第273話 舞い降りる刀
「な、なんなんだあの魔物は……!」
「『アーマガルトの守護者』と互角に戦っている!?」
周りの騎士達が呻くような声を漏らす。
『魔神殺し』であるジェイが勝てない魔物。彼等にとっては絶望でしかない。しかも同格と思われる魔物が更に三体いるのだから尚更だ。
その呟きを聞き逃さなかったジェイは、内心失敗したと舌打ちしていた。
ジェイと風騎士、一見互角の戦いをしているように見える。しかし、実態はそうではない。
圧倒的にジェイの攻勢であり、風騎士は防戦一方となっている。
色違いのように見える四騎士だが、その能力は両極端。炎と土が攻撃型だとすれば、水と風は守備型なのだ。
しかも同じ守備型でも水騎士は激流で押し流して敵を接近させないのに対し、風騎士は身に纏った旋風が、魔法を撃ち込んでも受け流してしまう。
ジェイの『刀』は当たれば一撃必殺だが、旋風が消し飛ばされながらも本体への直撃を許さない。
更に魔素を込めれば強引に突破は可能だ。
それを実現するには、一時的にでも魔素を増やすか、時間を掛けて魔素を貯めるか。
しかし前者はその術が無く、後者は風騎士の疾風の双剣が、その隙を作らせてくれない。
そのためジェイは、いかにして隙を作るかという戦いを強いられている。
負けはしない。だが、勝つには時間が必要となる。他の三騎士が野放しになっている現状では、最悪とも言える相性だ。
一番手近にいた風騎士ではなく、他の三騎士から狙うべきだった。そう考えてしまうのもやむなしである。
明日香も目の前の敵と戦いながら、時折チラチラと歯がゆそうにジェイの戦いを見ている。
実はここまでに何度か助太刀に入ろうとはしていた。彼女は力関係を正確に分析し、少しの時間を稼ぐ事ができればジェイは勝てると考えていたのだ。
しかし結果は……旋風によって一刀両断するはずの太刀筋が滑り、逸らされてしまう。
即座にジェイがフォローに入らなければ、明日香はバランスを崩して無防備になったところに風騎士の一撃を食らっていただろう。
それでも気を引く事さえできればと何度も試しているが、風騎士には全く通じなかった。まるで明日香の存在を、いや、ジェイ以外の全ての存在を感知していないかのように。
明日香は脅威足り得ないと判断したのだろうが、それにしても徹底している。
その様は、生物というよりも機械。まるでプログラム通りに動くロボットのようだ。そう感じたのは、前世の記憶を持つジェイだけであったが。
こうなればと、ジェイは影世界に『潜』らせようとしたが、風騎士は僅かに身体を浮かせている上に、纏った旋風が足元まで伸びた影を相殺してしまう。
「他の影もダメか!」
出力が足りない。ジェイにはそう感じられた。
こうしている間にも他の三騎士による被害は増えていき、土騎士が防衛陣地に近付いている。
「本当に厄介な相手だよ、お前は……!」
思わず口にしてしまう。
目の前にいる敵はロボット、言い方を変えれば操り人形のようなものだと考えているが、それでも口にせずにはいられなかった。
多少の被害を出してでも、風騎士から離れて他の三騎士に対処すべきか。そんな考えが頭をよぎるが、すぐに振り払う。
それを実行した時、一番被害を被るのは間違いなく明日香。ジェイにはそれが分かってしまうのだ。
このロボットのような四騎士は、周囲の脅威度を測っているのだろう。今風騎士が明日香に見向きもしないのは、より大きな脅威であるジェイが近くにいるからと考えられる。
つまり、今ジェイが風騎士から離れた場合、次に狙うのは間違いなく明日香だ。
それでも信じて明日香に任せるべきか。そうとも考えるが、刀が風に逸らされる様を見てしまった以上、どうしても躊躇してしまう。
明日香に押し付けるような真似はやりたくない。しかし、やらざるを得ないという状況にジェイは苛まれる。
「これを使え!」
その時、ジェイに向かってある物が投げ込まれた。
一瞬声がした方に視線を向けたジェイは、風騎士の剣を避けると同時にそれを受け止める。
それは木製の鞘に納められた短刀。木製の柄には第三の眼を持つ角の生えたドクロが彫り込まれている。
その三つ目に魔素結晶が嵌め込まれているのを見た瞬間、ジェイはそれが何であるかを理解した。
声の主を確認する事なく、ジェイは風騎士に向かって一歩踏み込む。
その即断に、双剣での迎撃は間に合わない。風騎士は旋風を強めて魔法を相殺しようとする。
次の瞬間、三つ目の結晶が光を放ち、黒炎が一閃。風騎士の上半身が宙を舞った。
右腕は上半身の方に残っているが、左腕は胴体と共に両断されており、ボトリと地に落ちる。
そしてワンテンポ遅れて、下半身がぐらりと揺れて倒れ伏した。
一瞬の決着、戦場が静まり返る。
「ぅ熱っ!!」
それを破ったのは、静寂を作った張本人ジェイであった。
勢いよく地面に叩き付けたのは投げ込まれた短刀。今は魔素結晶の輝きは失われ、刀身も柄も全てが黒く焼け焦げて煙を上げている。
それはタルバの『純血派』が準備していた魔神刀。
魔法使いを魔神へと覚醒させるそれは、そのために必要な魔素が込められているのだ。
それに気付いたジェイは、それを一気に引き出して魔法の威力を高めたのだ。その結果が、黒炭と化した魔神刀である。
それを投げ込んだのは……。
「この程度の魔物風情に情けない」
「……相性が悪かったんだよ」
再び掛けられた声に、ジェイは振り返る。
そこには水騎士の激流を全て凍らせた氷の上に立つ一人の男、ラフィアスの姿があった。
氷は既に彼の背丈よりも大きくなっており、水騎士はその中で氷漬けにされている。文字通りの封殺である。
「すまんな。さっきの短刀、ダメになった」
「構わんさ。捨てにくくて困ってた物だ」
自分で使う気は毛頭無い。しかし、本来なら資格の無い者が、魔神刀を使って魔神に到達するのは許せない。そんな思いから回収してきた代物なので、安易に捨てる事もできなかったのだ。
ここに来るまでに処分していなかった理由はひとつ。魔法も駆使し、休む間も惜しんで、北のタルバからここまで強行してきたからだ。
氷の上で涼し気な顔をしているラフィアスだが、その実彼は疲れ果てていた。
一方海の方でも、助太刀に駆け付けた者がいた。
「フハハハハ! 手紙ひとつで余を使おうとは良い度胸ではないか!!」
そこに現れたのは、ダイン幕府を統べる男。龍門征異大将軍輝隆。明日香の父、すなわちジェイの義父。防衛の準備中、ジェイがモニカに頼んで手紙を送った相手は彼であった。
船にも乗らず、文字通り海上を駆けて現れた彼は、壁になろうとしていた小型船と、百魔夜行の間に滑り込んだ。
そして赤熱する太刀で魔物達を次々に斬り裂いていく。
そのまま真っ直ぐ群を突き抜けた龍門将軍は、跳躍して狼谷達の船に飛び乗った。
「ど、どうしてここに……?」
「戦いの気配を感じてな!」
呆然と尋ねる狼谷に対し、龍門将軍は振り返る事なく答えた。
実はダイン幕府は、ジェイからの援軍要請を受けて、普通に船に援軍を乗せて送り出していた。
しかし航海中に龍門将軍が戦いの気配を察知。船では間に合わないと判断し、そのまま海上を走って駆け付けたという訳だ。
「では、今一度駆けるとするか!」
そう言うやいなや、海に向かって飛び立つ龍門将軍。そのまま海を駆け、百魔夜行に斬り込んでいく。
「……ハッ! 全船に通達! 龍門将軍の足場を維持するのだ!!」
一瞬遅れて我に返った狼谷は、この好機を逃してはならぬと慌てて指示を飛ばすのだった。
今回のタイトルの元ネタはアニメ『機動戦士ガンダムSEED』のサブタイトル「舞い降りる剣」です。




