第243話 何かが目覚める……!
「旅姿の人が目立ちますね」
ジェイ達の留守中、家の守りを任されたと張り切っている明日香。
モニカ達がソック達の応対している間、彼女は通りの様子を見ていた。
それで気付いたのだが、通りを行き交う人の中に旅装の人がチラホラと見える。長期休暇の前後ならともかく、今は少々時期外れだろう。
帰郷するのか、あるいはそれ以外の場所に行くのか。いずれにしても遠出しようとしている人達だ。
「故郷に戻って出陣の準備ですかね?」
「避難ではないでしょうか?」
明日香はいざ事が起きた時にいち早く動くため故郷に戻ろうとしていると考えた。
その一方で侍女は、単に学園も危険と考えて避難しようとしているのではと考えたようだ。
これに関しては、後者の方が正しいだろう。ジェイを見ていると忘れがちだが、本来学生の身で戦場に立つ方が珍しいものなのだ。
なお二人は思い付かなかったが、いざ親が出陣する時は、領地を守るために帰郷する者もいるかも知れない。
「うん? あれは……」
その時、明日香の視界に見覚えのある人物が入ってきた。
クラスメイトのオード=山吹=オーカーと、二年生の放送部員、ユーミア=瓜生=グレースだ。
旅装でない二人は、昴家の前で足を止めた。
「おや、ウチに用があるみたいですね」
そう呟く明日香。タルバ王都の叛乱を切っ掛けに、この島も大きく動こうとしていた。
明日香は引き続き家を守るので、オード達に応対するのは頬を引きつらせたモニカだ。
アメリアはソック達と共に退室し、入れ替わりで二人を居間に通す。
オードはもちろんのことユーミアも面識があるので、ほぼ初対面だったタルラよりはマシと言ったところか。
「え、え~っと……ジェイは今、お城に……」
「あっ……」
その言葉でユーミアは察した。やはり何か起きているのだと。
二人の用件も無関係ではなく、早速話し始める。
「実は我が領に避難させてもらえないかと頼まれてな!」
山吹家は魔草農園を任されている家。大農園というのもあるが、魔草は通貨となる魔素種や魔素結晶の原料。言うなれば造幣局でもあるのだ。
当然警備も相応のものとなり、安全性はこの国の中でも特に高いと言える。
「……避難?」
「ウム! 何人かに相談された!」
領主華族は帰郷すればいいが、内都華族はそうはいかない。
何か起これば手柄を立てるチャンスだと張り切っている者がいる一方で、そういうのはいいから戦火を避けたいと考えてる者もいる。
そういう者が、クラスメイトのよしみで頼んできたという事だろう。
「ほらぁ、白兎組って内都華族が多いじゃないですかぁ」
ジェイに内都華族との縁を深めて欲しいという宮廷の意図があったとか、なかったとか。
「もしかして、そっちでも避難を進めてたりするのかな~って」
実際、避難するクラスメイトを何人も受け入れられる家となると、白兎組では昴家と山吹家ぐらいだろう。
「ん~……そういう話は聞いてない……」
「忙しいと思われているのかも知れませんねぇ」
ユーミアはそう答えつつ、内心「最前線で危険なイメージが強いのでは?」と思っていた。
それを顔に出さないあたり、流石は放送部アナウンサーのプロ根性である。
実際ジェイに頼んだ場合、避難先はアーマガルトかアルマの二択となる。
そしてアルマの方が安全と思えるだろうが、そこは有名な観光地。そこ避難させてほしいと言うのは流石に図々しいのではないか。
それなら山吹家の方が……と考える者がいるのは理解できる話であった。
「……というか、そこまで話が進んでるの?」
モニカは声をひそめて尋ねた。
「えっ? 今のとこはオードのところに何人か来ただけ~……って、ああ、そういう事ですかぁ」
モニカが疑問に思ったのは、もうこの島から学生が避難するような事態にになっているのかという事だ。
「いや~、そんな大っぴらな動きじゃないですよ~」
「吾輩が頼れる男だから、五人ほど個人的に頼んできただけだぞ。モテる男はツラいな!!」
「……そうなの?」
「……今のところ、男子四人の女子一人ですね~」
ユーミアはにこやかだが、どこか凄味が感じられた。
モニカは引きつつ、話を逸らそうと事情を聞いてみたところ、昨日までは仲の良い男子二人だけだったが、今朝になって立て続けに男子二人、女子一人が訪ねてきたと教えてくれた。
おそらく今朝のタルバ王都で起きた叛乱のニュースが危機感を煽ったのだろう。
それで状況が変ったと感じたユーミアは、すぐにジェイ達に相談した方が良いと助言したという訳だ。
それを聞いたモニカは、そんな話を聞けた彼女はオードの家に入り浸っているのではないかと考えたが、下手にツッコむと藪を突く事になりそうなので、ぐっと堪えて口をつぐむ。
確かに最近不穏な空気を感じている者は多かった。
しかし、あくまでそれだけの話であり、本当に何かが起きるとまで考えていたのはどれぐらいいただろうか。
それが、今朝のニュースで風向きが変わった。
放送部員であるユーミアはその変化を感じ取り、これを皮切りに避難したいと頼んでくる者が増えてくるのではないかと考えたのだ。
「こうなったらぁ、こちらで音頭を取った方がいいんじゃないかな~って思うんですよぉ」
「音頭って……こっちから避難したい人を募集するって事?」
「ウム! 放ってはおけんからな!」
「クラスメイトを誘うなら、アリだと思うんですよ~」
確かに、ユーミアの提案には一理ある。
そういう話を個人でやるという事は、頼んでくるタイミングも人それぞれ。出遅れる人も出てくるだろう。
頼もうとしたら、ジェイもオードも既にこの島にいなかった……なんて事にもなりかねない。
だからと言ってそれを気にしていたら、二人はいつまで島に残っていればいいのかという話になってしまう。オードの反応を見るに、彼は残りそうだ。
ユーミアがこんな提案をしてきたのも、それを危惧しての事だろう。
「え~っと……」
対するモニカは、即答できない。
「……とりあえず、その話はジェイに伝えとくから」
「まぁ、そうなりますよね~」
避難したいクラスメイト、場合によっては家族も受け入れるとなると、モニカでは判断する事ができないのだ。
ユーミアも、モニカが応対した時点でそれは分かっていたようだ。
「でも、家に話を通す必要もあるでしょうしぃ、早めに相談したいと伝えてもらえますか~?」
「あ、うん。帰ってきたら伝えとく……」
「吾輩の家に連絡してくれたまえ!」
それだけ伝えると、二人は帰って行った。
オードの意向で、いざとなれば山吹家だけでも避難を受け入れるつもりらしく、これから家に連絡を取るとの事だ。
見送ったモニカは、ようやく終わったと大きなため息をつく。
そこに顔を出したのはアメリア、ソック、タルラの三人。何か緊急の事態でも起きたのかと気になり、様子を窺っていたらしい。
この島でも大きな動きが起きそうだ等、気になる事はいくつかある。
しかし、それ以上に気になってしまっている事があった。
少々呆れ気味の顔で、アメリアがポツリと呟いた。
「ユーミア先輩……ずっとオードの所にいるのかな?」
オードの家に連絡して欲しいという事は、オードの家で待っているという事だろう。
「オード、尻に敷かれてるよね」
「だよねー」
オード一人に任せるのは不安というのもあるだろうが、なんとも甲斐甲斐しい話である。
「なるほど、こんな状況でもチャンスに変える事ができるのね……」
「……タルラ?」
そしてタルラは、初めて見るタイプであるユーミアという女子から、色々と急速に学習していくのだった。




