第266話 呼べよ竜巻
「アメリア! 討ちもらしを頼む!」
そう言うやいなや駆け出したジェイは、アメリアの返事を待たず海に向かって大きく跳躍。
「あ、危ないぞ!」
そのまま魔物で溢れる海に飛び込んでしまうのではと、その後ろ姿に騎士が声を掛ける。
だがその直後、海面から無数の影の槍が飛び出し、ジェイはそれを足場に上へ上へと跳躍していく。
薄暗い曇り空といえども、影は生まれる。ジェイは跳躍する事で、海に溢れかえる魔物の上に生まれた自らの影を起点に魔法を発動させたのだ。
そのまま海面に群がっている魔物を影が斬り裂いていくが、本命はそちらではない。空の魔物達だ。
人面鳥の姿は見えなくなっており、空は黄煙の魔物ばかりになっていた。
黄煙同士の間で光が迸り、空に電撃の網を張り巡らせている。それのせいで人面鳥とは同じ場所にはいられないのかも知れない。
自然ではひとつの場所にいられない者が、一緒になって侵攻してくる。この百魔夜行は自然発生するものではなく、何者かの意志で強制的に起こされている……とも考えられる。
興味深いが、それを考察している暇は無い。
ジェイは足場となっている影から槍を伸ばし、黄煙を『射』貫く。
黄煙は一瞬大きく膨らんだかと思うと弾けて消え、電流の網にも穴が空いた。
更にジェイは伸ばした影を引き寄せて自らの身体に巻き付かせると、それを防御膜にして穴が塞がる前に突破した。渦を巻く影が黄煙の群を斬り裂き、あたかも竜巻が空の雲に穴を開けているようだ。
振り返って黄煙の群を見下ろす。先程よりも激しく明滅している黄煙達。慌てているようにも見える。だが、ジェイに向かって電撃は放たれたれない。
「……上に向かって撃てないのか?」
放とうとしても近くの仲間や地面に引き寄せられてしまうのかも知れない。
ならばとジェイは影を束ねて大蛇とし、自身は跳躍すると同時に大きな顎で黄煙の群に食らいつかせる。
群は激しく光り迎え撃つが、電撃は影を伝って海に広がるばかりで跳躍しているジェイには届かない。それどころか海上の半魚人達にダメージを与えている。
食らいついた黄煙達を海に叩き込んだ影の大蛇は、再び海から飛び出し、黄煙の群に襲い掛かる。
その光景は、まるで海に新手の魔物が現れて同士討ちしているかのようだ。黄煙の電撃を海に流しているのもあって圧倒的に見える。
問題は、ジェイも海に落ちればただでは済まないという事。
大型の魔物を選んで足場にし、海に落ちないよう、足を止めないよう飛び回っている。
足を止めると電撃の巻き添えを食らいかねないのでジェイも必死だ。
一方砂浜では、既に上陸した半魚人達との死闘が繰り広げられていた。
タコ頭のような一撃必殺になりかねない圧倒的なパワーは無いが、半魚人は槍で武装している。
スピードもあって油断ならない相手であり、前線の騎士達は負傷が積み重なりつつあった。
「下がってくださーい!」
明日香が負傷した騎士を下がらせようと声を張り上げる。
負傷で動きが鈍くなれば、思わぬ不覚をとるかも知れない。
しかし、自分が下がれば残った者達の負担が増す。そう考える騎士達は、多少の負傷では下がろうとしなかった。
「突っ込めー! 『アーマガルトの守護者』に負けるなァーーーッ!!」
そこに助け船が突っ込んで来た。先頭に立つのは獅堂。学生騎士達を中心とした部隊だ。
手間取っていた態勢の立て直しが終わり、ようやく動けるようになった彼等。前線を見た獅堂は、即座にフォローに入る事を決断して突撃を仕掛けたのだ。
「お、おい! 勝手に……!」
「ここで前線を支えないでどうする! 南天も動く場面だろう!!」
「助かりました!」
どうやら獅堂の先走りだったようだが、南天騎士が抗議しようとしたのを、明日香が遮るように礼を言って止めた。
「今の内に下がって治療を!」
「わ……分かった! すぐに戻る!」
獅堂は理解している。多くの学生騎士達は、騎士団の代わりが務まるほどの力はないと。
だから南天騎士が無茶をするなと止めようとするのも当然なのだ。
しかし、それはそれでやりようがある。
百魔夜行と戦い抜くには、前線は負傷による消耗を抑えなければならない。
そのために一度退いて治療を受ける必要があるが、その隙間を獅堂達が埋めようと言うのだ。
「あ、また来た! こんにゃろーーーッ!!」
空からも魔物が来れば成立しない作戦だが、今は『アーマガルトの守護者』が空を抑え、時折抜けてくる魔物もアメリアの風の刃が撃墜している。
海も黄煙を叩き込む事による電撃の余波で一部の半魚人が上陸する事なく倒れ、前線に掛かる圧力が減っていた。
今ならばやれる。そう判断した獅堂は、機を見るに敏であったと言えよう。
これにより負傷が重い騎士を退かせる余裕ができた。
応急処置ぐらいしかできないだろうが、止血できるだけでも随分と違ってくるだろう。
「ありがとうございます!」
騎士達を心配していた明日香が、獅堂が近くに来たタイミングを見計らって礼を言った。
かく言う彼女自身、騎士達に負担を掛けないよう戦い続けていたのだろう。後ろに控える侍女ともども血みどろの姿になっている。
「礼はいい。姫さんも怪我してるから下がって……」
「あ、大丈夫です! これ全部返り血なんで!」
「……あ、そう」
なお、明日香も侍女も本当に負傷していない。
獅堂が勘違いしたのは半魚人の血が人間と同じように赤いためだ。
タコ頭の血は青いため、彼女の白いコートは赤と青と白でまだら模様になっていた。
「……ん?」
その時、空中戦を繰り広げるジェイの視界の端に、大きな影が映った。
黄煙の魔物をほとんど片付けたため、視界が広がりそれに気付く事ができた。
ジェイは一瞬気のせいかと思ったが、そちらに視線を向けてみると確かにいる。
海上に浮かぶ、他の魔物達とは比べ物にならない程の大きな影。
「島……じゃないよな」
あんな所に島は無い。
その島らしきものの上には、無数の陸の魔物がひしめき合っていた。まるで海上要塞である。
実は徐々に近付いてきているのだが、動きが緩やかな事もあって、傍目には気付く事ができない。それぐらいの大きさなのだ。
「まさか……あれも魔物なのか!?」
そう、それこそ百魔夜行の中心。
魔物を乗せて海を征く、要塞級の大きさを誇る巨大な亀型の魔物であった。




