第260話 悪役令嬢アメリア
新たな英雄と王の顔合わせは、オーサがこういう場に不慣れな事もあってたどたどしいものとなった。挨拶をするのに何度もとちってしまったのだ。
「失敗した……」
「ドンマイ、旦那!」
落ち込むオーサを猿飛が励ますが、あまり効果は無さそうだ。
「……まぁ、そこまで悪印象ではないと思いますよ」
フォローを入れる海野。
三好は何も言わないが、うんうんと頷いている。彼は年の功もあって気付いていた。タルバ王だけでなく、あの場に並ぶ宮中伯達が、まるで子供の発表会を見守るような目をしていた事に。
実際、オーサはまだ子供扱いなのだろう。年齢だけでなく、宮中での立ち居振る舞いがひよっこ同然、未熟者であると。
ただ、海野の言う通り、それが悪印象につながっていない。
未熟者、おおいに結構。それならば隣に立つ者として、宮中に慣れた娘の価値が上がるというものだ。あの場にいた宮中伯達の考えは、こんなものであろう。
ちなみに同じ年の頃に『アーマガルトの守護者』となったジェイは、魂が前世の記憶持ちだった事もあって、この辺りの事もそつなくこなしていた。
おかげでトラブルは起こさなかったが、生意気だとか、こまっしゃくれたガキだとか思った者はいただろう。
そういう意味では、オーサの方が好印象を残せたのかも知れない。
当人としては「もっと格好良く決めたかった」なのだろうが……。
当のオーサの認識はともかくとして、全体的に見れば顔合わせは成功だったと言える。王と顔合わせとしても、お見合いの予備審査としても。
大人達は下心込みでも微笑ましく見ていたが、娘達もそうだったか……という問題はあるが。
それはそれとして、お見合い相手側の振るい落としになったと言えるだろう。
あとは自身の未熟な部分、それを隣で支えてもらう事をオーサが受け容れられるかだが、それは周りで見ている十勇士には判断がつかなかった。
「結構プライド高そうだし、危なくね?」
「でも女性に対しては割と……」
「そもそもタルラとかいう嬢ちゃんを諦められるのか?」
猿飛、海野、三好の順である。
もっともこの件に関しては、彼等はあまり不安を感じていない。
何故なら、たとえお見合いが上手くいかなかったとしても、タルバ王国に「新たな英雄オーサ」を手放す選択肢は無いからだ。
たとえお見合いに失敗したとしても、大した問題にはならない。宮廷をそこまで重視していない彼等は、そう考えていた。
一方、セルツのポーラ島では――
「放して~! 見逃して~!」
「最近コソコソしてると思ったら!」
――百魔夜行の襲来を知ったアメリアが、なりふり構わず逃げ出そうとしていた。
いつの間にか勝手に縁談を決められ、知らぬ間に破談になっている彼女。
後者は華族令嬢として結構な瑕となるのだが、アメリアにそれを気にした様子は無かった。
「私もアルマに行っとけば良かった~~~!!」
華族としての自覚がいまだに薄い彼女にとっては、自由を脅かす厄介ごとがひとつ減った程度の認識なのだ。
そんな彼女はここ数日、ジェイ達の家から逃げ出すチャンスを窺っていたようだ。
もっとも忍軍が守っている家にそんな隙があるはずもなく、手をこまねいている内に百魔夜行襲来のニュースが飛び込んできた訳だが。
「大丈夫ですよ! ジェイと戦えてたんだから、弱くありません!」
「ウソだ~! すっごい手加減されてたもん!!」
「それはそう」
尚武会の話である。明日香がフォローしようとしたが、アメリアは信じなかった。その件に関してはジェイも否定しない。
あの時彼女と戦ったのは他にラフィアスと獅堂がいる訳だが、魔法使いであるラフィアスはもちろんのこと、獅堂もアメリアと戦う時は手加減していた。
こればかりは仕方がない。幼い頃から鍛えられてきた生粋の華族と、養子に入ったばかりの元ストリートチルドレンの差。自覚や覚悟だけでなく、培ってきた経験と技術が違うのだから。
百魔夜行の到着までまだ少し時間があると、ジェイ達はアメリアを居間に連れて行き、魔草茶を飲ませて落ち着かせる。
ジェイはテーブルを挟んで向かい合って座っているが、アメリアの隣にはにこにこ顔の明日香がいて逃げられない状態だ。
この場は逃げるのを諦めたアメリアがおとなしくお茶を飲み、ジェイが現在の彼女を取り巻く状況を説明する。
「というか高城家って向こうで叛乱に加わっているだろうし、何か貢献しとかないと戦後の立場がな……」
現在、セルツとタルバの双方がそれどころではないため詳細な情報のやりとりはできていない。
セルツに伝わっているのは、タルバが窮地を脱しつつある事ぐらいで、オーサの現状は伝わっていなかった。
しかし『純血派』である高城家が叛乱に参加していれば、縁談は破談になっているだろうという事は予測していた。
ハッキリと言ってしまえば、高城家存亡の危機である。
「それ、ソックの家もだよね?」
佐久野家の場合、ヤマツはあくまで隠居。当主は王国側で参戦しているはずなので、そこまで悪い事にならないだろう。しかし、立場が弱まる事は避けられない。
「あいつはアルマで『賢母院』様を手伝ってるから」
そして後継者のソックも、戦場とは別の場所で貢献していた。
ソックは後方向き、戦場の指揮官と言うよりも平時の能吏タイプだ。今も避難者をまとめる『賢母院』ポーラの仕事を、手伝わされている事だろう。
「わ、私もアルマに……!」
「無理」
残念ながらアメリアには、それができる能力は無かった。これもソックが騎士隊長を担う家の後継者として培ってきたものと言える。
「諦めて、防衛戦参加は覚悟しておけ。魔法使いを遊ばせておく余裕は無い……特にお前の魔法はな」
「うぅ……養子になんかなるんじゃなかったぁ」
アメリアの魔法は風の刃を操るもの。ストリートチルドレンだった頃から使えたもので、名前はまだ無い。
尚武会では「試合で使うには殺傷力が高く、手加減がしにくい」と評されていた。手加減無用の魔物相手にこそ真価を発揮する魔法と言える。
そういう意味でも、百魔夜行を迎撃するにあたって彼女は欠かせない戦力と言えた。
「明日香と一緒に参戦しとけ。そっちに忍軍も付けるから」
「え~、ジェイが守ってくれないの?」
どうせなら強い方に、と主張する元気は残っているアメリア。言うだけならばタダである。
「……ついて来れるなら構わんが」
「あ、やっぱいいです」
ただし、ジェイと一緒の方が安全だとは限らない。
百魔夜行が襲来した際にどう動くかは状況次第である。
しかし、普通に防衛戦に参加するより安全になるという事はないだろうという確信があった。
「アメリア、一緒にがんばりましょう!」
「……うん、ちゃんと守ってね」
結局のところアメリアは、明日香に連れられて防衛戦に参戦する事が、戦後も含めて最も安全なのであった。
タイトルは悪役(である『純血派』の高城家の)令嬢アメリアなので、間違いではありません。
『純血派』の中では木っ端の小物でしょうけど。




