第280話 趣味の悪いルームライト
影から部屋を覗いて確認してみる。
「これ……玉座か?」
台だと思っていたのは、大きな椅子である事が判明した。
誰かが座っているが、ボロボロのフードを目深に被っていて顔は見えない。
「こいつが魔神ダ・バルトか……?」
更に部屋の様子を見てみると、壁際に謎のオブジェが見えた。
天井からぶら下がり、床には接触していないため、足元しか残していない影世界では確認できなかったようだ。
天井から床近くまで垂れ下がったそれは、解体した魔獣の生肉を吊るしているようにも見える。
しかし、それは半透明のゲル状の塊であり、暗闇の中でぼんやりと光って見える。
天井に近付くにつれて透明感を失い、硬質化していき、付け根の部分は天井と同質になっているように見える。これも要塞級の一部なのかも知れない。
壁際にそれがズラッと並んでおり、放つ光が広い部屋を照らしている。
「ジェイ、ジェイ、あれって魔物……ですか?」
「……魔物のタマゴ、かな」
明日香とジェイが首を傾げながら言う。確かにそのように見えなくもないが、タマゴだとすればカエル系か虫系だと思われる。
中には胎児のように身体を丸めた魔物が入っており、外からもうっすらとその影が見えた。
ジェイ達は、その頭部の特徴的な形状に見覚えがあった。防塁で戦った四騎士達だ。
「あいつら、ここで生み出されていたのか……」
「セルツでは知られている魔物か?」
ラフィアスも頭の形状に気付いたようだ。知らない龍門将軍に、防塁に現れた敵の部隊長格の魔物騎士だと説明している。
「ここで生み出された……いや、改造されたのか……?」
呟くジェイ。そんな魔法が存在するかどうかは知らないが、それならば色々と納得がいくという考えだ。
しかし、それが正しいとすると、四騎士をここで量産できてしまうという事になってしまう。
あの四体は、他の魔物騎士とは格が違った。魔神級とまではいかなくとも、それに近い力を持っていた。
四騎士による軍団が作れるとなると、セルツどころか連合王国全てを手中に収める事も不可能ではないだろう。
ここでけりをつけなければならない相手である。その上で問題となるのは、やはり四騎士達だろう。防塁で戦った四騎士と同等であれば、一体一体が魔神に近い力を持っている事になるのだから。
そしてそれは、影世界から出てダ・バルトと戦う際にも圧し掛かってくる問題であった。
「……よし、行くぞ」
ジェイの言葉に、明日香達が頷いて応える。
幸いこの部屋には光源があるため影世界からの出口となる影には困らない。
それでもあえて、ジェイは玉座の正面に姿を現した。玉座に腰を下ろす魔神ダ・バルトの注意を引くために。
突如現れたジェイの姿に、ダ・バルトのフードがピクリと反応する。その瞬間、ジェイの影から明日香達が飛び出した。
玉座の肘掛けに置かれているダ・バルトの手がピクリと動くが、それ以上の反応は無い。
最も勢いがあるのは龍門将軍。ジェイの右側に飛び出した彼は、壁際に並ぶ魔物のタマゴを燃える太刀で斬り裂いていく。
続けて飛び出したのは明日香とアメリア。こちらは左側のタマゴ狙いだ。特にアメリアは、四騎士達が出てくる前に仕留めたいと張り切っていた。
最後はラフィアス。彼はジェイの背後に出て、この部屋に繋がる通路を凍らせて埋めた。
魔物騎士達が援軍に駆け付けるのを防ぐためだ。魔神ダ・バルトだけを相手にする状況を作る。それが彼等の作戦である。
まず、ラフィアスの行動は上手く行った。
通路を氷が埋めつくしている。視認はできないが、かなりの長さが氷漬けになっているようだ。部屋の中の気温も少し下がったように感じられる。
こうなると部屋から出るのも難しいだろうが、そこは影世界に『潜』れば問題無いだろう。ここは外から援軍が駆け付けるのを防ぐ方が大事である。
「燃えよッ!!」
龍門将軍が刀を一閃させると、炎がゲル状のタマゴを焼き切り、刃が中身を両断。
勢いよく中身が流れ出て、残されたタマゴの上部が萎んだ風船のようになる。
「やはり、つまらん!」
この程度の斬り応えでは、中身が目覚めたとしても敵ではない。
そう判断した龍門将軍はつまらなそう言うが、それはあくまで彼の主観である。
「……ッ! 斬れません!」
明日香も同じように刀を振るうが、こちらはタマゴの表皮を斬り裂いたものの、中のゲルに阻まれて斬る事ができなかった。
「私の魔法も……!」
アメリアの風の刃も、同じような結果となる。
「それなら!」
アメリアは狙いを変えて、タマゴと天井を繋ぐ部分を切断。タマゴは大きな音を立てて床に落ちるが、ぶよぶよした表皮は殻のように割れる事はない。
どうやらタマゴの中のゲル状の物質には衝撃を吸収して中身を守る力があるようだ。
その間、ジェイは玉座のダ・バルトの動きを注視。だがダ・バルトが動くよりも先に明日香側のタマゴが動き始めた。
中の四騎士達が、一斉に自らの手でタマゴの外皮を破り、這い出てくる。
半分は既に龍門将軍が真っ二つにしていたが、残り半分が身体にゲルをこびり付かせたまま次々に立ち上がってくる。
「うひいぃぃぃ!?」
その不気味さに、アメリアが悲鳴を上げた。
対して明日香は声を出すよりも先に手近な一体に近付き、四騎士の細い腰を斬り払う。
「よしっ! タマゴが無ければ、防塁の奴より脆いです!」
笑顔でもう一体に斬り掛かる明日香。
通路を凍らせたラフィアスも駆け付け、四騎士に攻撃を仕掛ける。
そして龍門将軍は部屋の奥、ジェイから見て玉座の向こう側のタマゴから出てきた四騎士達に狙いを定めたようだ。
この間ジェイは、玉座のダ・バルトを警戒していたが動きが無い。
ここまで無反応なのはおかしい。そう判断し、ジェイは自分から攻撃を仕掛ける。
魔神相手に手加減はしない。果敢に踏み込み、ダ・バルトの腹に黒炎の『刀』を突き立てようとする。
「なっ……!?」
だが次の瞬間、玉座に座っていたボロボロのローブが崩れ落ちた。『刀』は空を斬り、玉座を貫く。
崩れ方が普通ではなかった。ジェイはすぐさまローブを掴んで持ち上げる。
「……無い?」
想像以上に軽い手応えに、ジェイは勢いよく手を上げてしまう。
先程までは何者かが着用している膨らみがあった。しかし、今はそれが無くボロ切れのような薄っぺらいローブだけがジェイの手の中にある。
もしや玉座の中に潜り込んだのか。そう考えたジェイは『刀』で玉座を一刀両断するが、中に隠れるようなスペースは無かった。
どこへ行った。ジェイは内心焦りつつダ・バルトの姿を探す。
キョロキョロと辺りを見回していたジェイは、一瞬違和感を感じた。
何事かと注意深く観察すると、四騎士達と戦う明日香の背後、床に倒れた四騎士の一体がビクン、ビクンと痙攣するように動いている事に気付いた。先程明日香に一刀両断にされた個体だ。
次の瞬間、強力な磁石同士がひとりでに動いてくっつくように、蠢いていた上半身と下半身が勢いよく繋がる。
そのまま死んでいたはずの個体は勢いよく立ち上がり、そして他の四騎士達と戦う明日香の背に襲い掛かった。




