第26話 婚活学園
冒頭にある「商店街を荒らしまわっていた盗賊団の五人組を逮捕」は、序章の事件です。
ジェイ達のポーラ入学からおよそ一ヶ月。魔神……表向きは『ポーラ島連続暴走事件』として世間を騒がせたニュースの噂は、ようやく下火になってきていた。
エルズ・デゥが残した言葉も気になっていたが、こればかりは考えても分からないためジェイも極力気にしないようにしている。
断片的ながらも日本の記憶が存在しているため、信じ難いと言った方が正確だろうか。
そのように思い悩む一方で、彼はいくつかの小さな事件を解決していた。先日は商店街を荒らしまわっていた盗賊団の五人組を逮捕している。
おかげでジェイは、期待の新入生として注目を集めていた。
「ジェイが期待されるのは仕方ないと思うけどさぁ……限度があると思う」
登校中、モニカは集まる視線を牽制して、ジェイの左腕に抱き着いて離れなかった。
将来の辺境伯と誼を結びたいという者達に混じって、あわよくば自分も許婚……などと考えている者達もいるのだから、彼女が警戒するのも無理のない話である。
ジェイには既に三人の許婚がいるのだが「三人もいるのだからあと一人ぐらい……」とか考えているのかもしれない。
周りに家臣がいなければ、ひっきりなしに声を掛けられていただろう。
そして明日香もまた、モニカと同じように右腕に抱き着いて離れない。
「え~? 天晴れな許婚で誇らしくないですか?」
しかしこちらは牽制するような意図は無く、単にくっついていたいだけのようだ。
おかげで左右合わせて四つの豊かな膨らみに挟まれるジェイ。これが登校中に周囲に注目されながらとなると、ありがたく堪能するという訳にもいかない。
たまらずエラに助けを求めるが、彼女は楽しそうに微笑むばかり。
ジェイが注目されるようになってから、毎朝見られる光景であった。
「ハッハッハッ! 最近、人気者だねっ!」
郷桜の並木道に差し掛かったところで、オードが声を掛けてきた。
周囲で声を掛ける機会を窺っていた者達を意にも介さず、ズカズカと近付いてくる。
最近は他のクラスメイトも登校中は近付かないようにしているというのに、良いか悪いかはともかく空気が読めていない。
「活躍は聞いているぞ、卿! ところでメアリーさんから連絡は? 無い? そう……」
お目当てはエラの妹、メアリーだったようだ。
とはいえ彼の賑やかさは牽制としても有効だったりする。
一行はそのまま並木道を進んで校門を潜り、教室へと向かった。
「有象無象共は相変わらずのようだな」
教室に入ると、ラフィアスが開口一番にこんな事を言ってきた。
そう言って鼻で笑う態度からは、彼がジェイに取り入ろうとしている者達をどのように見ているかが窺える。
その目はクラスメイトにも向けられているが、オードは気付いていないし、他のクラスメイト達もいつもの事と流していた。
入学から一月、ラフィアスが口だけの人間でない事は彼等も分かっているのだ。
それはそれとしてむかつくようで、ラフィアスが離れてジェイ達が席に着くと、入れ替わるように他のクラスメイト達が近付いてきた。
「ったく、期待の新入生とか、将来の辺境伯とか、違うだろぉ? 注目すべきところは」
そう言ってきたのは、クラスメイトのスタン=色部=ベル。ある理由から家名で呼ばれる事が多い男子だ。
身長はジェイより低く、ひょろっとしている。逆立てた短めのブラウンの短髪で、吊り目気味の三白眼が印象に残る男子だ。
「じゃあどこなんですか? ジェイの注目すべきところは」
自分の許婚がどう評価されるのかとワクワクして目を輝かせている明日香。
対する色部は、握り拳を作って力説する。
「決まってるだろ! 安全牌って事だよ! エサだよ! 誘蛾灯だよ!」
流石にエサ呼ばわりはアレなので、ジェイと明日香でダブルチョップを叩き込んだ。実に綺麗な連携である。
期待していたような話ではなかったため、明日香はちょっぴりガックリもしていた。
「あいててて……でもよぉ、ジェイお前さ、四人目の許婚欲しいと思うか?」
「いや、それはちょっと……」
「それだよっ!!」
「どれだよっ!?」
色部はビシッとジェイを指差してきたが、やはり何がなんだか分からない。
「要するにあれですよー。ジェイの回りにフリーの子が集まってくる。でも取られる心配はない。相手のいない男子にとっては狙い目という事ですねー」
ここでロマティがひょこっと顔を出して説明してくれた。
つまり登校中に見掛けるようなジェイの許婚になろうと目論む女子達を、あわよくばと狙っているという事だ。
「でも実際、敵対しないだろうから付き合いやすいってのはあるよなぁ」
別の男子がポツリと呟いた。
色部ほど必死ではないにせよ、結婚相手を探している男子にとって取り合いになりそうにない相手というのは結構重要であるようだ。
「だろぉ? だろぉ? だからジェイ目当てに集まってくるカワイコちゃんはオレっちに任せて……!」
「フン、自分が代わりになれるなど……うぬぼれにも程がある」
自分の席に着いていたラフィアスが呟いた。騒ぐ色部にも聞こえるような声で。
「いいよなぁ! 家の力で嫁っこを見つけられるむっつりスケベは~!!」
対する色部も、負けじと声を張り上げて挑発する。ラフィアスもまた、ジェイと同じく三人の許婚がいる身であった。
プライドの高い彼は黙っていられなかったようで、机を力強く叩いて立ち上がる。
「根拠も無い事を言うな! 黙れ、スケベ!」
「シキベだよ! スケベだけど!!」
響きが似ている。それが彼が名前ではなく家名で呼ばれている理由だったりする。
ラフィアスは黙らせようとするが、色部はのらりくらりとかわして挑発を続ける。
そのまま始まる子供じみた口喧嘩。止めるほどでもなさそうなので、皆放置である。
実際のところ、華族といってもピンキリであり、自力で子供の縁談相手を見つけられる家ばかりではない。たとえば色部のような、無役の平騎士の家もそうだ。
後継者の縁談相手はなんとか見つけられるが、それ以外の子供達の縁談については難しいという例も珍しくない。
ポーラ華族学園は、同年代の華族子息が集まるという性質上、そういう家の子息が相手を探す「婚活の場」という側面も持ち合わせていた。
そのため在学中に結婚相手を見つけてこいと言い含められている者も多い。
「オレっち長男だけど婿入りオッケーだよぉ! どうですかお嬢さ~ん!!」
「あっ、こら待て!」
そんな言い含められている一人である色部は、口喧嘩を途中放棄して、ジェイ目当てに教室前までついてきていた女子に声を掛けに行った。
その勢いに女子達は逃げ散り、丁度教師がやってきたため、色部は怒られる事となる。
それを見てラフィアスは、フンと鼻で笑っていた。
「もう少し説教してやりたいところだが……今日は時間が無い。命拾いしたな、色部」
「いのち!?」
生徒達には既に通達されている事だが、今日の修行は校外演習場で行われる。この後移動しなければならないため、授業前のホームルームの時間が限られていた。
「これは訓練でもあるから、勝手に行くなよ? 特に色部」
「へ~い」
校外演習場までそれなりに距離があるのだが、実は移動自体が行軍訓練だったりする。
ジェイのように従軍経験がある新入生の方が珍しいので、これも華族の後継者を育てる学園には必須の授業であった。
今日は事前に通達されていたため、ジェイ、明日香、オード、ラフィアスは実戦用を、モニカ、ロマティ、色部は野外用の制服を着ている。
クラスメイト全体では、男子は比較的実戦用が多め、女子は半々といったところだ。
騎士団入りを目指す者などは、こういう時に実戦用を選ぶ事が多い。
なお、色部が野外用なのは、普段から野外用を愛用していて、今日演習がある事を忘れていたからだったりする。
彼も騎士団入りは候補として考えてはいるのだ。嫁探しに有利になりそうだからと。
「あの~、ところで私は?」
「聴講生は、見学までです。参加は認められません」
既に卒業している宰相の孫のためか、教師の口調も丁寧である。
それはともかく、エラは参加しなくていいと聞いてほっとした様子だった。
彼女も一応野外用の制服を着ているが、演習自体が苦手であった。
「他に質問は無いな? では、校門前に集合! 武器を忘れるなよ!」
そう言って教師は教室を出て行った。
生徒達も次々と教室を出て、家臣がいる者は隣室で待機している彼等と合流。
演習担当の教師が来るまでに集まっておかねばと、校門前へと急ぐのだった。




