第264話 これより真打
小熊達とすれ違ったジェイ達が、島南端の海岸へと進んでいると、後ろから土埃を上げる一団が近付いて来た。
「そこを行かれるのは『守護者』殿か!?」
ジェイが名前を呼ばれて振り返ると、極天騎士団の部隊が近付いてきていた。全員騎馬の部隊だ。
そのまま合流して一行は島に南端に向かう。
道中話を聞いてみると、極天騎士団は機動力がある騎馬隊だけを南端に向かわせ、本隊は南端と町の間にもうひとつの防衛線を築くとの事。
二つの騎士団を投入するには、南端の海岸は狭すぎる。ならば南端で時間を稼いでいる内に、もっとしっかりした防衛陣地を構築しようという考えだ。
騎馬隊を南端に向かわせるのは、南天を捨て駒にしないという意思表示でもある。
そして一行が南端の海岸に到着すると、既に遠くの空に百魔夜行の影が見えていた。空飛ぶ魔物の群が、横に広く展開している。
「あ、あれが……!」
「もう、あんな所まで!?」
到着したばかりの騎士達の戸惑いの声。
アーロは端を引っ掛けただけで真っ直ぐセルツに向かってきているため、実際のところ今回の百魔夜行の進行速度はかなり速い。これまでを知るベテランこそ、早いと感じるだろう。
一方学生騎士達は、ほとんどがそんな事を考える余裕も無さそうだ。今回が初実戦という者も多いので無理もない。
参加者に混じっている獅堂や風騎委員の面々はそうでもないようだが、彼等は学生騎士の中でも上澄みの方だろう。
こうなると細かな打ち合わせをする時間も無さそうだ。ジェイは同行してきた極天騎士と顔を見合わせ頷き合うと、騎獣を降りて狼谷団長の下に駆け寄った。
と言っても、この状況で作戦らしい作戦など無い。
できる事があるとすれば、それは少しでも被害を減らす事だ。特に学生騎士達へのフォローが重要になるだろう。
この件について、狼谷は既に考えていた。
「学生騎士については、我々南天に任せてもらいたい」
南天騎士と学生騎士、半々ぐらいで隊を作ってフォローする。
これで南天騎士団の戦力が倍増……とまではいかないが、学生騎士の安全を考慮しつつ五割、いや三割増し程度にはなるのではないかというのが彼の考えだ。
「そちらの負担が大きくなりませんか?」
「負担ばかりではないよ。それに、学生騎士に一番慣れているのは我々だからな」
ジェイは自身が学生騎士だが、アルマ軍の面々が不慣れである。
そもそもジェイが学生騎士の感覚を理解できているのかと問われると、首を傾げてしまう。なんだかんだで彼は、実戦慣れし過ぎていた。
学生騎士に慣れてないのは極天騎士団も同じであるため、その提案に否は無い。
南天騎士団に負担を掛ける事になるが、その分前に出るのはアルマ軍と極天騎士団という事になるだろう。
「時間がありません。我々も準備しますので、そちらも部隊分けを」
何より別の提案をして話し合っている時間は無さそうだ。
ジェイと極天騎士隊長はその提案を承諾し、学生騎士達を引き渡すと、それぞれの隊に戻って行った。
ジェイが戻るとアルマ軍の面々は仮設の防塁のチェックをしていた。
「急ごしらえなら、こんなものでしょう」
そう言った元東天騎士は、仮設の防塁を見て無いよりはマシと判断していた。
元東天騎士の面々は槍と大盾、あるいは弓で武装している。相手が百魔夜行という事で、それに合わせた装備だ。
防塁に身を隠しながら弓で攻撃し、槍と大盾の隊が周りで守る形となるだろう。
「アメリアも、防塁から魔法で攻撃を」
「ああもう! やるよ! やってやるんだから!」
ヤケクソ気味の返事だが、前向きに発露しているので問題は無いだろう。
アーマガルト忍軍は、ジェイと明日香と共に魔物の軍団に斬り込む。
「命知らずぅ……」
「むしろ一箇所に留まる方が危険なんだよなぁ……」
呆れ気味のアメリアに、ジェイは間髪を入れずに反論した。
身軽さを身上とする忍軍は、むしろ防塁等に留まって戦う方が不得手だったりする。
「まぁ、遊軍をする奴も必要だからな」
「そっちは任せてください!」
笑顔を見せる明日香。侍女が止めるかと思いきや、こちらもやる気満々だ。なんだかんだで彼女もダイン武士の娘という事だろうか。
「若、来ました」
海を監視させていた忍軍が報告してきた。
海の方を見ると、速度で上回る人面鳥の魔物の群が接近してきていた。
「弓用意!!」
即座に声を張り上げるジェイ。アルマ軍への命令だが、他の部隊に敵の接近を報せる意味もある。
南天騎士と学生騎士の方は手間取っているが、極天騎士達はすぐさま弓を構え、盾で壁を作る。
「アメリア……やれるな?」
「むしろ、あれを近付けたくない!!」
人面鳥と言っても、その顔は人そのものではなく似て非なるもの。かなり不気味な造形をしていた。
「それは同意する」
そう言いつつ、ジェイはチラリと明日香の方を見た。その意図を察して、彼女はコクリと頷く。
「……撃てーーーっ!!」
明日香が敵までの距離を見計らい、射撃の合図をする。
東天騎士だけでなく、極天騎士達もそれに合わせて矢を放った。
「『射』ァッ!!」
ジェイも号令と同時に魔法『影刃八法』を発動し、影の矢を放つ。
それらは矢の雨となって、人面鳥の群に降り注いだ。
「斬れろ! 斬れろォ!!」
少しタイミングが遅れて、アメリアも魔法を発動。手刀を繰り出すように放たれた風の刃は、縦の斬撃となって魔物の群に襲い掛かった。
しかし、狙いが定まっておらず当たっていない。まだ冷静に狙いをつける事ができていないようだ。
「なんで当たんないのぉ!?」
「アメリア、横薙ぎに撃て!」
「斬れろ! 斬れろォ!!」
聞こえていない。いや、聞く余裕が無い。
「アメリア!!」
「……えっ?」
更に声を張り上げると、ようやく意識が向いたようで、アメリアは魔法を止める。
「横薙ぎに撃て!!」
「あ…………うん!」
少し間を開けてその言葉の意図を理解すると、アメリアは腕を横に振るって風の刃を放った。
魔物の群は横に広く展開しているため、横薙ぎに攻撃した方が命中しやすいのだ。正確には、狙いが外れても他に命中する可能性があるという事だが。
現に今の攻撃も、狙った相手は上昇して避けたが、その両隣の二羽が巻き込まれた。
「当たった!」
「よし、その調子だ!」
この間にジェイは、魔法を影の大蛇に切り替えていた。
『射』出するのと違い、本体の影を伸ばす大蛇は、相手の動きに合わせて追尾できるためだ。逃げた先にいる人面鳥もまとめて次々に撃墜していく。
そうしている間に、南天騎士団と学生騎士達も準備が整ったようだ。
「攻撃開始!!」
弓を持つ者は、狼谷の号令に合わせて矢を放つ。
圧が増した矢の雨に、怯む人面鳥の群。
こうして防衛側の準備は整った。百魔夜行との戦いは、ここからが本番である。




