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第255話 折れない剣

「奴等め、これが狙いかッ!!」

 謁見の間で地団駄を踏みながら怒声を発したのは、極天騎士団長の武者大路。

 百魔夜行襲来、アーロ大神殿に届いたその報せは、すぐさま各国に伝達された。王宮内で待機していた宮中伯達が緊急で集められ、会議が行われる。

 アルフィルクが準備中なため会議はまだ始まっていないのだが、アーロの件は既に伝えられている。

 それを聞いて宮廷の面々がまず考えたのは、現在北のタルバで起きている『純血派』による叛乱との関係性。

 無関係ではない。南北に挟まれたセルツ、マグドク、ニパの戦力を分散させるためだろうというのはすぐに察しがついたのだ。だからこその、武者大路の反応である。

「フン……どうせなら南北同時に蜂起した方が効果的であったろうに」

 そう口にしたのは冷泉宰相。流石に北が予定外の蜂起だった事は分かるはずもなく、他の宮中伯達も同意してうんうんと頷いている。


「国王陛下、御出座であります!」

 係官の朗々とした声が響き、一同は話を止めて姿勢を正す。

 扉が開き、春草騎士団長愛染に連れられて、アルフィルクが謁見の間に入ってきた。

 少年王が玉座に着くと、宮廷会議が始まった。まずはバルラ太后が、アルフィルクに報告するという形で、改めてアーロの件について参加者達に伝える。

「『死の島』より百魔夜行が襲来。これまでにない規模との事です」

 するとアルフィルクは戸惑いを見せた。「ひゃくまやこう」が何であるかを知らないのだ。

 それを察した愛染がそっと耳打ちすると、アルフィルクはその恐ろしさに気付いてビクッと肩を震わせる。

 これではこの非常時に統率力を発揮するような事は期待できないだろう。しかし、報告しているバルラ太后の顔に、落胆や怒りの色は見えない。

 良く言えば、小さな少年王にそこまでに責任を負わせるつもりはない。悪く言えば期待していないのだ。

 大事なのはこのような状況下でも、アルフィルクを王とする体制を維持する事。この報告も、そのためのものであった。


 続けて報告をするのは冷泉宰相。

「残念ながらマグドクとニパの両国は、アーロに援軍を送るのは難しいとの事です」

「タルバに援軍を送りますからな!」

 武者大路が補足した。

 そう、両国はタルバと隣接しているため、叛乱勃発の報せを受けてからすぐに援軍を送る準備をしていた。

 そのためこのタイミングでアーロにも援軍をと言われても、どうしようもないというのが現実だった。

 ただ、南北同時に発生していた場合、マグドクとニパの内のどちらかは百魔夜行に対抗するためアーロへ援軍を出していただろう。結果として北の援軍が増え、南の援軍が減っている事になる。

 つまりタルバの『純血派』は、予定より早く蜂起したため窮地に陥っている事になるが、そこは自業自得であろう。

「となると、アーロへの援軍は……」

「我々の役目となりますな」

 バルラの問い掛けに、武者大路が答えた。

「よりにもよって、こんなタイミングで……!」

「陛下、連合王国の盟主として、ここでアーロを見捨てる訳にはいきませんぞ」

 一礼してそう言ったのは冷泉宰相。アルフィルクに対してであったが、実質バルラへの釘刺しである。

「いずれにせよ援軍は送らねばならぬか……陛下、極天騎士団を動かしましょう」

「ウ、ウム。武者大路、アーロを救うのだ」

「ハッ!」

 半ば形だけではあるが、最後に決断するのはアルフィルクの役目だ。

 こうしてセルツは復興の真っ最中でありながらも、アーロ救援のために動き出すのだった。



 一方アーロの死島防塁では、今も激しい戦いが続いていた。

 重い音を立てて青白いタコ頭が倒れる。その上では白髪交じりの騎士が、荒い息をしながらタコの眉間に剣を突き立てていた。

 ぐいっと手首を捻って剣を押し込むと、ヒゲのようなタコ足がビクンと痙攣し、そして力を失った。トドメを刺せたようだ。

 それを皮切りに他の騎士達も奮起し、魔物を打ち倒す。おかげで魔物の波は途切れ、わずかではあるが休息をとる時間を確保する事ができた。

 この時周りの騎士は、タコ頭を倒した武功を称えて歓声を上げるか、呆然とした表情をするかだ。白髪交じりの騎士の反応も後者である。

 彼はすぐさま飛び降りたが、タコ頭の身体に変化は無い。

 これが意味する事はひとつ。

「こいつも魔物なのか……!?」

 魔神であれば、その躯は魔素の塵となり、魂は魔神の壺へと戻っていくだろう。

 それが起きないという事は、他の魔物とは桁違いの力を持っていたこのタコ頭も、魔神ではなくただの魔物という事だ。

 騎士達の反応の差は、その事実を知っているかどうかによるものであった。


「そ、総大将を探せーッ!!」

 白髪交じりの騎士は、迫真の表情で声を張り上げた。

 百魔夜行にはそれを率いる総大将がおり、それを討てば百魔夜行は統率を失いほとんどの魔物が死の島へと逃げ帰る。残った魔物は烏合の衆だ。

 そして総大将に近いほど、強い魔物が配置される傾向にある。タコ頭を倒した騎士は、総大将が近いと考えたのだ。

 その声にハッとなり、歓声を上げていた騎士も態勢を整え直す。

 空を見上げれば、飛行モンスターの群が円を描くように飛んでいる。タコ頭を倒した騎士を警戒しているのだろう。この角度では大型弩弓で狙う事も難しい。

 海からはどうかと二人の騎士が崖下を覗きに行こうとしたが、崖の縁に近付く直前で飛び退いて距離を取った。

「来たぞ!」

 縁に手を掛ける魔物の指が見えたのだ。

 顔を出したらすぐさま叩き込んでやると、槍を持った騎士達が前に出て身構える。

「……なっ!?」

 しかし、騎士達は驚きの声を上げ、攻撃するはずの手も止まってしまった。

 崖下から姿を現したのは、濡れた青白いタコ頭。先程死闘の末に倒したばかりのと同種の魔物だったのだ。

「お、おい! 向こうも!」

「あっちからも来るぞ!」

 更に二匹、三匹とタコ頭の巨体が上陸してくる。

 この魔物が声を発する事はない。タコであるため表情も読めない。

 しかし絶え間なく蠢くタコ足が、自分達を嘲笑っているようだと騎士達は感じた。


「あ、あれを見てください!」

 一人の騎士が、悲鳴のような声を上げた。

「あ、あれは!?」

「バカな……!!」

 釣られて見た騎士達の視界に入ったのは、東の空を悠々と進む魔物の群――百魔夜行であった。

 ハッキリと分かる。死島防塁に上陸した数よりも、東の群の方がはるかに多い。

 その光景を目の当たりにした騎士達の脳裏に、絶望と共にある考えがよぎった。

 これまで百魔夜行はアーロを通過し、旧魔法国の王都カムート――セルツの内都を目指すものだった。だが本当に今回もそうなのだろうかと。

 地形を考慮せず、真っ直ぐに内都に向かって進むならば、その進行ルートはアーロの東側の海上、今見えている魔物の群がいる辺りになるのではないかと。

「ま、まさか……」

 騎士の口から漏れる震えた声。

 ここまで戦ってきた魔物達、そして目の前にいるタコ頭達は、たまたま死島防塁に引っ掛かっただけの百魔夜行の端っこに過ぎないのではないか。

 東の海上を進む群は、こちらに目も向けず真っ直ぐに北上している。その事実を前に、彼等は脳裏に浮かんだ絶望的な考えを否定する事はできなかった。

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