第278話 もしもし亀よ、亀さんよ
龍門将軍によって黄煙は一掃され、要塞級への侵入を阻むものはいなくなった。
先頭に立って突入しようとする龍門将軍を手で制し、影を伸ばして暗闇の中を探りながら、一行は要塞級の内部へと突入する。
「これほどの大きさの魔物がいるとは……」
入る直前に、その巨体を見上げたラフィアスが呟く。
「余も初めて見た! 『死の島』には、このような魔物が他にもいるかと思うと……実に面白い!!」
高らかに笑う龍門将軍に、皆は「どこがだ!」と内心ツッコんだのは言うまでもない。
亀と呼ぶには大き過ぎる、恐竜のような前足を駆けあがり、背中の甲羅に開いた穴から内部に入る事ができる。
中は通路のようになっており、奥へと進む事ができそうだ。
どうしてこういう構造になっているかは分からないが窓相当の穴が開いており、今見える範囲では日の光が入っていて明るい。
「く、くちゃい……」
数歩進んだところで、アメリアが鼻を摘まみながらぼやく。
ラフィアスも口にこそ出さないが、わずかに顔をしかめていた。
甲羅の中はジメッとしており、足元を見れば無数の窪みに水溜まりができている。
潮の香りも感じなくはないが、それよりも生臭いという言葉が一行の脳裏を占めていた。
「魔物の体内だからな……」
ジェイはそう言いつつ口元を手で押さえようとしたが、それでは手が塞がってしまうと気付いてその手を下ろす。
我慢できない程ではない。そう判断し、一行はそのまま歩き出す。
「これは……外周か?」
最初は一本道だが、真っ直ぐ奥に続いてるのではなく甲羅の淵に沿ったカーブの道が続いている。
道なりに少し進んだところで奥から水音が聞こえて来た。
「……来ますよっ!」
真っ先に気付いた明日香が刀を構える。
そう、これは水溜まりの上を何かが走る音だ。一つや二つではない。集団でこちらに向かってきている。
「やっぱり、中で待ち構えていたか!」
「便利な奴だな!?」
ラフィアスが身構えながらツッコむ。
確かに要塞級は、兵を率いて攻め込むために生まれたような魔物と言える。
そのために生み出されたのではないか。考えられる可能性はいくつかあるが――
「ほうら、来たぞ! 来たぞ!」
――迫り来る魔物の集団と、嬉しそうな龍門将軍の声が、その思考を中断させた。
姿を現したのは、防塁でも戦った魔物騎士達だ。
外見が全身鎧姿の騎士に似ているためそう呼んでいるが、実際は甲殻がそのような形状となっているだけで鎧を纏っている訳ではない。
武器も盾も、手に持っているのではなく、四騎士と同じように腕の先端がそういう形状になっている。
この魔物に関しては、金属鎧よりも硬い甲殻を突破できるかどうかが問題となる。
「突っ切るぞ!!」
しかし、ジェイ達一行は特に問題無い。それができない者は、元より連れて来ていないのだから。
魔物騎士の数は多く、通路の奥までひしめき合っているのが見える。しかし、通路の幅が限られているため、同時に戦える数が限られる。
延々と戦わせて疲弊させるのが目的と考えられる。足を止めれば、相手の思うツボだ。ここは一気に駆け抜けるべきだろう。
先に駆け出したジェイ。龍門将軍が即座に追い付き並走する。
明日香はアメリアと共に走り、ラフィアスが後方を警戒しながら続く。
「ムッ! 横道だぞ、義息子!」
龍門将軍の言葉に視線を奥に向けると、直進する道と、右折する道に分かれているのが見えた。敵は双方の道から来ている。
「とにかく中心部に向かう!」
一瞬の逡巡があったが、ジェイはすぐさま決断を下す。
このまま真っ直ぐ進んでも甲羅の外淵部分を進んで行くだけだし、考えても正解は分からないのだ。
ならば間違っている可能性も考えた上で、とにかく中心に近付ける方向に進むという事だ。
一行が右折すると、選ばなかった直進側から来ていた魔物達が後方から追跡してくる形となる。
それを相手にするのはラフィアス一人だ。
「あたしも下がりましょうか!?」
「……いや、問題無い」
そう言ってラフィアスが腕を振るうと、後方の通路が分厚い氷の壁で塞がれた。
魔物騎士なら氷を砕く事もできそうだが、引き離す時間は十分に稼げるだろう。
そのままいくつかの分岐路を通過する一行。
外からの光は届かなくなっているが、天井や壁がぼんやりと青白く光り、薄暗いが視界は確保できている。
ジェイと龍門将軍が通り抜けた直後に、横道から魔物が飛び出してくる事もあったが、明日香の刀とアメリアの魔法が撃退している。
「フム……いっそ壁を斬って進むか?」
龍門将軍が、ふと提案をしてきた。
今のところ運良く行き止まりにはたどり着いていないが、いくつもの分岐路を通過した事で自分達が今どちらを向いているかが分からなくなってきている。
それならば壁を斬って、真っ直ぐ進んだ方が良いのではないかという事だ。問題無く斬れるであろう彼ならではの提案である。
後方に視線を向けると、アメリアが息切れし始めていた。ラフィアスも無理をしている様子が窺える。
どこに隠れていたのか疑問に思うほど、次々に押し寄せてくる魔物騎士達。休みなく戦い、走り続けているのだから無理もない。
確かに、このままではジリ貧だ。一度休息を取る必要がある。問題が無い訳ではないが……。
しかし、このまま進み続ければ、まずアメリアが力尽きるだろう。
背に腹は代えられない。ジェイは少しスピードを落として明日香達と並ぶ。
「うえぇぇぇぇっ!?」
そしてそのままアメリアを抱き上げた。いわゆるお姫様だっこである。
突然の事に目を白黒させるアメリア。ジェイはそれを他所に明日香達に「気を付けろ、落ちるぞ!」と警告して『影刃八法』を発動。一行全てを影に『潜』らせた。
衝撃に備えて身構える面々。
「……?」
しかし、何も起きない。
「これは、移動した……のか?」
身構えていた龍門将軍も、不思議そうに辺りを見回している。
「お父様、これはジェイの魔法で……」
壁や天井の光が白に変わっている。色の無いモノクロの世界、影世界。魔法は問題無く発動したのだ。
「おい、落ちるってなんだ?」
しかし、ジェイが想定していた事が起きていない。
抱き上げていたアメリアを下ろしたジェイは、壁をコンコンと叩きながらラフィアスの疑問に答えようとする。
「ここは俺の魔法で生み出した空間なんだが、生物は再現できないんだ」
「……なるほど。前の敵も後ろの敵も消えているな」
ラフィアスの言う通り、前後の通路は誰もいなくなっており、水音も聞こえない。
それがおかしいのだ。
「どうして再現されてるんでしょうね? 要塞級」
明日香が首を傾げる。
そう、ジェイが想定していたのは要塞級も再現されずに足場が無くなる事。落ちるぞと警告していたのは、影世界の地面に落ちると考えていたからだ。
アメリアを抱き上げたのもそのためである。息切れした状態の彼女では、上手く着地できず負傷は避けられなかっただろう。
問題は、その想定通りに進んでいない事。
現実はご覧の通りである。これが意味する事はひとつだ。
「つまり……この要塞級は魔物、いや……、生物ですらないという事か?」
ラフィアスの言葉に、ジェイはコクリと頷いた。
明日香は不思議そうに周囲を見回し、龍門将軍は不思議そうに壁に触れている。
「…………」
そしてアメリアは、ただ一人衝撃を受けて無言だった。
突然のお姫様だっこ。彼女には刺激が強過ぎたようで、その顔は真っ赤になっていた。
今回のタイトルの元ネタは、童謡『うさぎとかめ』です。
亀かどうかも怪しくなってきましたが。




