第271話 風騎
あと一日時間があれば……。
そんな願いも虚しく戦いは待ってくれない。
この時点で既に狼谷は精鋭を連れて港に向かっており、ジェイは砂浜で回収した騎士達の骸を武者大路に引き渡しており、彼等は後方の町に移送されている。
移送を担当したのは、リタイアを決意した学生騎士達だ。武者大路曰く、役割を持たせて下がらせる事ができたのは不幸中の幸いとの事だ。
ジェイも、明日香達と合流していた。幸いにも彼女とその侍女、そしてアメリアは無傷だった。アメリアは体内魔素の使い過ぎか、少々顔色が悪いが。
忍軍は怪我人のみだったが、アルマ軍の東軍騎士は何人かの犠牲が出てしまっていた。
「怪我が重いヤツは?」
「学生騎士達と共に退かせております」
なお、退いた者はほとんどいない。多少の怪我だと残って戦う事を選んでいる。
無茶をしている事は否めないが、ここで退く事はできないのだ。
「あと退いた者の中で戦槌を持っていた者は置いていってもらいました」
親衛隊には戦槌等が有効だという情報も伝わっており、騎士達は予備の武器に持ち替えていた。
「ああ、予備が少しはあるみたいだぞ」
「あたしは必要無いですね~」
なお明日香は、斬ろうと思えば斬れるとの事。
そして百魔夜行が森を抜け、平原に姿を現した。
空には人面鳥の群。地には親衛隊が前衛に立ち、騎士団は後ろに控えている。
親衛隊よりも騎士団の方がひと回り大きく見え、炎、風、水、土を模した兜の四騎士は更に大きな身体をしている。
防衛陣地までまだ距離があるが、魔物達が動き出したら接敵するまでさほど間は無いだろう。
「『騎士団』か、言い得て妙だな……!」
鎧兜を身に着けているかのような姿に、見た者は皆、確かにあれは「騎士団」という呼称が相応しいと納得する。
「しかし、こうして見ると……」
「ああ……」
そして改めて親衛隊を見る。その異形な姿は不気味な歪さがあるが……。
「た、大した事ないんじゃないか?」
騎士団の魔物達と比べると、大した事がないように見えてしまう。
「こうして前に出てきてるんだ『親衛隊』なんかじゃないさ」
「そうだな! せいぜい『雑兵』だよ『雑兵』!」
最前線に立つ騎士達が「親衛隊」ではなく「雑兵」だとはやし立てる。
海岸で戦った親衛隊と強さは変わらないだろうが、そう言い聞かせる事で自分を奮い立たせようとしていた。
人の言葉は理解できないのか、百魔夜行側は特に反応を見せる事もない。
騎士団の中でも一際大きい四騎士、その中の炎騎士が手にした剣を掲げる。
いや、正確には手と剣が一体化しており、手の先端が剣のような形状になっている。やはり騎士に似ているが、そのものという訳ではない。
炎騎士がその切っ先を振り下ろしたのを合図に、百魔夜行は突撃を開始する。
「来ました、団長!」
「撃てぇっ!!」
武者大路の号令に合わせて一斉に矢が放たれる。
接敵するまでのわずかな間にいかに数を減らすかの勝負だが、矢が飛ぶ先は主に空の人面鳥である。雑兵と呼び名を改められた魔物でさえ、矢では歯が立たないからだ。
魔法使いであるジェイとアメリアは、前衛として突っ込んでくる雑兵達を狙う。
「アメリア、足を狙え」
「わ、分かった!」
接敵を少しでも遅らせるためだ。
特にアメリアの風の刃は、広範囲の雑兵の足を薙ぎ払う事ができる。
それを食らった雑兵が転び、後続を巻き込ませる事で時間を稼ぐのだ。
「というかあいつら、手足バラバラで浮いてるのに足をやられると転ぶんだね」
「それぞれ独立して動けるなら、人の形をしている必要ないからな」
鋭利な手足だけでなく胴体も含めて自在に飛び回った方が余程手強い敵となるだろう。
それをしないという事は、何かしらの不可分なつながりが存在するという事だ。
「要するに転ぶと」
「それだけ分かれば十分だな」
そう言いつつ、ジェイも影を操り次々の雑兵を転ばせていく。「切断」という面では風の刃に及ばないため、相手の足を止めるという方法で。
全力で走っている集団、その先頭が転べばどうなるかは明らかである。
ドミノ倒しになっていく雑兵。最初に倒れた者達は後続に押し潰されていく。
響く甲高い破砕音。頑丈な身体をしている者同士のぶつかり合いだ。これだけで倒せた者もいるかも知れない。
そのおかげもあって、人面鳥の群が先に接敵。空からの攻撃と言えど、地上と連携していなければ騎士達も十分以上に戦えていた。
とはいえ雑兵も、その背後の騎士団も、さほど間を置かずに追い付いてくる。
「アメリア! 狙いを人面鳥に切り替えろ!」
「えっ、う、うん!」
接敵すると、風の刃による広範囲攻撃はかえって危険だ。そうなる前に攻撃対象を切り替えさせる。
「明日香、突っ込むぞ!」
「お供しますっ!!」
そしてジェイ自身は明日香達を連れて雑兵の群に吶喊。
「まずは、あの緑の頭……風騎士を狙うぞ!」
淡い緑の身体、吹き荒れる風を表しているであろう鎧兜。不定形のものを表現しているせいか、全身鋭利に尖っている印象を覚える。
腕先の剣は炎騎士ほど大振りのものではないが、こちらは左右の腕が剣状に伸びている二刀流である。
「ひと回り大きいヤツですねっ!」
「ああ、あれが一番近い!」
騎士団の中でも頭ひとつ飛び出しているため、よく目立っていた。
できれば四体とも相手にしてやりたいが、相手もここまでジェイ一人にいいようにされたのが分かっているのか、四騎士は分散して攻めてきている。
ジェイは四騎士だけ影世界に『潜』らせて単独で戦う事も考えた。
しかし、影世界からこれから乱戦になるであろう戦場を窺いながら戦うのは難しいため、このまま一体ずつ狙って行くと決断する。
当然雑兵と騎士団が立ち塞がるが、そこは正面突破である。
それは言わずとも通じるようで、明日香は前に出て風騎士までの道を切り開く役となる。
「セイヤァッ!!」
通りすがりざまに刀を一閃、雑兵の胴体を片腕ごと真っ二つ。その見事な一太刀に、戦いの最中だと言うのに周りから感嘆の声が上がる。
明日香はそこで足を止めずにそのまま更に前進。ここまで前のめりだと側面に隙ができそうだが、そこは侍女が上手くフォローしていた。
おかげでジェイも、風騎士の動きを注視する事ができていた。
まだ距離があるというのに、風騎士が剣の両手を高く掲げる。
何か仕掛けてくる。そう思考するよりも先に、ジェイは反射的に魔法を発動。影を立ち上がらせるように伸ばし、一瞬にして明日香と風騎士間に影の盾を作る。
直後、暴風の塊が直撃。影の盾は散り散りになって霧散した。
身体で受ければ、そのまま粉々にされてしまいそうな威力だ。盾を出現させた場所が離れていた事が良い方向に働いた。
「やはり魔法が使えるのか……!?」
魔法で作られた影をこのようにできるという事は、暴風も魔法、あるいはそれと同じように魔素を使った攻撃という事になる。
ただ幸運な事に、その暴風は味方をも吹き飛ばし、風騎士とジェイ達の間に誰もいない空白を生み出していた。
すぐに閉じてしまうであろう「道」。ジェイはその隙を逃さない。
「このまま突っ込む!」
『影刃八法』を発動させ、影の『刀』を手に、ジェイは風騎士に向かって駆け出すのだった。




