第259話 英雄の使い道
セルツで英雄が百魔夜行に備えて動いている頃、タルバでも新たな英雄が誕生しつつあった。
「…………どうしてこうなった…………?」
その新たな英雄候補は、事態の急変に頭がついて行かず呆然としていた。
その名はオーサ=佐久野=タージャラオ。
現在彼は、仲間の十勇士を連れてタルバ王宮に足を踏み入れていた。
「…………どうしてこうなった…………?」
「何回言うつもりだ? それ」
呆然としたまま繰り返すオーサに、三好がツッコんだ。
彼等が王宮に攻め込んだという訳ではない。むしろ逆であり、何故かオーサ達は『純血派』の奇襲を防ぎ、王都陥落を阻止した……とされていた。
そう、彼はタルバの新たな英雄として王宮に招かれていた。
セルツではうだつが上がらない無役騎士だった面々も、今やタルバの英雄に率いられる十勇士。猿飛達はオーサに付いてきて良かったと大はしゃぎだ。
ただ、三好と海野の二人だけは、オーサが困惑している事が分かってしまい顔を見合わせているが。
「どうしてこうなった!?」
「政治ぃ……ですかねぇ」
首を傾げながら答えたのは海野。彼の推測は、おおよそ間違ってはいなかった。
現在タルバ王都では王国軍と『純血派』が膠着状態となっている。
マグドク、ニパから援軍が来るので鎮圧は時間の問題だと考えられているが……。
「助けられるだけじゃ、タルバ王家の立場が……というところでしょうね」
「ああ、こっちも『純血派』に負けてないんだぞってアピールか」
海野の説明に、三好がうんうんと頷いている。
そのためにオーサは手頃だったのだろう。
実際、彼が『純血派』の奇襲を防いだというのは事実だ。
彼が家を飛び出したせいで隠居のヤマツが暴走。それを騎士団が発見したため、なし崩し的に戦いが始まってしまった。
それにより『純血派』の奇襲作戦は破綻。南の百魔夜行との連携も崩れたと言える。
「どうしてこうなった……」
「まだ言うか」
もっとも、当のオーサにそんなつもりは無かっただろうが。
そもそも彼のスタート地点は、兄ソックの婚約者である芽野家のタルラへの横恋慕だ。冷静に考えると、なかなかにアレな話である。
それが当のタルラがソックの下に逃げ出してしまった。この時点で敗北必至な事に触れてはいけない。
更に、隠居のヤマツが勝手に芽野家との縁談を破棄し『純血派』である高城家との縁談をまとめてきた。
それでもタルラの事を諦められなかったオーサは、ヤマツに反発して家出。
彼の中にあったのはタルラへの想いだけだったというのに、いつの間にやらタル「ラ」ではなくタル「バ」の新英雄だ。
なお当のタルラは、現在ソックと共にアルマの温泉宿に避難中。オーサがこんな事になっているなど知る由もないだろう。
オーサが、どうしてこうなったと言いたくなるのも無理のない話である。
「結果的にですが、活躍の度合で言えばあなたが一番なのですよ、オーサ」
神妙な面持ちで言う海野。
あの晩は、王宮や王都の各所で防衛戦が繰り広げられていた。しかし皆必死の総力戦であり、飛び抜けて目立った者は他にいなかったらしい。
オーサが一番持ち上げやすかった。海野もそれを否定する事はできない。
これはタルバの、国の立場を守るためであり、オーサの納得などは二の次、三の次である。
「これだから大人ってヤツは! 汚いッ!!」
「若者かッ!!」
華族学園入学までまだ二年ある十三歳である。
オーサはこの現状を受け容れるには少々若く、その若さ故に潔癖過ぎた。
「何悩んでるんだろうなぁ。乗るしかない、この大波に!って感じじゃね?」
「北の海は、波が荒々しいらしいですよ」
猿飛と海野、どちらも南の海沿いであるセルツ内都の出身である。
「……ともかく、オーサ殿は気を付けねばならんぞ」
三好が年長者として忠告する。
「態度にも出すなと?」
対するオーサは、ジロリと睨み付けた。なお、三好はサラリと受け流す。
「それもあるが……向こうは取り込もうとしてくるぞ」
「取り込む……?」
オーサはいまいちピンとこない様子だ。それを見て、海野がフォローを入れる。
「オーサは次男ですから、新しい家を興させるとか」
後継者でない次男坊にとっては望外の出世である。そして新しい家の当主になるという事は、王家の直臣になるという事でもあった。
「……今日招かれたのは、その話か?」
「それをするには少し早い気もしますが……」
普通に考えれば、この戦いが終わってからの話となるだろう。
「今回は顔合わせではないか?」
そう言ったのは三好。彼自身出世話とは縁の無い人生を送ってきたが、そういう事をするというのは聞いた事があった。
海野も、それは有り得る話だと頷いている。きっと宮廷の作法「根回し」というヤツだろうと。
もし、この場にエラがいたら、この後起きるであろう事を教え、注意を促してくれただろう。
しかし十勇士は全員、三好と同じく出世と縁が無かった者ばかり。この場において的確な助言ができる者は誰一人としていなかったのである。
「よくぞ参った、若き魔法騎士オーサよ!」
オーサが謁見の間に入ると、タルバ王は立ち上がって歓迎の意を示した。
煌びやかな空間に、不慣れなオーサは思わず目が眩みそうになる。
十勇士も続けて謁見の間に入る。猿飛達だけでなく三好も同じようにキョロキョロと辺りを見回してしまい、それを海野が嗜める。
しかし、居並ぶ宮中伯の中にその態度を咎める者はいない。皆にこやかに拍手で一行を歓迎している。
だが、違和感がある。オーサは戸惑うばかりで気付けない。奇しくも三好が、キョロキョロとしていたおかげでそれに気付く事ができた。
彼等から見て左右に並んでいる宮中伯達。その多くの傍らに、この場に似つかわしくない年頃の少女の姿がある事に。
「あっ……」
思わず呟いてしまう三好。幸い拍手の音で、その声はかき消されてしまう。
彼は気付いた、その意図に。新たな若い英雄を取り込む手段は、家を興させる事ばかりではない。
「なるほど『顔合わせ』か……」
海野は王や宮中の面々とのそれだと考えていたようだが、今の謁見の間を見れば、それだけでない事は明らかである。
芽野家のタルラは、オーサの横恋慕でほぼ脈無しと考えてもいいだろう。それは三好達から見ても分かる。
高城家は『純血派』側で参戦しているらしい。ヤマツが持ち込んだ縁談も、このまま立ち消えになるだろう。
そう、新たな英雄オーサは、現在フリーなのである。
そして宮中伯達の傍らに立つ少女達は、おそらくオーサと同年代。
そう、これは王達との顔合わせであると同時に彼女達との顔合わせ。
どの家が新たな英雄と縁を結ぶかの予備審査のようなものなのだ。
「気を付けろよ、オーサ殿……」
三好はポツリ呟いた。しかし、その声は拍手の音にかき消されてしまい、オーサの耳に届く事は無かった。




