第269話 影の軍団( )
「影を搏つ『幻』よ……!」
その言葉と共にジェイの影が枝分かれてして伸びていく。
それらの影が立ち上がり、瞬く間に形を変えてジェイと同じ姿へと変わった。
幾人ものジェイは一斉に攻撃を開始。魔物達は迎え撃とうとするが、その攻撃はジェイの身体を素通りしてしまう。
「……ッ!?」
何が起きたか分からず、驚き動きを止める魔物達。当然だ、彼等が攻撃したのは実体の無い影なのだから。
影刃八法の『幻』、その名の通り相手に『幻』影を見せる魔法。影の大蛇のようにただ形を真似るのではなく、本物と区別が付かない立体映像を作り出す。
これはジェイ以外『幻』かどうかの区別がつかないため、周りに味方がいればかえって危険になりかねない代物だ。
今は敵の進行を妨げるため、集団で殿に残っているように見せかけている。
当然『幻』なので、影のジェイ達は攻撃する事はできないが……。
「『射』ァッ!」
驚き、動きを止めた隙を、本物のジェイは見逃がさない。すかさず影の矢が魔物達を『射』抜いていく。
「さあて、時間を稼がせてもらうぞ」
カニ、エビ、ヤドカリのような魔物達はともかく、親衛隊や半魚人はそれが『幻』である事には気付いた。
しかし、どのジェイが本物なのかはもはや分からない。
彼等はとにかく前進しようと手近なジェイに攻撃を仕掛けようとするが、そうやって動く事が影の矢を『射』る隙を生み出していた。
この場にいる魔物達は、誰も気付いていなかった。
既に『幻』も『射』も、この場に破棄された武具や倒れた騎士や魔物達の影から生み出されており、本物のジェイはとうに影世界に『潜』っている事に……。
「さて……あいつはどう出るかな?」
ジェイが影世界から様子を窺うのは要塞級。もうすぐそこにまで接近してきている。
彼が殿に残ったのは、いくつか確認しなければならない事があったためだ。
まず、百魔夜行を率いているのは本当に要塞級なのか。それとも要塞級の背に乗る魔物達の中のどれかか。
「……中って選択肢もあるのか」
海岸に接近してきた事で、第三の選択肢がある事が分かった。
巨大な亀の姿をした要塞級だが、その甲羅は元々そうなのか彫り込まれたのかは分からないが、中に空洞があるようだ。
中がどうなっているかまでは分からないが、ジェイの位置から見える範囲でも窓のような隙間から魔物が顔を覗かせているのが分かる。
言うなれば要塞級は、砦を背負っているようなものであった。
そして確認しなければならない事がもうひとつ。
その瞬間、影世界に影響は無いが、覗き見る表の世界が大きく揺れた。
要塞級が砂浜に激突し、乗り上げたのだ。
問題はその後である。要塞級は太く短い手足を蠢かせているが、その場から動かない。
「……なるほどな」
答えが出た。
ジェイは遠目にその巨体を見た時からもしやと思っていたが、案の定である。
その巨体が重過ぎるのだろう。要塞級はその重さ故に地上を進む事ができないようだ。
「あれ、海に戻れるのか?」
短い手足の動きを見ると、難しそうに思える。何かしらの魔法のサポートが必要なのかも知れない。
だが、これも推理材料のひとつだ。
要塞級が陸上でも悠々と進めるような魔物ではないという事は、この百魔夜行を率いる者はあくまで要塞級を移動手段として考えているのだろう。ここからが本番と考えている可能性が高い。
ここに接岸し、内都――かつての魔法国の王都へと攻め上がる計画であろう。
そのための戦力は、あの要塞級の中だ。本命の魔物、おそらくは魔神も。
ここまでの戦いから分かる通り、百魔夜行は漠然と移動する魔物の群ではない。統一された意志の下に動いている。
強い魔物をリーダーとして従うというのはある話だ。魔物を操る魔法というのもあるかも知れない。
しかし、これだけの規模のものが動かせるとなると、もはや魔物でも魔法使いでも魔神に到達していると見ていいだろう。
つまり百魔夜行を率いる者は、ほぼ確定で魔神であると言える。
逆に言えば、その魔神を倒せば百魔夜行は率いる者がいなくなり、散り散りになって逃げて行くだろう。逃げた魔物も危険だが、百魔夜行のままよりかはマシなはずだ。
『影刃八法』の『刀』ならば、魔神を滅ぼす事ができる。
ならばとジェイは、このまま要塞級の中の魔神を探して討つべきだろうか。影世界に『潜』ったまま忍び込めば不可能ではない。
しかし、その思考は中断されてしまった。要塞級から降りてきた魔物達の姿によって。
遠目に親衛隊と同じだと思われる体表。大きく異なるのは節くれだった歪な棒状だった親衛隊と異なり、新たな魔物は全身鎧を装備した騎士のような姿をしている事だ。
その数は百や二百ではきかない。全て鎧のような姿で、傍目には騎士大隊が城から出陣しているように見える。
その中でも一際身体が大きいものが四体。他が黒ずんだ色をしているのに対し、その四体は鮮やかな色で光沢も帯びている。
ただし、その鎧の形状は実に禍々しい。特に兜――頭部が特徴的であり、身体が大きい事もあってよく目立っていた。
「ん~……まさか属性か?」
特に目立つ派手な真紅の騎士。ジェイはその頭部の形状が燃え盛る炎のようだと気付いた時、他の三騎士がそれぞれ水、風、土を表している事に気付いた。
「ただの形なのか、或いは……」
ジェイはそう呟きつつも、たとえば炎を吐く等各属性に基づいた攻撃を繰り出してくる可能性を考えていた。
ジェイにとってはもはや懐かしい前世――主にゲームの記憶である。
更に海からはタコ頭、半魚人、親衛隊。空からは人面鳥、黄煙が群を成して近付いてくる。要塞級が接岸して止まったため、後方にいた魔物達が前に出てきたのだ。
ここまで戦ってきたのが百魔夜行前方の半分だとすれば、今集結してきているのは後方の半分。
おそらく要塞級の守りに一部は残すだろうが、残りは北上して内都を目指して進軍するだろう。
問題は、ジェイが要塞級に侵入した場合、この集団を足止めする者がいなくなる。
「…………いや、今はダメだな」
今、この場で潜入する事はできない。ジェイはそう判断せざるを得なかった。
北に目を向けると森が見える。
この海岸と町の間、島の南方に広がる演習場にもなっている森だ。
森の中ならば影には困らない。
狼谷団長達を無事に撤退させて戦力を損なう事なく、極天騎士団が用意している次の防衛線を固める事ができれば、ジェイが単独で動く事もできるようになるはずだ。
「となれば、やる事はひとつ……だな」
視界の端に映った魔物の動きを見て、ジェイはパチンと指を鳴らした。
それを合図に、砂浜に倒れていた騎士達の骸が一斉に溶けたように消えていく。
魔物達の目には、そのように映っただろう。人を食うのか、今骸を拾い上げようとしていた半魚人にも。
ジェイが影に『潜』らせ、影世界に回収したのだ。
「勇敢に戦った騎士達を……お前達の餌にはさせんぞ」
せめてその身体だけでも無事に家族の下に返してやりたい。
ジェイは全ての騎士を回収し終えると、後方の森に向けて影世界を進むのだった。
今回のタイトルの元ネタは時代劇『影の軍団』です。
そしてタイトルの( )の中に入るのは「幻」です。




