第265話 吹けよ嵐
「来たぞーーーッ!!」
砂浜に響き渡る騎士の声。海からも敵が上陸しようとしている。アーロの死島防塁にも現れたタコのような頭をした巨漢の魔物だ。
射手を守るため盾を構えていた騎士達がざわつく。
事前に弓を多く用意していたため、ここまで上手く迎撃する事ができていた。
だが、ここからは空と海の両方から敵が来る。今まで通りにはいかなくなるだろう。
「隊列を組めーッ!!」
真っ先に号令を発したのは極天の騎士隊長。
「子爵、御命令を!」
続けて動いたのはアルマ軍。ジェイは、全体を指揮する余裕はすぐに無くなると判断して明日香に任せようとする。
「こちらの指揮は明日香に……」
「えっ?」
しかし彼女は斬り込む気満々だった。
「……卿に任せる」
「ハッ! こちらも隊列を組め!」
という訳でジェイは、先程命令を求めてきた騎士隊長に一任する。
彼はかつて東天騎士団でも騎士隊長を務めていた騎士だ。問題無く任せられるだろう。
南天は狼谷団長が隊列を組ませようと声を張り上げているが、学生騎士の動きが鈍く、少し遅れている。
態勢を整えればその数が頼りになりそうだが、百魔夜行は待ってはくれない。少し時間を稼ぐ必要がありそうだ。
「明日香、参りますっ!!」
一番槍は明日香。侍女も薙刀を持って、それに続く。
「奥様を守れーーー!!」
「我等も前進だ!!」
その後を追うのはアーマガルト忍軍、そして隊列を組んだアルマ軍だ。
ジェイはその場を動かない。彼の『影刃八法』は広範囲をカバーできるため、戦場を広く見れる場所にいなければならないのだ。明日香と共に前に出る事はできない。
「ジェイ~! こっちは大丈夫ですよ~!」
それを察したのか、明日香が振り返って刀を持った手を大きく振る。
その背後で魔物が立ち上がるが、明日香は振り向きざまに刀を一閃して斬り伏せた。
それを皮切りに次々と上陸してくる魔物達。海岸全体で見れば百は下らないだろう。
明日香は波に足をとられないよう飛び退いた。そして魔物が完全に海から出てきたと見ると、再び刀を構えて吶喊する。
見た目通り柔らかいがぬめりそうなタコ頭を一刀両断。タコ頭はそれでも即死せず刀を掴もうとするが、明日香はそれよりも早く刀を引き抜く。
タコ頭はそれを追うように刀の持ち主に向けて太い腕を伸ばすが、明日香はその時既に次の敵に向かおうとしており、行き掛けの駄賃と言わんばかりにその腕を斬り落としていった。
刀も相当な業物だが、鍛え上げられた明日香の腕も凄まじい。
「次ぃっ!!」
彼女は臆する事なく、次の魔物に斬り掛かる。
魔物は反撃しようとするが、舞うような動きの明日香を捉える事はできない。
大胆不敵な動き。前のめり過ぎて背後への警戒が疎かになる時もあるが、そこは侍女が上手くフォローしていた。
「他にも来るぞ!」
「奥様に近付けさせるな!」
カニ、エビ、ヤドカリ、様々な姿をした魔物達も上陸してくる。しかし、今のところタコ頭より大きいものはいない。
忍軍達はそれらの比較的小型の魔物達の相手を引き受け、明日香がタコ頭達に集中できるように立ち回っていた。
とはいえ強靭なタコ頭の肉体は、いかに明日香と言えどもひと太刀で倒す事は難しい。
ならばと明日香は波打ち際を駆け回り、上陸してきた魔物達に初太刀を叩き込んでいく。
腕を落とせば攻撃も守りも半減する。
足を斬り裂けば機動力が落ちる。
それだけ後に続く騎士達が戦いやすくなる。
「この機を逃すな!」
アルマ軍は、即座にそれを理解して前進。数人掛かりでタコ頭に攻撃を仕掛け、次々に仕留めていく。
「って、硬いな!」
「これを軽々と斬れるのか、奥様は……」
それでも魔物は手強い。アルマ軍の騎士達も決して弱くはないが、撃破していくペースが明日香の速さに追い付かない。
「怯むな!」
「王国の興亡、この一戦にあり!!」
ここで攻撃に加わる極天騎士団。
これにより魔物を倒す速さは各段に上がり、海からの第一波は押さえ込まれる事となる。
この間ジェイは、空から来る人面鳥の群を相手にしていた。
南天騎士団が態勢を整えるのに手間取り、弓矢による圧が弱まっていたためである。
「あ、あれが『アーマガルトの守護者』……!」
アメリアは、思わず魔法を止めて驚きの声を漏らした。
ジェイの足元の影から鎌首をもたげる八つの影の大蛇。それぞれが人面鳥に襲い掛かり撃墜している。その中央に立つジェイが、魔物を従えているかのようにも見えた。
アメリアだけではない、他の騎士の中にも呆気に取られて動きを止めている者がいる。
『アーマガルトの守護者』の名は知っていても、その実態までは知らなかったのだろう。
「お前達、ボサッとするなッ!!」
声を張り上げ、注意を促す狼谷団長。止まっていた騎士達は、ハッとして動き始める。
アメリアも聞こえていたようで、キョロキョロ周りを見回してから魔法による攻撃を再開した。
その様子を横目で見ていたジェイは小さく笑みを浮かべると、視線を海の方へと向けた。
「……そう簡単に話は進まんか」
今のところ上手く迎撃できているが、遠くを見るとこちらに接近してくる魔物の波が見える。
「第二波が来るぞ!!」
注目を集めていたため、皆ジェイの声に気付いた。
直後、海から新たな魔物が姿を現す。
「魚……?」
波打ち際近くの騎士が呟いた。
海面から姿を見せたのは魚の頭、ただしサイズが人間の頭並である。
続けて海面から鱗に覆われた腕が伸びてきて砂を掴む。
それを支えに魚は身を起こし、そして立ち上がった。
「は、半魚人!?」
そう、そこに立っていたのは鱗に覆われた身体を持つ魚人の魔物だった。
人間の大人とさほど変わらぬ背丈。細身の身体で手足も細く、その手には槍を持っている。
「……へっ、な、なんだ。大した事もない……」
タコ頭の巨漢と比べたら貧弱。一対一でも戦えそう。ある騎士はそう感じた。
「……ひっ」
だが次の瞬間、彼は悲鳴を漏らす事になる。
次々に海面から姿を現す魚人達。その数が、明らかにこの場に集まっている騎士達よりも多いのだ。
「今度は数で攻めてきたか……!」
アーロからの情報には無かった魔物達である。
アーロの死島防塁は、百魔夜行の端が引っ掛かって戦いとなった。
つまりアーロ軍が戦ったのは外縁部分であり、内部の魔物達と遭遇する事が無かったのだろう。
「お、おい! 空が変だぞ!!」
また別の騎士が声を上げた。
皆が海からの新手に気を取られている内に、空の一部が変化していた。薄暗い灰色だった曇り空が、鮮やかな黄色に変わっているのだ。
正確には、雲とはまた別の黄色い煙が発生している。
一瞬煙の一部が大きく膨らんだかと思うと、地面に向けて電撃を放った。
「うわあぁぁぁッ!?」
避けきれず直撃を受けた一人の極天騎士が、悲鳴を上げて倒れる。
「回収ーッ!!」
即座に命令を発するジェイ。倒れた騎士の近くにいた忍軍二人が、すぐさまその騎士を引きずって後方の仮設防塁に運ぶ。
学生騎士達に動揺が広がる可能性があるが、あのまま前線に放置する訳にもいかないので仕方がないだろう。
改めてジェイは、黄色の煙を見上げる。
先程膨れ上がった煙の形が、一瞬ニヤリと笑った顔のように見えた。
「あれも魔物か……!」
空からも新手である。それも、かなり厄介な。
煙のような肉体を持つ魔物、矢による物理的な攻撃が通じるかは微妙なところだ。
「弓は海を狙え! 上陸する数を少しでも減らすんだ!」
現状、それを試している余裕は無い。
「空の連中は……俺が対処する!!」
ジェイは、戦場に響き渡る声でそう宣言した。
そう、取るべき手はひとつ。魔法による撃破である。




