第244話 あいつの事が心配なんだ
ジェイとエラが帰宅したのは、午後の事だった。
あの後二人を招待した少年王アルフィルクは、ジェイの武勇伝を聞きたがった。
立て続けに起きた叛乱で不安になっていたため、セルツには『アーマガルトの守護者』がいると安心したかったのかも知れない。
その間に愛染の下に新しい情報が届き、ジェイ達もそれを聞かせてもらう事ができたのだ。タルバ王都叛乱の最新情報である。
「なんか、寺に立てこもってるオーサと、寺を取り囲む隠居が睨み合ってるらしい」
「…………なんで?」
最新情報の内のひとつである。
ソックは驚いてフリーズしてしまった猫のように目を丸くする。その背後に星空が見えた、ような気がした。
ジェイ達が得た情報によると、王城と北天騎士団の本部が特に大きな戦場になっているそうだ。
他にも有力な華族、騎士団関係者の屋敷等でも、攻防戦が繰り広げられているのだが、その中に何故か佐久野家の菩提寺が含まれていた。
「つまりオーサは、北天側で参戦しているという事ですか?」
「…………なんで?」
明日香は首を傾げ、ソックは先程と同じ顔で、同じ言葉を繰り返した。
悪い事ではないのだが、訳が分からない。
ヤマツと共に『純血派』側に寝返ると考えていたので、こういう反応になるのも無理はない。
タルバ情勢は複雑怪奇であった。
「それでね、ジェイ。オード達が訪ねてきたんだけど……」
続けてモニカが、留守中に訪ねてきた二人の件について伝える。
「なるほど、避難か……」
決定的な事はまだ起きていない現状でそこまでやっても良いものかという疑問はあるが、個人で島を離れる学生が増えてきている現状がある。そこは気にしても仕方がないだろう。
「確かに白兎組で避難させるとなると、受け入れられるのは昴家か山吹家ぐらいでしょうね」
「具体的な事は、話し合う必要がありそうだが……」
「そう言うと思って、招待できるように夕食多めに準備してって伝えてるよ」
モニカは、ジェイならそう判断すると予想していたようだ。
ジェイの帰りがもっと遅かったら日を改める必要があっただろうが、この時間ならば問題無いだろう。すぐにオード達に連絡をし、彼等を夕食に招く事にした。
「やあやあ、招待ありがとう! あ、これおみやげね」
そして日が暮れて、手土産持参でオードとユーミアが訪ねてきた。
夕食にはソックとタルラにも同席してもらう。
避難の件は、食事時にする話ではないという事で食後となる。
その代わりに女性陣は、タルラの愛の脱出劇で盛り上がっていた。
根掘り葉掘り聞かれ、いつの間にか話は二人が子供の頃のものになったりもしたが、タルラは満更でもなさそうに答えていた。
食事も終わり、デザートとなるのはオードが手土産として持ってきたケーキだ。
魔草茶の葉を使ったもの、いわゆる抹茶味系のケーキをイメージすると分かりやすいだろう。
タルラの話もひと段落ついたので、本題である避難の件について話す。
こちらはジェイ、エラ、オード、ユーミア、そしてソックが参加だ。
明日香は引き続きタルラと話をするようで、モニカもそれに付き合わされていた。
ユーミアは少々名残り惜しそうにしていたが、オード単独でこういう話をさせてはいけないと考えていたりする。
「避難の件なんだが……こちらとしては異存は無い」
と言っても話は早い。クラスメイトの避難を受け入れる事は、ジェイとしても望むところだからだ。
ジェイは今回の件を甘く見るつもりはない。実際に起きた内都の叛乱ばかり注目されているが、工作員らしき者達がポーラ島で集会等していた事を忘れてはいなかった。
そのため戦えない者達は、今からでも避難した方が良いと考えている。
「となると、それぞれがどれだけ受け入れるかですね」
そう、ここで話し合うべき事は、クラスメイトを具体的にどう分散させて受け入れるかだ。
「一番安全なのはアルマだと思うが……」
「そうなのかね?」
「アーマガルトの方が、強い軍がいるんじゃ……」
「『賢母院』様が代官だぞ、アルマ」
「……ああ」
「なるほど……」
精強なアーマガルト軍より、ポーラの方が頼りになると言っているに等しい。しかし、誰もそれを否定する事はできなかった。
更に言ってしまうと、ポーラはアルマを挟んで南北で通信が行われていたと言っていた。
それは逆説的に言えば「通信者はアルマにはいない」という事なのだ。もしそこまで近いところで通信していれば、彼女は通信元を特定していただろう。
「でも、避難したがらない人もいるんじゃないかしら?」
そう言ったのはエラ。
内都には、手柄を立てるチャンスを求めている無役騎士がそれなりにいる。そういう家の子も、同じように考えている事は多い。
「あまりオススメしたくはないんだがなぁ……」
ジェイがぼやいた。経験者だけあって、戦がいかに危険であるかは分かっているのだ。
自身も無茶をした自覚はあるので、やる気は買う。しかし、皆まだ早いというのが正直なところであった。
「……特にあいつ」
その一言に、ユーミア以外がうんうんと頷いた。
彼等の脳裏に浮かんでいたのは、あるクラスメイトの顔。
「……色部かな?」
「確かに……彼は危ういですね」
そう、色部である。クラスメイトのジェイ達には、放っておけば稼ぎ時だー!とか言って参戦する姿が思い浮かんだ。
それでも強ければいい。しかし、残念ながら彼の武芸の腕はそこまでではなかった。
弱いとは言わないが、オードから見ても互角以上ではない。ソックも、オーサには勝てないだろうと考えていた。
「色部は、強制的に避難させられないか?」
「強制連行はまずくないかね?」
「そこは、まぁ……色部ですし? 何かで興味を引いて?」
話し合うジェイ達。
クラスメイトを死地に送る訳にはいかない。それだけにジェイ達も必死であった。




