第283話 ダンジョン・ブレイク
巨大な要塞級そのものを新たな操り人形の材料にしようとする魔神ダ・バルト。
生き物のように蠢く天井や壁。このままでは大質量に圧し潰されてしまう。
そのイメージが脳裏に浮かんだ瞬間、ジェイは必死の形相で声を張り上げる。
「脱出するぞッ!!」
龍門将軍が即座に振り返り、壁を斬り裂く。
斬られた部分がゆっくりと倒れ、それはそのまま蠢く床に沈んでいく。
「急げ!!」
悠長にしていれば、次にああなるのは自分達の足。そう感じたジェイ達は、倒れた壁を足場にして駆け出す。
これでは影世界に『潜』ったとしても、無事に出られる出口となる場所が残るかどうか分からない。とにかく急いで脱出するしかない。
先頭に立つ龍門将軍が、次々に壁を斬り、道を切り開いていく。
それに続くのはアメリアと明日香。足の速さで劣るアメリアでは遅れてしまうため、明日香が肩に担いで駆けていた。いわゆる「お姫様抱っこ」ならぬ「お米様抱っこ」である。
そして後方を走るのはジェイとラフィアスだ。
全速力でいくつもの通路を横切っていく最中、無数の魔物騎士達が床や壁に飲み込まれていく。
担がれた体勢のため後方が見えるアメリアは、ジェイ達二人の後方に助けを求めるように伸びる無数の手が見えていた。まるで地獄に引きずり込もうとする亡者達である。
「うひいぃぃぃぃぃっ!?」
「目をつむっててくださーいっ!!」
アメリアの悲鳴に負けじと、明日香も声を張り上げた。
「後ろを凍らせるか?」
「……止めとけ。妨害にもなりそうにない」
ラフィアスが壁の穴を氷で塞いで追っ手を阻止するかと提案するが、ジェイはそれを止めた。
魔物騎士達は変形する要塞級に飲み込まれようとしていて追い掛けられそうにない。
氷がその変形を妨害できるならやる価値はありそうだが、あまりにもな質量差。無意味終わる事が容易く予想できた。
「おやおや! おやおやおや!」
そう言うと同時に跳躍する龍門将軍。
そのままの勢いで壁に激突しそうになるが、直前に壁をサイコロステーキの如く切り刻んで突き抜けた。
後方のジェイは何事かと眉をひそめたが、次の瞬間床が変形して明日香の足に巻き付こうとしているのが見えた。ダ・バルトが直接的に妨害してきたのだ。
「影よッ!」
ジェイは足元の影を広げ、明日香達を影に乗せて持ち上げる。
そのため明日香はバランスを崩し掛けたが、なんとか堪えた。
変形した床は空を切るが、それだけでは終わらずジェイ達を捕らえようと次々に攻撃を繰り出してくる。
このまま走っていては捕まってしまう。そう判断したジェイは、明日香達を影に乗せた。そして速度を上げ、変形する床を一気に引き離す。
「きゃあぁぁぁぁぁ!?」
「アメリア、舌かみますよーっ!」
急激なスピードアップにアメリアが再び悲鳴を上げた。
対してラフィアスは静かだ。足元の影に視線を向けながら、ジェイが見せていた地面の上を滑るような動きはこれかと、彼の応用力に舌を巻いていた。
「なんで追いつけないんだよ!?」
なお、それだけ速度を上げても、前を進む龍門将軍には追いつけなかった。
床だけでなく天井も変形して彼を捕らえようとしているが、そちらも全然間に合っていない。
どうやら彼は、勢いよく体当たりしながら道を切り開いた方が速いと気付いてしまったようだ。
「む! 光だ!」
何度壁を抜けたか数えるのも億劫になり始めた頃、前方から光が見えた。要塞級の外壁までたどり着いたのだ。
「おお! 絶景かな、絶景かな!」
そして何やら喜んでいるところにジェイ達が追い着く。
「な……なんだこの高さは!?」
そこは想像以上の高さとなっていた。
ジェイ達は全体像を把握できていないが、変形した要塞級は亀のような形を失い、巨人のような形状となっていたのだ。
大きな胴体に比べて手足が細い少々歪なバランスだが、両の足で大地に立っている。
ジェイ達が出たのは巨人の右胸あたり。この位置で既に城より高そうだ。拳を振り下ろせば内都の王城を上から叩き潰せるのではないだろうか。
遠くを見れば学園だけでなく、その向こうに内都も見える。
こんな状況だが、龍門将軍が絶景と言ってしまうのも無理はない。そう思えてしまう光景であった。
「いくら要塞級が大きいと言っても、ここまでの高さになるか?」
「中にいた魔物達も混ぜたんだろうな……」
巨人の肉体もまた、魔物騎士のように硬質な表皮で覆われている。彼等を要塞内に満載にしていたのは、正にこのためだったのだろう。
その時、巨人が大きく揺れた。
ジェイは咄嗟に影を皆の身体に巻きつけて支える。
特に明日香に担がれたアメリアは、バランスが崩れると落ちかねないので念入りだ。
「見てください! 歩き出しましたよ!」
地面を指差す明日香。釣られて視線を向けると、巨人がゆっくりと足を動かし、ポーラ島の大地を踏みしめているのが見えた。
このまま内都に向けて進むつもりだろう。
「逃げろよ、皆……!」
ジェイの言う皆とは、防塁で戦っている武者大路を始めとする騎士達の事だ。
巨人となったダ・バルトは、あの場所からでも見えているはずである。
「奴等では足止めにもならんだろうな」
そう言うラフィアスには魔法使いでない彼等を見下す意図がありそうだが、足止めできない事に関してはジェイも同意せざるを得ない。
「うわわっ! 壁が動いてますよ!」
担がれたままだったアメリアが気付いた。龍門将軍によって穴を開けられた外壁の切断面が痙攣するように動いている事を。ダ・バルトが、胸に空いた穴を閉じようとしているのだ。
「早く脱出した方が良さそうだ」
「ウム! では行くか!」
そう言うやいなや、龍門将軍が飛び降りた。
ジェイは慌てて皆に巻き付けていた影を回収し、龍門将軍はそのまま真っ直ぐ地面に向かって落ちて行く。
流石にこれは予想外だったため、ジェイ達は目を丸くして動きを止めてしまう。
だが、このままでは穴は塞がれ、再び閉じ込められてしまうだろう。
「ハッ! いけません! あたし達も続かないと!」
「えっ!? ちょっ! 待っ……あぁ!?」
アメリアが止めようとするが、明日香はそのまま龍門将軍の後を追って飛び出した。
「にょわあぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
アメリアの悲鳴が小さくなっていく。
流石に地面にダイレクトとはいかず、明日香はダ・バルトの身体に着地を繰り返しながら降りていく。
もっとも、悲鳴を上げ続けるアメリアには大差無かったが……。
今回のタイトルの元ネタは、映画『プリズン・ブレイク』です。
元ネタでは「脱獄」ですが、今回の話ではダンジョンからの「脱出」ですね。




