第256話 迫る百魔
絶望、その二文字が騎士達の頭をよぎる。
タコ頭との死闘で、百魔夜行の中心に近付いていると思っていた。しかし、それが勘違いであったと気付いてしまったのだ。
自分達が戦っていたのは百魔夜行の端、それこそ尖兵クラスの相手に過ぎなかったという事に。
今までの戦いは無意味だったのか。中央の魔物相手に勝ち目はあるのか。そんな考えが頭の中をグルグルと渦巻く。
動けなくなってしまう騎士達。だが、百魔夜行は待ってはくれない。
「顔を上げろォッ!!」
ここで声を張り上げたのは、先程タコ頭を倒した白髪交じりの騎士だった。
「我等の戦い、無意味ではないぞ!」
「し、しかし……!」
「我等の役目はなんだ!? アーロに上陸しようとする百魔夜行を、この死島防塁で食い止める事であろう!!」
その言葉にハッとなる騎士達。
確かにその通りである。ここまでアーロに上陸しようとしてきた魔物達は、タコ頭含めて全て倒せている。たとえそれが、百魔夜行の端っこであったとしてもだ。
そう、彼等は自分達の役割を果たせている。決して負けてはいない。
ものは言いようだ。言った本人も、口元は自嘲的な笑みを浮かべる。
「そ、そうだ!!」
「俺達は、まだ戦えるぞ!!」
だが、絶望で動けなくなりかけてた騎士達を、もう一度奮い立たせる事はできたようだ。
見れば百魔夜行のほとんどは、死島防塁から見て東の海上を進行している。
今までにない動きだが、どこに向かおうとしているかは分かった。旧魔法国の都カムート、つまり今のセルツの内都だ。
アーロへの上陸を阻止する。そこだけに限定して見れば、光明が見えてきたと言えるだろう。
騎士として忸怩たる思いはあるが、それは一端心の棚にしまっておかなければならない。
「……来ました!」
一人の騎士が指差す先に、崖の縁に手を掛け上陸しようとする手が見えた。一体ではない、二体だ。
「チィッ!」
白髪交じりの騎士は即座に手近にあった槍を拾って駆け出し、片方が顔を覗かせた瞬間にその穂先を眉間目掛けて叩き込んだ。
文字通り出鼻を挫かれたタコ頭は、たまらず海に向かって落ちていく。
少し間があって聞こえてくる着水音。どれだけのダメージがあったかは分からないが、とりあえず二体同時に相手をする事は避けられる。
もう一体の方は、既に他の騎士達が相手をしていた。五人で囲んでいる。
ひとまずは彼等に任せていいだろう。白髪交じりの騎士は、今の内にと呼吸を整えるのだった。年には勝てんなと思いながら……。
一方セルツでは、百魔夜行の件がニュース番組でも取り沙汰されるようになった。宮廷で援軍を出す事が決まったためだ。
今までは混乱を招きかねないと伏せられていたが、援軍に参加してくれる騎士を集めようとすると、おのずとどこからか漏れてしまうだろう。
それならば先に発表してしまおうという事だ。援軍を出すという対策も合わせてならば混乱も最小限に抑えられるという判断である。
ジェイ達が百魔夜行の件を知ったのは、ニュース番組の直前だった。
冷泉宰相が伝令を送って伝えようとしたのだが、援軍編成に宮廷が素早く動いたため、このタイミングとなったのだ。
「アーロに!? レイラちゃん大丈夫なの!?」
悲鳴のような声を上げるモニカ。レイラというのはゴーシュの実習に行った際に知り合った現地の子供だ。
シルバーバーク商会の船が定期的にゴーシュに行っている事もあり、モニカは実習以降も手紙のやり取りを続けていた。
「安心しろ。今回の百魔夜行の進行ルートは東寄り、アーロの西側には行ってないみたいだ」
「そ、そうなんだ……」
今回の百魔夜行は南端の死島防塁辺りが端となるため、西側に魔物は流れていない。
ゴーシュがあるのはアーロの西側なので、そちらに被害は出ていないだろう。モニカはほっと胸を撫で下ろした。
ちなみにこの進行ルートに関しては、冷泉宰相から伝えられた情報だ。ニュース番組では取り扱われていない。
ジェイの実習先がゴーシュであった事は当然知っているので気を使ったというのもあるだろうが、メインは『アーマガルトの守護者』との情報共有であろう。
周辺の地図が頭に入っていれば分かる。今回の百魔夜行は、他に目もくれずセルツの内都目掛けて真っ直ぐ突き進んでいる事に。
そして内都の手前にあるのが学園のあるポーラ島。つまり、百魔夜行は真っ直ぐこちらに向かっている。物理的にも、心理的にも準備をしておけという事だろう。
「内都では、防衛戦に参加する騎士を募集しているようね」
それを調べてくれたのはエラ。
騎士団は当然、『自由騎士』はもちろんの事、無役騎士も戦力としてかき集めているらしい。
狙いが明らかに内都なので、宮廷も対百魔夜行に全力なのだろう。
「ジェイ、ジェイ、その……学生ギルドでも募集してるみたいです」
「……防衛戦参加者?」
「はい……」
「依頼者は?」
「周防委員長です」
風騎委員長である。明日香も他の風騎委員からそれを聞いたそうだ。
「少しでも戦力が欲しいといったところかしら?」
「それもあるだろうけど……」
エラの予想も否定できないが、ジェイには別の考えがあった。
「避難する人はとうに避難していて、元々島に残っているのは有事の際には戦おうって連中ばっかりなんだ」
そこまで言ったところで、モニカが気付く。
「ああ、そういう人達が好き勝手しないように……」
「なるほど! 戦うなら、風騎委員の指揮下でという事ですね!」
つまりはそういう事だ。
騎士団と合流するのは難しいし、学生騎士が内都で行われている募集に参加するのは難しいだろう。
だからと言って、一人で突っ走ってもらっては困る。
やる気があるのは結構だが、ここは学生騎士同士で力を合わせて立ち向かうべきだ。
そして、どうせなら風騎委員長である私の下で戦え。
周防委員長の考えは、おおよそそんなところであろう。
実際、好き勝手に動かれると、何かあった時にそれを助けるためかえって被害を大きくしてしまう可能性がある。
そんな学生騎士をまとめて、周りの足を引っ張らないようにする。そういう意味では、周防委員長の行動は間違ってはいなかった。




