第24話 後始末のターン、ドロー!
「あの魔神、言うだけ言って消えやがって……!」
エルズ・デゥは完全に消失した。ジェイは、八つ当たりまぎれに魔神の壺を蹴ろうとした……が、足が痛いだけだと思い留まる。
「『射』ァッ!!」
代わりに渾身の力を込めた影の矢、いや影の「槍」で壺を打ち砕いた。
影の矢は影から離れると小さくなっていくが、逆に影から離さないまま伸ばせばジェイの身長よりも大きな影の刃となるのだ。
砕けた壺の中にあった土のような魔素の塊も、煙となって霧散しつつある。これは主を失った、つまりこれでジェイの疑問に答える者はいなくなったという事だ。
仕方なく外に出ようとすると、明日香の声が聞こえてきた。
雷光が止んだ事で、戦いは終わったと判断したのだろう。ジェイは大丈夫かと心配して慌てて駆け付けたようだ。
「ジェ~~~イ~~~~~っ!!」
明日香はその姿を確認するやいなや、行く手を阻む瓦礫を軽々と飛び越え、その勢いのままにジェイに飛びついた。その勢いに負けないとガッシリ受け止める。
「昴君~!! 無事っスか~!?」
次に家臣達四人がやってきて、更に続けて小熊が到着する。必死に走ってきたようで小熊は息切れ気味だ。
「おぉ~! いい絵ですねぇ~!」
最後に来たのはロマティ。すかさず魔動カメラで抱き合う二人の写真を撮り始めた。
「……どうしてここに?」
「こんな騒ぎになってるのに駆け付けられなかったら放送部失格ですよー。あ、お邪魔ですか? 私達の事は気にせず続きをどうぞー♪」
「できるかっ!」
そう言って明日香を下ろそうとするが、彼女はぎゅ~っと抱き着いて離れなかった。
よほど心配していたのか涙目だ。それを見ては、ジェイも引きはがす事ができない。
「すごく! すっごく! 心配したんですよ~!!」
「大丈夫だ、明日香。ほら、怪我もしてないから」
「ホントですか!?」
ジェイの全身をぺたぺた触って、怪我してないかを確かめる明日香。
彼女が満足するまでされるがままになる。それ以外の選択肢は彼には無かった。
本当に怪我が無い事を確認した明日香は、ようやく納得してジェイから離れる。
その間ロマティは、邪魔にならないよう二人は撮らず、代わりに事件現場となった倉庫跡の写真を撮っていた。
その様子を見て、ジェイは気付いた。風騎委員でもない彼女が、事件現場に入り込んで写真まで撮って良いのかと。
「あ、大丈夫ですよー。周防委員長に頼まれて現場の記録撮りに来ましたのでー」
その事を尋ねると、ロマティはあっさりと答えた。
今回は大事になった割には、現場に南天騎士団が少なかった。そこで周防委員長は考えたのだ、風騎委員の方でしっかりした報告書を作ってアピールに活かそうと。
「撮った写真は全部チェックされるんですけど、それが終われば放送部で使っていいって話になってるんですよー」
ジェイを心配する明日香を元気付けていたところ、知り合いならば丁度良いと周防委員長が目を付けたようだ。
そのためロマティは張り切っていた。他の放送部員も駆け付けていたのに一年生が大抜擢されたと考えると「コネは強し」といったところか。
「そういう事なら、その壺を撮っておいてくれ。魔素が消えてしまう前に」
「この煙出てるヤツですか?」
「そうだ。煙を出してる土みたいなのが残っている内に撮っておいてくれ」
「ほいほい」
軽く返事をしてパシャパシャと撮り始めるロマティ。
「くぅ~、ああいうの持ってたら仕事の幅増えるんスけど、高いんスよね~カメラ」
『七大魔動機』のひとつに数えられ、それなりに普及しつつある魔動カメラだが、まだまだ高級品であった。平騎士には手が出し辛いお値段だ。
ちなみにロマティのカメラは、父が若い頃に使っていた物らしく少々レトロだ。ポーラ入学のお祝いにプレゼントしてもらったそうだ。
他にも魔神の攻撃跡、雷光によって焼け焦げている部分なども記録してもらう。
それらを見ている内に相当危険な相手だったと察したらしく、明日香がジェイの背中にぎゅっとしがみついてきた。
「……魔法使いって、こんな事ができるんですか?」
ロマティが尋ねて来た。その表情には怯えの色が見える。抉られた隣家の写真を撮っている内に怖くなってきたようだ。
「そこまで魔法使いに詳しい訳じゃないが……できる人は少ないと思うぞ」
魔法使いといっても様々なので、一概には言えない。できる魔法使いもいるかもしれないといったところか。少なくとも、ジェイにこの規模の破壊は無理だ。
ただ、ここで「魔神」ではなく「魔法使い」が出てくるあたり、魔神が現れたというのは、現実感が薄いのかもしれない。
おそらくソフィアのような詳しい者を除けば、「よく分からないけど、凄いヤツ」ぐらいの認識なのではないだろうか。
「そ、それで、そいつはどこに行ったんスか?」
小熊も不安になってきたようで、オロオロしながら尋ねてくる。
どう答えるべきか。この件、ジェイが魔神を倒したという事がバレると少々まずい。正確には、魔神を倒せるレベルの魔法使いであると知られてしまうのがまずい。
それが知れ渡ってしまえば『純血派』が黙っていないだろう。主に、ジェイの血を取り込むための縁談方面で。
ただでさえ両国の和平が懸かっている縁談が、更にややこしくなる事請け合いである。
「魔神なら……魔神の壺を壊したら逃げて行ったよ」
そこでジェイは、魔神を倒した事についてはひとまず隠す事にした。エルズ・デゥが前回倒された事も知られていないので、前例が無い訳ではないだろうと。
「え、そんだけで逃げたんスか?」
「最近一度倒されてたみたいだし、また倒される可能性を危惧したんじゃないか?」
そのやり取りに明日香は違和感を覚えたようだが、何か理由があるのだろうと察して口出しはしなかった。
「よく無事でしたねー……明日香ちゃんから強いとは聞いてましたけど」
「気弱な魔神だったんスかねぇ……」
一方ロマティと小熊は、魔神を倒したと言われるよりは信じられたようだ。
という訳で指揮官の年配騎士にも「魔神の壺を破壊すると、復活できなくなった魔神が退いてくれた」で押し通した。やはり新入生が魔神を倒したよりかは納得がいくようだ。
ただ、それでも「魔神撃退」な訳で、特に風騎委員は大金星だと大騒ぎである。
南天騎士もそれは理解していたが、それ以上に後始末に頭が痛いようだ。
まず、避難させた人達を戻さねばならない。「魔神ってなんとなく凄そう」で結構広い範囲で避難させてしまったので、人数も多い。
ジェイがいなければ片手間に家屋を吹っ飛ばせる存在が周囲一帯を蹂躙していた事になるので、その判断が間違っていたとは言わないが。
周防委員長は、ここぞとばかりに引き続き風騎委員も協力すると申し出る。
南天騎士も、手早く避難させた人達を戻すためそれを受け容れる事にした。
当然これも風騎委員にとっては実績となるので、ジェイは先輩達から口々に「よくやってくれた!」と肩を叩かれる事となる。
彼等にしてみれば、実績を上げるチャンスを持ってきてくれたジェイは幸運の招き猫のようなもの。今後の活躍にも期待大であろう。
「では、避難させた人達を戻していくぞ。誘導は我々が、風騎委員にはその間の商店街の警備を任せる」
「警備の配置は私が指示する! まずは――」
途中で周防委員長が引継ぎ、淀みない指示で人員を配置していく。風騎委員達は皆、やる気に満ちており、喜び勇んで担当の場所に向かった。
それを見た南天騎士達も、これならば問題無いだろうと避難させた人達の下に向かう。
最後に残されたのはジェイと明日香、それに周防委員長だった。
「あの、俺達は?」
「いや、君は大丈夫なのか? 魔神と対峙していたのだぞ?」
周防委員長は魔神の伝承ぐらいは知っており、その脅威をそれなりに理解していた。
「まだ大丈夫ですが……」
「そこは疲労困憊という事にしておけ」
つまりは魔神と対峙するだけで消耗したと見せかけろという事だ。
彼は、ジェイが『純血派』に目を付けられるとまずいという事を理解していた。
「龍門将軍撃退の件である程度は知られているのだろうが、だからといって追加の情報を与えてやる事はあるまい」
「疲労困憊……あたしが連れて帰ればいいんですねっ!」
「ああ、後は我々に任せておけ。君に任せてばかりという訳にはいかんからな」
「……分かりました。このまま帰還します」
「ウム、ではまた明日な」
という訳でジェイと明日香、それに四人の家臣達は、一足先に帰宅する事となった。
明日香が嬉々としてジェイに肩を貸そうとするが、それではかえって歩きにくいという事で、結局は二人で腕を組んで帰路につく事となった。
なお帰宅後の話となるが、ジェイは魔神エルズ・デゥを倒した事を明日香達に話した。現場ではひとまず隠したが、今後どうするかについてエラに相談したかったのだ。
当然、魔神を倒した手段として『刀』についても説明する。
流石のエラも魔神を倒したと聞くと驚いていたが、モニカは元々『刀』についても知っていたのであっさりと納得した。
「あ、やっぱり倒してたんですね」
「あら、明日香ちゃんもあっさり納得するのね」
「ジェイなら勝てます! お父様を撃退したんですから!」
「ああ、そういう方向の納得の仕方なのね……」
それはともかく今後についてだが、魔神を倒した事は上に、具体的には冷泉宰相に報告する事となった。
これを隠しておくと、もう存在しない魔神を警戒し続ける必要があるからだ。
「ジェイ君の魔法についても話しちゃっていいのかしら?」
「『純血派』に知られなければ」
「大丈夫よ。その辺りは、お爺様も分かってるだろうから」
ジェイの縁談が上手くいかない事で困るのは冷泉宰相も同じなので、なんとか丸く収めてくれるだろう。
という訳でエラは、「ま、ちょっとした仕返しね」とか考えつつ、この件を冷泉宰相に丸投げするのだった。
今回のタイトルの元ネタはトレーディングカードゲームの『遊戯王』です。
ジェイナスをリリースして、風騎委員を召喚します。




