
進行方向に向けて撃ち出した無数の羽が、流星群のように降り注ぐ。距離を取り、足元から離れていた明日香とアメリアはその範囲内だ。
「危な……きゃぁ!?」
明日香はアメリアの手を引き避けようとしたが、着弾と同時に羽から旋風の刃が噴き出した。想定外の攻撃が、明日香の背中を斬り裂く。
倒れる明日香。アメリアは慌てて彼女を抱き起こす。
「あ、明日香ぁ!?」
「だ、大丈夫です……!」
距離を取っていたおかげか、傷は浅いようだ。
だが、周りを見ると周囲に着弾した羽も同じように大きな被害を出している。
旋風だけではない。炎を噴き出す物、水柱を起こす物、地面を大きく抉る物。
「これ、四騎士……!」
そう、羽一つ一つが四騎士と同じような力を持っている。
まさかとアメリアが振り返ると、背後にあった演習場の森が大きく様変わりしていた。
半分以上の木々が倒れ、吹き飛ばされ、残った木も炎上している。
言うなれば二人の近くに着弾した羽は流れ弾。発射された羽の多くは、森の方に着弾したのだ。
続けて聞こえて来たのは、何かが崩れ落ちる音。
「チィッ!」
大きく舌打ちをしたのはラフィアス。
魔神ダ・バルトは、続けて氷漬けにされていた足首から翼を生み出したのだ。
背中の翼よりも小さいが、数が多い。鋭利な羽が氷を切り裂き、砕く。
そして巨人は、自由を取り戻した足でゆっくりと一歩を踏み出した。
「もう一度!」
氷で足を止めようとするラフィアス。しかし、ダ・バルトも黙ってそれを見てはいない。
足首から生えた翼が、大きく膨れ上がる。
それは背中の翼が羽を撃ち出す直前の動き。アメリアは足首の間近にいるラフィアスと龍門将軍に向けて声を張り上げる。
「に、逃げてぇーーーっ!!」
それは、足首の羽が放たれるのとほぼ同時であった。
今回のタイトルの元ネタは、合唱曲で有名な『翼をください』です。
翼を欲しがってるのはジェイと魔神ダ・バルト両方ですね。




