第275話 もう全部将軍一人でいいんじゃないかな
「他愛も無い!」
一方その頃、海上での戦いでは龍門将軍が圧倒的な強さを見せつけていた。
百魔夜行も数が多いため全滅とはいかないが、五隻の小型船に近付く事すらできていない。
そして龍門将軍自身は傷ひとつついていなかった。魔物達は彼のスピードにまったくついていけていない。
そうこうしている内に、ダイン幕府軍本隊が到着。小型船とは比べものにならない、見上げる大きさの戦船だ。しかも、それが三隻並んでいる。
弓を構えた武士達が並ぶ甲板を見上げながら、狼谷は幕府はどれだけの軍を動かしたのかと驚きを隠せない。
ただ親切心で助けに来た訳ではないだろう。そもそも百魔夜行の情報をどこで知ったのか。
そこまで考えた時、狼谷はこれだけの援軍を呼べそうなのはジェイと明日香ぐらいしかいない事に気付いた。
幕府と情報のやり取りをできる者なら他にもいるだろうが、普通に考えればダインからここまで援軍を間に合わせるには、相当な早さで援軍を出す必要がある。
それができる、いや、させられるとなると、それこそ龍門将軍の娘と義息子、すなわち明日香とジェイぐらいだっただろう。
「来たか! 攻撃開始だ!!」
その命令に合わせて、三つの戦船から無数の矢が放たれた。
戦船は百魔夜行の前に立ち塞がる位置を取り、狼谷達の小型船に代わって壁となっている。
そして龍門将軍自身は、再び海面を駆け回り始める。
矢の雨の中を、意にも介さず走る龍門将軍。そして、他のダイン武士達は皆船上から弓で攻撃している姿を見て。
「……やはりアレは特殊な例なのだな」
龍門将軍個人がおかしいのであって、ダイン武士は同じ人間なのだなと、狼谷は密かに安堵するのだった。
「回り込め! 側面から攻撃を仕掛ける!」
それはともかく、狼谷は次の命令を下した。
三隻、二隻に分かれて百魔夜行の左右から攻撃を仕掛け、百魔夜行を包囲する形を取るのだ。
「フハハハハハ! でかした! その位置が良いぞ!!」
同時にそれは、龍門将軍に足場を用意するためのものであった。
戦船では、海面から甲板までが少々高いのだ。もちろん龍門将軍であれば容易く飛び乗るだろうが、それによって速度が落ちてしまう事は否めない。
その点、小型船ならばその心配は無用だ。速度を落とさず駆け回っている。それどころか、三角飛びの要領で徐々に速度を上げているように見えるのは気のせいではあるまい。
南方を見れば、無数の魔物の影が見える。まだまだ戦いは続くだろう。
しかし、先程までの絶望感はもう無い。
「お前達、気を緩めるなよ!」
「了解!」
この安堵感は、かえってまずい。そう判断した狼谷は、船上の騎士達に喝を入れた。
それを横目に見ていた龍門将軍は、唇の端を上げて小さな笑みを浮かべると、更に速度を上げるのだった。
一方、仮設防塁の方でも戦いは続いていた。
四騎士を倒したとはいえ、百魔夜行はまだ途切れていない。
だが、徐々にだが攻撃は散発的になってきている。ジェイが自由に動けるようになった事で、魔物の数を減らす速度が一気に上がったのだ。
これに疲労しているとはいえラフィアスも加わったのだから尚更である。
「ジェイ、ジェイ、少し休みましょう!」
「そう……だな」
明日香に声を掛けられ、辺りを見回すジェイ。
魔物の数が少なくなっている。今ならば一息つく事もできるだろう。
明日香達も一緒に防塁に戻ると、そこにはアメリアだけでなくラフィアスの姿もあった。疲労もあって、ここで砲台に徹していたようだ。
「フゥ……僕も少し休ませてもらおうか」
「私も~……」
ジェイ達が戻ってきたのを見て、ラフィアスとアメリアもひと息つく。
その場にへたり込むアメリアと比べて、ラフィアスは姿勢も崩れていないが、体内魔素はかなり消耗している。
今は懐から取り出した魔素結晶を黙って握りしめ、少しでも体内魔素を回復させようとしているようだ。
「……今の内に聞いておきたいんだが、タルバの方はどうなっているんだ?」
「ああ……潰してきた」
「どっちをですか?」
サラッととんでもない事を言うラフィアスに対し、明日香は首を傾げて尋ねた。
「もちろん、未熟者共の方だ」
「もう少し具体的に……まぁ、いいか」
今度はジェイがツッコんだ。
ラフィアスがそう言うという事は、潰した相手というのは『純血派』であろう。
『純血派』の暗躍を許したタルバ騎士達も未熟と言えば未熟だが、そもそもラフィアスは魔法使い以外の事など意に介さないだろうという事をジェイは知っていた。
詳しく話を聞いてみるとラフィアスは当初、家の関係で『純血派』側としてタルバの叛乱に参戦していた。
しかし『純血派』側の首謀者達は、ラフィアスの逆鱗に触れた。
例の魔神刀を使って魔神に到達しようとしていた件だ。
「研鑽が足りんまま魔神になってどうする!?」
「落ち着け」
元々今回の叛乱には乗り気でなかったが、その件でラフィアスは首謀者である大重達を完全に見限った。
万が一にも使用されないように魔神刀を奪い、大重達を捕らえてタルバの王国軍に突き出してきたそうだ。
「後は、王国軍の連中でもなんとかなるだろう」
その後ラフィアスは、最後まで見届ける事なくここまで急行してきたとの事だ。
「……南の『死の島』から何が来るのか知ってるのか?」
「…………魔神と聞いている」
忌々し気な様子で答えるラフィアス。
「これを良しとするような奴だ。大した奴じゃないさ」
柄に収められた魔神刀を握りしめている。
坊主憎ければ袈裟まで憎しと言うが、正にそれだ。魔神刀に関わっているというだけで、ラフィアスにとっては軽蔑の対象となるらしい。
「ん……まぁ、今回の百魔夜行を率いているのが魔神なのは確定って事で」
「それは間違いないぞ。そうでなければあいつらがおとなしく従うものか」
あいつらと言うのは、大重達の事である。『純血派』が素直に格上と認めるもの、それが魔神である。
ジェイにとって重要なのは、百魔夜行に明確な指揮官がいるという事。
それを討てば、百魔夜行は終わる可能性が高い。
戦いを終わらせる道筋が見えた。
後はどう進むかだと、ジェイは瞳を閉じて呼吸を整えつつ考えを巡らせるのだった。
今回のタイトルの元ネタはマンガ『時空英雄 仮面ライダー』を元にした有名なネットミームの一種です。




