第268話 波打ち際の大混戦
ジェイが放つ影の槍が、次々に魔物達を貫いていく。
特に背に魔物を乗せている亀を狙っていく……が。
「……マジか」
しかし、見た目が鉱物に近い親衛隊は、亀を倒した後も水面に浮いていた。
見た目よりも軽いのか、それとも別の力なのか。とにかく沈めて倒すという訳にはいかないようだ。
泳ぐ動きがたどたどしいので、時間稼ぎぐらいにはなったかも知れないが。
一方、一部の学生騎士が逃げ出した砂浜だが、そこまでの混乱は起きていない。
というのも、逃亡した学生騎士は三分の一ほど。予想よりも少なかったのだ。
「君らも逃げていいんだぞ?」
「ハッ! 冗談はよしてくれ!」
獅堂は残った学生騎士の中でも特に目立っていた。
今は剣を鞘に納め、誰かが投げ捨てて行った戦槌を拾って親衛隊相手に振るっている。
「瘤の部分が殴りやすいぞ!」
「ほう、それは良い情報だ!」
それを見て、周りの騎士も真似し始める。鈍器系の武器を持つ者はそのまま殴り掛かり、手近に放置された鈍器がある者はそれを手に取る。
また鈍器が無い者は側面から来る半魚人を、そして弓を持つ者は引き続き空の敵を相手にする。
こうして役割分担する事で、彼等は辛うじて戦線を支えていた。
「我々も前に出るぞ!」
ここで狼谷団長は、弓隊を守っていた騎士も前線に出す決断を下した。
「思っていたより戦えている……が!」
現状は、想定していたよりも戦えている。
明日香、アメリア、獅堂を中心とした学生騎士の活躍も小さくないが、何よりも『アーマガルトの守護者』ジェイが上陸する数を減らしてくれているのが大きい。
実に頼もしい、未来を担う若者達だ。
だからこそ、ここで死なせてはならない。
狼谷が前線に出ると決めたのは、彼等を守るためでもあった。
騎士達は戦えている。親衛隊とも。
多くの者は二対一になるよう立ち回っているが、一部の腕利きは一対一で戦っている。その一部の中に明日香と獅堂が混じっているのは流石としか言いようがない。
しかし、それでも疲労は蓄積していく。
疲れ果てた者が後方に下がり、またある者は隙を突かれて魔物の一撃を食らってしまう。
徐々にだが、戦える人数が減ってきていた。
残って戦っている者も、皆疲れを隠せない。呼吸が荒く、顔を青くしている者もいる。
追い詰められている。前線で剣を振るう狼谷の脳裏に「撤退」の二文字がよぎった。
そして、その瞬間が訪れる。
「あ、あれ! あれぇ!!」
真っ先に気付いて、悲鳴のような声を上げたのはアメリア。
彼女は空を指差すと、サッと屈んで仮設防塁の陰に隠れてしまう。
狼谷が海を見ると、そこには途切れる事なく砂浜に接近してきている親衛隊の姿があった。
ただし、正面だけではない。砂浜から見て右側からも親衛隊が接近してきていた。
死島防塁の者達も親衛隊とは戦っていない。そう、右側の親衛隊は削られる事なく健在だったのだ。
タコ頭と半魚人は数を減らしてきているが、ここにきて親衛隊が倍増する事となる。
狼谷はチラリとジェイがいる方に視線を向ける。本人の姿は見えないが、砂浜からでも分かる影の大蛇の蹂躙劇だ。
彼の力で左側からの敵と、中央の半分ほどが押さえられている。右側も押さえてくれと言ったところで、左側を抜けてくる数が増えるのがオチだろう。
「退くぞ! まずは学生騎士からだ!!」
ここが限界だ。狼谷は撤退を決断した。
「俺はまだ……!」
「戦える内に退くのだ!!」
獅堂が撤退を嫌がるが、狼谷が一喝。
明日香はと言うと、こちらは既に忍軍に自力で撤退できそうにない者達を助けるよう指示を出していた。
その切り替えの早さは実に頼もしい。狼谷は満足気に頷く。
「学生騎士達を頼みますぞ」
そしてアルマ軍の騎士に、彼等の撤退を任せた。
「…………分かりました。これを」
「かたじけない!」
アルマ軍は援軍、ここで最後まで残って戦うのは南天と極天の役割である。
言われた騎士もそれは理解しているので、先程まで振るっていた戦槌を狼谷に託した。
「我々は殿だ! 未来の希望を守る、誉れの役目であるぞ!!」
一人の南天騎士は、足元に倒れる同僚の手から戦槌を取り高々と掲げた。
「百魔夜行、何するものぞッ!!」
「ここが死に場所だぁっ!!」
「やぁってやるぜぇッ!!」
彼の雄叫びに呼応するように、親衛隊と戦い続ける他の騎士達も次々に吠える。
勇気を奮い立たせ、死への恐怖を振り払うように。
「この戦いの目的は、極天が防衛準備を整えるまでの時間を稼ぐ事! この戦い、我等の勝利だ!!」
「応ッ!!」
犠牲を払いながらも作戦目標を達成したという意味では間違っていない。
「未来の希望である学生達を無事に撤退させられれば完全勝利だッ!!」
「おぉーーーッ!!」
言いながら、狼谷は思わず口元が緩んでしまう。
我ながららしくないと思うが、同時に年甲斐もなく興奮してしまっている。
ある意味「死」に酔っているとも言えるが、今はそれが丁度良かった。
「行くぞぉッ!!」
「うおおおぉぉぉぉぉーーーッ!!」
興奮が最高潮に達したところで、狼谷は戦槌を手に駆け出した。
彼の周りにいた南天騎士達もそれに続く。
「はい、そこまで」
このタイミングだった。
ジェイが波打ち際に降り立って、狼達の百魔夜行の間に立ち塞がったのは。
「アルマ卿! 殿は我々に任せ、卿も退くのだ!」
「悪いが、ここで戦力を減らすような贅沢はさせんぞ」
ジェイに言わせれば、南天騎士達もこの後の戦いに必要な戦力。ここで無駄に消耗させるつもりはなかった。
「そうは言うがな、アルマ卿。誰かがここで敵を食い止めねば学生騎士を撤退させる事もできんぞ……まさか、卿が一人でやるつもりか!?」
「連中がこの砂浜を目指すと言うなら、かえってやりやすい」
海に広く展開している敵を押さえるよりかは、砂浜に集まってくれた方がやりやすい。
あくまで比較してどちらがマシかというレベルの話だが、嘘は言っていなかった。
「いくらなんでも無茶だ!」
「ああ、だから殿するなら、ゆっくり、退きながらやってくれ」
そう言ってジェイは狼達に背を向けた。これ以上は問答無用という事だろう。
ここで百魔夜行を食い止め、後方に抜ける魔物の数は最低限に押さえてみせる。
その決意と共に、ジェイは再び『影刃八法』を発動させるのだった。




