第250話 学園に迫る危機
「宮廷的には、今の状況早く終わらせたいだろうねぇ」
ポーラ華族学園の歴史教師にしてエラの友人であるソフィア=桐本=キノザークは、不敵な笑みを浮かべた。
「それは当たり前じゃない?」
それに応えたのはエラ。今日は避難する気が無いという友人の様子を見るために、華族学園の図書館に来ていた。もちろん侍女と忍軍の護衛が一緒である。
ソフィアは、いつもと変わらぬだらしない格好で眼鏡もズレている。
他の図書館職員は休みなのか避難したのか、彼女は一人資料室にこもっていた。
「エラちゃんが言っているのは、早く解決したいって話だろう?」
「違うの? ソフィ」
「ああ、違う違う。宮廷が考えているのはね……早く復興のための人手を呼びたいって事さ」
「……ああ、そういう」
先の叛乱で被害を受けた内都を復興するためには人手が足りず、遅々として復興は進んでいない。避難している人も増えてきているのだから尚更だろう。
しかし今、それを補おうと外部から人を呼べば、どこに『純血派』の手の者が紛れ込むか分かったものではないという事になる。
それ故に宮廷としては、一日も早く今の不穏な状況を解決したいのだ。
「もしかして、ソフィが避難しないのって、宮廷が早く解決すると思ってるから?」
「それもあるね」
宮廷は必死に解決しようとするだろうというのが、ソフィアの考えだ。
「…………単に動くのが面倒くさいからじゃないわよね?」
「そ、そんな訳ないじゃないか」
声が上ずっている。
「それに、ほら、君の許婚君を信じているんだよ」
とはいえ、その言葉に偽りは無い。『アーマガルトの守護者』が残っているなら、何があっても大丈夫だろうとソフィアは考えていた。
避難するために荷物をまとめるのが面倒だったというのも否定はできないが。
「そういえば知ってるかい? 極天騎士団が風の丘あたりを調査していたのを」
「風の丘を?」
風の丘というのは、内都郊外にある小高い丘だ。
内都の住人が日帰りで遊びに行くような場所で、エラも何度も行った事があるが……。
「少年王を誘拐した奴等が潜んでただろう?」
「ああ……」
そこは先日、少年王アルフィルクが誘拐された際に、犯人の一味『純血派』の『絶兎』達が、近くの森に潜伏していた場所でもあった。
「あの辺りに『純血派』の隠れ家があるんじゃないかって調べてたみたいだね」
「どうして知ってるの?」
「あの辺に遺跡とか無いか聞かれたんだ」
「…………それ、私が聞いてもいいヤツ?」
「いいんじゃないかい? もう空振りに終わったみたいだし」
「あら、そうなの」
「隠れられそうな場所、元々無いからね、あの辺」
実際ソフィアは、極天騎士団からの問い合わせに対し「風の丘周辺に拠点にできそうな遺跡は存在しない」と答えたそうだ。
それでも極天騎士団は捜索したようだが、結局何も見つけられずに戻ってきたらしい。
「ま、情報提供だよ。許婚君にとっても探す候補だろう? あの辺りは」
「それは、そうね……」
あの森に潜んでいた『絶兎』達を倒したのはジェイだ。
もし『純血派』を探そうとすれば、捜索場所候補の上位には挙がっていただろう。
つまりソフィアの情報提供は、ジェイに空振りさせないためと言える。
「それより、君達が気にすべき事は別にあるよ」
心当たりのないエラは、首を傾げる。
「あの時もね、大変だったんだ」
「あの時?」
「第五次サルタートの戦い……許婚君が英雄となったあの時さ」
それは龍門将軍率いるダイン幕府軍がアーマガルト――セルツ王国に攻め込んできた戦いだった。
祖父レイモンドが倒れ、ジェイが自分がやるしかないと覚悟を決めていた頃、内都とこのポーラ島では今回と似たような事が起きていたらしい。
そう、学生達の避難である。
「あの時は、幕府軍が内都まで攻めてくると思われてただろう?」
「それは、まぁ……」
エラも覚えている。セルツ王国が滅ぶのではとまでささやかれていた。
そのためセルツ以外の連合王国各国や、セルツの領主華族は子供達を引き上げさせた。
当然今回と同じように学園は休学となり、残った生徒も学生街に引きこもる事になったという。
「……でもね、本当に大変だったのはその後だったんだ」
「えっ?」
「エラちゃんも心当たりないかい?」
「特には……」
「……君は、そういう子だった」
第五次サルタートの戦いは三年前。当時エラは華族学園の学生だった。
そう、問題は戦後の華族学園で起きていたのである。
「戦後、休学となっていた学園が再開され、学生達が戻ってきた……でも、何もかもが元通りになった訳じゃなかった……」
「一体……」
まったく心当たりが無さそうなエラ。そういえばこの子は実家に戻っていたな……と思いながらソフィアは言葉を続ける。
「戦いの後ね……妊娠が発覚して結婚する子が相次いだんだよ!!」
真剣な顔で言うソフィア。そう、冗談ではない。
「そういえば、確かにあの頃は……えっ、あれ普通じゃなかったの?」
「ないない」
身も蓋も無い話だが、避難する際に狙っていた異性の下に身を寄せたり、避難せずとも休学中家に引きこもっている間に……という事である。
めでたい話ではあるが、いかんせん時期が重なり過ぎて医者の手配等、学園は大忙し。その混乱は一年ほど続いたという。
「学園長はね、ガチで警戒してるよ。また同じ事が起きるんじゃないかって」
「え、え~っと……」
エラは視線を泳がせている。ソックとタルラもそうだが、何より自分自身。心当たりがあり過ぎた。
「……ま、悪い事ではないんだけどね」
「そ、そうよね!」
戦に巻き込まれる可能性を考えれば、必要な事とも言えるだろう。
となると学園側としては、いくら大変になると分かっていても邪魔立てする事はできない。
ソフィアは態度が露骨で語るに落ちた友人を見ながら、今回も大変になりそうだなと大きなため息をつくのだった。
残業とか激増するでしょうから、教師達にとってはとんでもない危機です。




