第262話 ふたりの魔法使い
「さて、どうしたものか……」
「さて、どうしたものか……」
タルバ王都の二つの場所で、二人の少年が同じ言葉を口にした。
一人はオーサ、もう一人はラフィアスだ。
オーサは王宮での顔合わせを無難に終えた後、十勇士を連れて彼等が世話になった寺院に戻っていた。
あの後、一緒にお茶でもという誘いはいくつかあったが、まだ戦いは終わっていないという理由で王宮を辞してきた。オーサ的にも、特に気になるご令嬢はいなかったようだ。
海野達は一度家に戻るべきではと言ってきたが、それも拒否している。
というのも今回の件で、佐久野家の後継者問題は解決している。次男オーサが新しい家を興して独立する形で。
佐久野家は嬉々としてソックを後継者とするだろう。そして芽野家のタルラとの縁談を進めるだろう。つまりオーサ視点、タルラと結ばれる目が完全に潰える事となる。
家ではオーサを厄介払いできたと思われているのではないだろうか。事実はどうあれ、オーサはそのように考えてしまっていた。
おそらく被害妄想の類だが、彼が家に帰りたくないと思ってしまうのも無理のない話である。
また、オーサ達を出迎えた寺院の対応にも問題があった。
というのも、この寺院は佐久野家の菩提寺。十勇士を預かっていたのも、隠居ヤマツに頼まれての事だった。そう、寺院は元々ヤマツ側だったのである。
それが今の状況である。寺院側としては『純血派』の仲間扱いされるのは、なんとしても避けなければならない。
そのため寺院の住職は、諸手を挙げてオーサ達を出迎えた。
オーサの出世祝いだと宴を開いてくれたが、それがオーサにすり寄るためのものであるのは言うまでもないだろう。
そのあからさまな媚びに気付いたオーサは、眉をひそめて不機嫌になる。海野がなだめたおかげで、なんとか爆発するのは避けられたようだが。
寺院側としては生き延びるために必死なのだろうが、オーサはそれを受け容れるには少々潔癖であり、まだまだ青い少年であった。
一方ラフィアスは『純血派』の拠点となっている屋敷の一室で、一人考え事をしている。
彼は生粋の『純血派』であり、誇りを持っている。
ただ、その方向性が他の『純血派』とは少々違っていた。
多くの『純血派』は『純血派』に属している事に誇りを持っている。
しかし、ラフィアスは違う。『純血の魔法使い』である事に誇りを持っているのだ。
これに関しては、どちらが良い、悪いの話ではない。
前者については、仕方がない面もある。と言うのも、今の『純血派』は、多くが魔法使いでなくなってしまったからだ。そもそも魔法使いである事を誇れないのだ。
ラフィアスに言わせれば『純血派』という派閥に属している事しか誇れない連中である。
そう、後者を誇るには魔法使いでなければならない。しかし、今の派閥では魔法使いの方が少数派となっていた。
それ故にラフィアスの考え方は『純血派』の中でも少々古風なものになってしまっている。
時代の流れと言ってしまえばそれまでだが、彼はこれに憤りを感じていた。
そんな彼が、今何を考えているのか?
ここから『純血派』が逆転する方法か? 違う、彼は今回の戦いにおける『純血派』の勝利にはさほど興味がない。
今回の参戦も派閥の関係、虎臥家としての付き合い参戦であり、ラフィアス自身は最初から乗り気ではなかった。
では何を考えているかと言うと……この乗ってしまった泥船をどうするかである。
「さて、どうしたものか……」
ラフィアスは、同じ言葉を繰り返した。
彼は元々個人主義な面があるが、これは周りに魔法使いがいなかった事によるものが大きい。
前述の通り、同じ『純血派』でも、彼と周りでは誇りのあり方が違ったのだ。根本的な部分で、同じ価値観を持つ事ができなかったと言い換えても良いだろう。
魔法を極める事については、彼は非常にストイックな考え方の持ち主と言える。
「突出した個」であったという意味では、ラフィアスの境遇はジェイに近いものがあると言えるかも知れない。
そんな二人には、大きな違いが二つある。
ジェイは前世の記憶があり、その精神は子供のそれではなかった事。
もう一つは、それなりにではあるが近い視点に立てた幼馴染モニカの存在だ。
その二つが無かった彼が個人主義に走ったのも、ある意味仕方がない事だったのかも知れない。
ラフィアスが純血派の一員としておとなしく従っているのは、魔法を研鑽する環境のため。三人の婚約者もその一環に過ぎない。
そういう意味でもラフィアスとジェイは、似て非なるものであった。
では、そんなラフィアスが一番避けなければいけない事態は何か? それは魔法使いとしての研鑽ができなくなる事だ。
彼の誇りの原点は『純血の魔法使い』である事。それ故に魔法を極めて魔神に到達しようとしている。
その邪魔となるならば『純血派』を切り捨てる事もいとわないが……。
「……いや、それはまだ早いか」
大重達が何か切り札を隠しているかも知れない。
まずはそれを調べねばなるまいと、ラフィアスは即座に動き始めた。
「安心したまえ! 我々には切り札がある!」
「ほぅ……」
なお、ラフィアスが魔神刀の存在を知るまでさほど時間は掛からなかった。
大重達にしてみれば、オーサを引き入れるのに失敗した以上、優秀な魔法使いであるラフィアスは主力なのだ。大事にしなければならない。
しかし、同時に調子に乗らせてもいけない。これを使えば大重達はラフィアス以上の力を得る事ができる。それを伝えて牽制する意味もあった。
実際、数に限りがあるため、ラフィアスに魔神刀を使わせるかは微妙なところだろう。
「フフフ……これさえあれば我等の勝利は確実だ!」
自慢げな大重。これを完成させるためにどれほど苦労したかを語り始めるが、それも自慢話のように聞こえるのは気のせいではないだろう。
だから彼は気付く事ができなかった。
「…………」
自分の力で魔法を極めて魔神に至ろうとするラフィアスにとって、外からの力で魔神になろうとする魔神刀の存在は逆鱗であった事に……。




