第27話 貧者の行進
校門に集まった後は、クラスごとに分かれてクラス旗を先頭に演習場に向かう。
先頭で白兎組のクラス旗を掲げるのはオード。一番有名であろうジェイに持たせようという意見も出たが、身長がある方が見栄えが良いとジェイが押し切ったのだ。
「知らねぇの? 地方の華族が内都に来た時だけ、行進に加わる仕事があるんだぜ?」
入学から一月ほど経ったが、やけに行進の訓練が多い。そんな疑問を口にしたジェイに対し、前を歩いていた色部が顔をこちらに向けつつ答えた。
要するに内都に来る際に、臨時で騎士を雇って軍勢を多く見せているのだ。
昴家ではあまり縁の無い話だが、やっている家は結構あるらしい。
見栄で軍勢を多く見せかけようとしているだけあって、報酬も見栄を張って多めになる事が多いため、内都の無役騎士達にとってもおいしい仕事であるとか。
「なるほど、パレードの練習でもあるのか」
「かもなぁ」
行進中に話していいのかという問題もあるが、教師は何も言ってこない。
というのも既に商店街は抜けて街道に入っているからだ。町の人達の目がある時と同じようなノリで行進を続けていては、戦場にたどり着く前に疲れ果ててしまう。
「とりあえず南の繁華街までは、喋ったりしても大丈夫だぞ。ただし、声は控えめにな」
締めるところは締めて、気を抜くところは抜く。従軍経験の多いジェイは、その辺りの空気を弁えており、上手くクラスメイトを誘導していた。
そして一時間近く歩き続けたところで、ようやく校外演習場に到着する。そこは草生い茂る野原だったが、少し先が森の入り口になっている。
その野原には数十人の騎士が待ち構えていた。教師はジェイ達に休んでおくように言うと、彼等の下に近付いて行く。
モニカを始めとする半分ほどが草の上にへたり込む。
オードは胸を張って仁王立ちしているが、無理をしているのが丸分かりだ。
「ここからが本番なんだから、今は休んでおいた方がいいぞ」
「ムッ、そ、そうかね?」
ジェイが声を掛けると、やはり無理をしていたのかその場に座り込んだ。
平気そうにしているのはジェイ、明日香、あと意外なところで色部である。
「無役騎士の仕事って体力勝負なのが多いからなぁ、ガキの頃から鍛えてるぜ!」
騎士団入りなどを目指すのではなく、無役騎士として上手くやれるように立ち回る。
それもひとつの華族の生き方なのかもしれない。
「おっ、このクラスは余裕がありそうだな」
生徒達の様子を窺っていた騎士の一人が、そう言って笑った。
半分ほどへたっているので、あくまで「比較的」の話である。
「アーマガルトの嫡男がいるからな」
「ああ、そりゃ基本は分かってるか」
教師の愚痴に、別の騎士が苦笑する。本来の予定では、慣れない行軍で疲れさせ、へとへとのまま演習させるはずだったのだが、ジェイのせいで少し緩和されてしまった。
家の都合で従軍経験を積んだ新入生。数年に一人ぐらい現れるタイプだ。
「あの獣車で来たのは?」
「例の聴講生」
そして遅れて獣車でやってきたエラは、本気で初めて見るタイプの卒業生であった。
そんな彼女は日傘を差して優雅に見学の態勢である。
「よし、休憩終わり! 全員整列!」
それはともかく、こういう時は休憩時間の長さで調整するのがお約束である。
教師は不意打ち気味に声を掛けて生徒達を集めた。
「今日の演習は、森林踏破を行う!」
目の前の森の中にあるゴールまでたどり着けば合格という演習だ。
華族というのは領地・領民を守るものだ。そのためには魔獣と戦う事も珍しくない。
地方領主達は、魔獣討伐のために山や森に出向く事は多いため、その辺りが得意な人に婿入り・嫁入りしてほしいという需要が存在している。
そしてそれは、内都暮らしの華族では学ぶどころか向き不向きすらも分からない事だ。
逆に領主華族では分からない事もあり、ポーラでは早い内にその辺りの適性を調べる事になっていた。
「この演習の成績が良いと、地方領主に婿入り・嫁入りする時に便利だぞ」
「マジで!?」
俄然やる気を出す色部。他にも目の色を変えている者達が何人かいる。
そう、これは生徒の婚活をスムーズに進めるためであるのだ。
ラフィアスはそんな面々を冷めた目で見つつ、挙手して教師に質問する。
「ところで、そちらの騎士達は? 妨害役ですか?」
「いや、お守り役だ。今回はお前達の能力を確かめるのがメインだからな」
どれだけできるかも分からないのに、いきなり森に放り出したりはしないという事だ。
当然騎士達も、魔獣討伐等で実績のある者が選ばれている。華族子女を預かっているだけあって、その辺りはしっかりしていた。
ちなみに家臣の力を借りるのも有りだ。実はポーラの演習は、その時だけ無役騎士を雇うのもアリだったりする。
生徒達に森の地図が配られる。目印となる大きな木や泉のおおまかな場所だけが描かれた簡素な地図だ。ゴールは森を抜けた先、島の南端にある岬らしい。
「姿が見えなくても、騎士達が近くにいる。何かあった場合は声を掛けなさい」
ギブアップも受け付けるとの事だ。
こうなってくると、大勢の視線が一点に集まってしまう。そう、ここでも頼りになりそうなジェイに。
「いや、引率はしないぞ。能力を確かめるための演習なんだから」
しかしジェイは、皆の助けを求めるそれをバッサリと切り捨てた。
色部がすぐさま食って掛かる。
「なんでだよ!? 友達だろぉ!?」
「能力確認のためなんだから当然だろ。下手なヤツが来て、迷惑を被るのは領民だぞ」
「ド正論んっ!!」
領主華族の跡取りであり、軍の指揮官としての経験も有るジェイは、評価通りの能力を持たない者に来られても困るというのがよく分かっているのだ。
「まぁ、ひとつアドバイスするなら……」
「はい、よーいスタート!」
ジェイが何か言い掛けたところで、それを遮るようにスタートの合図をされた。
「うおぉぉぉぉ! 負けねえぞおぉぉぉぉぉッ!!」
直後に絶叫と共に飛び出す色部。他にも数人が駆け出した。彼等の担当であろう騎士達も、その後を追って行く。それを見て他の面々も、足早に森に入って行った。
あっという間にほとんどの生徒が森に消えていき、後に残ったのはジェイ、モニカ、明日香とその家臣達。それに三人の担当であろう騎士達。そして教師と見学のエラだ。
「……先生、わざと遮りましたね?」
「白兎組だけ有利になり過ぎるのも困るからな。ちなみになんて言おうとした?」
「走って行こうとしてもゴールまでもたないぞ……って言おうとしたんですけどね。初めて来た森に、それ以上の事は言えませんよ」
「それぐらいなら、まぁ……?」
しかし、その前に全速力で駆け出して行ってしまったのが若干名。他の者達も、それに釣られてしまった。
すぐにバテて気付くだろうが、評価的には少しマイナスである。
これが早足程度であれば問題は無いのだが……。
「一応聞いておくが、そっちの二人が残ったのは?」
「許婚ですからっ!」
ジェイと腕を組んで、元気よくそう答えたのは明日香。
人頼りというのは評価的にはマイナスなのだが、彼女は辺境伯夫人になる事が決まっているようなものなので、評価自体あまり気にしてなさそうだ。
それよりもジェイと一緒にいる方が大事といったところか。
「ボクは自分を知ってるんで……」
森を駆け回れる程の体力は無い。モニカはそれを身をもって知っていた。
彼女は幼い頃からジェイの魔法の練習に付き合っていたのだが、その練習場所というのが近郊の森だったのだ。隠れてやるには、そこ以外の選択肢が無かったとも言う。
何より森のような場所は町中よりも空気中の魔素が濃い。そういう意味でも森は、魔法の練習向きの場所だった。
「さて、遅れ過ぎないように行くとするか」
「がんばってね~♪」
ひらひらと手を振るエラに見送られながら、ジェイ達もゆったりした足取りで森に入って行く。三人の騎士も、教師に一礼してその後に続いた。
中は木漏れ日が差し込む、心地良い森だった。
しかしよく見ると、舗装されている訳ではないが、ここが道なのだろうと分かるスペースが有る。そのためジェイは、美しいが「管理された森」だと感じた。
「魔素が濃そうだな……」
「身体を鍛えるなら、魔素が濃い方が良いですよっ!」
明日香が木漏れ日を見上げながら言った。
彼女の言う通り、魔素が濃いとトレーニングの効率も良くなるため、あえてそういう場所を選んで演習場にしているのかもしれない。
あまり危険な魔獣の気配は感じないが、これぐらい魔素が濃いとまったくいないという事はないだろう。
ジェイが明日香を見ると、彼女も同じように考えていたようでコクリと頷いた。
モニカは森歩きに慣れているとはいえ、戦闘に慣れている訳ではない。二人で彼女を守るように動く事にする。
「それにしても皆、どこまで走って行っちゃったんでしょう?」
「もう少し進めば休憩中のヤツに会えると思うが……下手に体力があるヤツがいたら、ついて行く騎士が大変だろうな」
ジェイはチラリと、後ろにいる騎士を見てみる。いざという時の護衛も兼ねているのか皆チェインメイル装備である。
彼等は当然助言などはせず、基本的には黙ってついて来るだけのようだ。
「行くぞ、モニカ」
そう声を掛けたジェイだったが、モニカからの返事は無かった。
彼女は地図とにらめっこをしながら首を傾げている。
「……どうした?」
近付いて地図を覗き込むと彼女も気付いたようで、ジェイに顔を近付けると、騎士達には聞こえないよう、耳元で小さく囁いた。
「ねえ、ジェイ……この地図……赤く光ってる部分がある。嘘が描かれてるよ」
モニカの魔法『天浄解眼』。それは書面上に書かれた文章の間違っている箇所が、使用者にだけ赤く光って見える魔法である。
という訳で『(体力的に)貧者の行進』でした。
今回のタイトルの元ネタは、黒人霊歌、ジャズのタイトル『聖者の行進』です。